第六百五十四話・変わった茶会

Side:湊屋彦四郎


 織田領では関ケ原の戦の話で盛り上がっておるが、ここ蟹江では日々の商いでそれどころではない。


 蟹江で一番売れるものは蔵だという与太話が商人の間でされるほどに、あまりに多くのものが入ってきては売れていく。大湊の会合衆を務めたわしをして、この活況の前には背筋に走るものがある。蟹江はまだまだ大きくなる途上なのだ。


「そうか」


「ああ、堺は三好様に従うそうだ」


 近頃は九州の博多や奥州の商人も来る。各地から集まる商人の話は吟味せねばならぬものの、有益なものも多い。


 左様なこの日、馴染みの大湊の商人が訪ねてきて知らせてくれたのは堺のことであった。


 大殿ばかりか守護様にまで絶縁された堺は追い詰められておった。直に誰ぞの首でも差し出して詫びを入れてくるかと思うたが、この期に及んでも詫びを入れる気はないらしい。


「堺の様子はいかがなのだ?」


「芳しくないのは変わらんらしい。とはいえあそこは地の利がある。桑名のように廃れることもあるまい」


 大殿の逆鱗に触れたと言われる桑名。その愚かさはかわら版もあって天下に知れ渡っておる。しかし桑名の件は、長島の願証寺や伊勢の商人など周囲の者たちへの見せしめでもあった。


 桑名のおかげで伊勢の商人は大人しいが、さすがに天下の堺は同じくはいかぬか。


「おそらく織田としてはいずれでも構わぬ。もう関わりがないからな」


「ほう、堺は三好様の力で和睦と考えておるようだが?」


「それはわしにはいかんとも言えぬな。されど我らにも三好様にも、織田と堺が和睦する利があるとは思えぬ」


 もともと織田と三好はさほど関わりがなく、三好が直接尾張に買い付けに来て以降に多少の付き合いがある程度だ。


 織田としてはそこまで三好に配慮して堺と和睦してやる義理などなく、三好としてもせっかく握った堺の手綱を緩めることなどするまい。織田とは直接取引をすればいいのだ。堺は畿内と近隣を制するために使えれば十分であろう。


 現状で三好は京の都を制しておるとはいえ、公方様は未だに許すつもりなどないようだからな。この先いかがなるかはまだ見えぬところ。必要以上に配慮をして公方様に睨まれても困ると言い訳が出来る。


 それと大湊の会合衆ですらも気付いておらぬようだが、織田は畿内を欲してもいなければ関わりすら儀礼挨拶のたぐいで十分だと思うておるのだ。


 大湊を含めて多くの者は皆、いずれ織田は畿内を目指し、畿内との商いも求めると思うておるらしいが、我が殿は特に畿内に関心も興味もない。


 織田の大殿のお考えまでは分からぬが、大殿は商いを我が殿にまかせており、畿内に邪魔されぬよう気を配り、を取っておられるほどよ。


 尾張・美濃・三河半国。その領国をいかに治め、豊かにするかを考えておられるのだ。もっとも畿内を含めて周囲が放ってはおかぬことは理解するがな。


「とすると堺は当分現状のままか」


「さてな」


 織田が堺との和睦に動くのか、大湊も気にしておるか。わしにはなんとも言えん。わしが考える以上の条件でも加われば和睦もあり得る話ではある。


 そもそもだ。これは決して口に出せぬが、我が殿は日ノ本の統一と新たな体制をすでに模索しておられるのだ。戦のない世をつくるためにな。


 必要とあらば和睦もされるのであろうが、不要とあらばいかに利があっても和睦はなさらぬと見た方がいい。


 正直、堺はここらで我が殿を始め守護様や大殿に全面降伏したほうがよいとわしとしては思うのだがな。わしにはわからぬ畿内の苦労もあるのであろう。素直に頭を下げれば違うと思うのだが。


