第五百九十五話・憤慨の吉良家

Side:吉良義安


「かような屈辱を受けるとは!!」


「足利家ゆかりの当家を愚弄するとは許せん!」


 こちらから斯波家に臣従すると申し出た返答は、心算しんさんを越える厳しいものだった。弟の義昭も家臣たちも怒り狂うかの如く騒いでおる。


 皮肉なことかもしれぬ。そんな者たちを見ておると、怒りに身を任せることが無駄だと理解出来てしまった。


 織田と今川が当家の扱いで互いに押し付け合っておると、旧知の者から聞いた時はわしも殺してやると思うたほどだ。されど、わしがいくら怒ったとて、誰も相手にせぬのだ。


 皆の怒りはよう分かるが、斯波と織田の心情も、今川の心情もまったく分からんではない。余所者など邪魔でしかあるまい。


「止めよ。受け入れると言うたのだ。それでよい」


「兄上、まさか! かような条件! 受けるのではありますまいな!」


 わしも若輩なれど、弟も世を知らぬな。威勢のいい者の放言ばかり聞いておるようだ。先々を危ぶんでしまうわ。


「受けるしかあるまい。土岐家のこと忘れたか? 織田も斯波も足利家でさえ、我らのことを守ってくれぬのだぞ」


 斯波の返書には織田弾正忠に臣従するなら許すということと、家中の序列は家柄を考慮せぬということだ。さらにそこらの国人と同じく織田の分国法を守れとある。あまつさえ、家柄の誇りをたもちたいならば公方様に仕えよとまで書かれておる。


 厄介者なのだ。吉良家はな。鏖殺おうさつされなかっただけよしとせねばならぬ。


 考えてみれば当然か。今更、足利家ゆかりの者など不要なのであろう。斯波でさえ足利家を支えていく気がある様子もない。織田に至っては目障りなだけで今川に譲歩しても、わしを追い出したかったと考えてもおかしゅうはない。


 よく殺されなかったと思うと背筋が冷たくなる気がする。


「殿!!」


「気に入らんというならいかがする? 我らだけで織田や今川を攻めるのか? それとも今川に臣従するか?」


 無論、怒りが霧散むさんごとく消えたわけではない。とはいえ、斯波も織田も、すでに土岐頼芸を始末して土岐家を追放してしまったことがあるのだ。臣従していいと言うだけで恩情なのであろう。


「無念でございます!」


「同じ一族で無益な争いをした報いであろう」


 怒りのままに騒いでおった弟や家臣たちが無念さから泣いておる。我らは吉良家の誇りだけで、今まで歯を食いしばってやってきたのだ。周りの土豪や松平如きに怯え、今川の情けでなんとか生きのびてきた。


 それが今や傀儡の斯波や、成り上がり者の織田にまでも厄介者扱いをされる程度なのだ。これほどの屈辱はない。


 せめて成り上がり者の織田ではなく斯波に臣従したかったが、それも叶わぬとはな。


「三好如きに京の都を追われる公方に仕えてなんになる。あの様な無能者と流浪など御免だ」


 誰も言うことを聞かせられぬ公方などに