 それが出来ぬ故に戦がなくならぬということであろうな。難しきことだ。




Side:久遠一馬


 この日の清洲城はちょっと異質な雰囲気となっている。守護様である義統さんを筆頭に信秀さんや信長さんもいつもと雰囲気が違う。


 それもそうだろう。この日、皆さんが着ているのは洋服なんだ。この時代の欧州の貴族の服をエルたちが着やすさやデザインを多少アレンジした服になる。


 そもそもの発端は昨年の夏に、お市ちゃんたち姉妹が洋服を着ていたことらしい。洋服に関してはお市ちゃんが島で着た経験があり、また着たいと言ったのでお市ちゃんと姉妹のみんなにプレゼントしたんだ。


 それを見た義統さんと信秀さんが思い付き、洋服でお茶会をやろうと考えたみたい。


 参加者は守護様と正室である石橋御前と織田一族や評定衆の皆さんで、先に男性陣が着替えて城内の西洋庭園で女性陣が来るのを待っているが、義統さんとか信秀さんとか信長さん以外は、慣れない洋服にあまり落ち着かない様子だね。


 ああ、信光さんはまるで着慣れているように着崩してリラックスしていて、チョイ悪親父感が出ている。なんというか、びっくりするほど似合っているね。


「おお……」


 誰からともなくどよめきが起きた。石橋御前と土田御前を筆頭に女性陣がドレス姿で現れたからだ。


 露出はあまりないようにしたものの、胸元は少し開いている。胸元には豪華なネックレスがあり、髪型も真っすぐ伸ばしたままから髪飾りを付けるなどしている。


 ただ、女性陣で一番着慣れているのは、やはりお市ちゃんだ。島でも何度も着ていたからね。


「皆、よう似合うではないか。のう弾正忠よ」


「左様でございますな。某も少し驚いております」


 中には恥ずかしそうにしている人もいるけど、土田御前は逆に堂々としていて見惚れるほど美しい気品がある。人としての器が分かる感じだ。こういう時は堂々とするのが一番なんだなとオレも勉強になる。


「良きかな良きかな。我らはもっと日ノ本の外を知り学ばねばならんからの」


 女性陣が椅子に座るのを待ち紅茶が運ばれてくると、義統さんはご機嫌な様子でこの茶会の意義を語った。


 突然の思い付きか悪ふざけだと思っていた人もいたのだろう。義統さんの言葉に驚きの表情を浮かべた者もいる。


 落ち着かない様子だった人や恥ずかしそうだった人の表情がそれで変わった。思い付きでも悪ふざけでもない。きちんとした理由を示せばみんな理解してくれる。


「一馬もご苦労であったな。今後もこうして日ノ本の外を知る機会を設けようぞ」


 信秀さんからは労いの言葉をもらった。衣装はすべてウチが用意したからね。実際には宇宙要塞で製造して運んだだけなので苦労はしていないけど。


「帰蝶、いかがだ?」


「その、初めてですのでなんとも……。ただ、着心地はようございます」


 信長さんも帰蝶さんのドレス姿が気に入り笑みを浮かべているが、ちなみに妊娠中の帰蝶さんのドレスはあまり圧迫感のないように配慮されたものになる。


 肝心の帰蝶さんは戸惑っているというのが適切なんだろう。土田御前と比べても若く、幼い頃から着物しか着たことがないだろうからね。今後のためにマタニティの普及を考えるべきだろうか? ケティたちとの相談や根回しが必要だろう。


「市は慣れておる故、落ち着いておるな」


「はい!」


 お市ちゃんは土田御前の隣に座り、両手でカップを持って紅茶を飲んでいるが、その慣れた様子に周りの注目が集まっていて信秀さんが感心している。


 実はお市ちゃん、家中の評価が結構高い。船酔いや嵐などものともしなかったことが原因だ。大の男が船酔いに苦しみ嵐に怯える中、お市ちゃんは楽しそうだったことが家中では有名になっている。


 肝が据わっていて、良き奥方、良き母堂になるとみんなが褒めているんだ。


 しかしあれだね。こうしてドレスにするとスタイルの良し悪しが顕著になる。特にエルの胸の膨らみの大きさに女性陣が不思議そうに眺めている。


 特に悪気はないんだろうが、改めて見ると不思議なんだろうね。





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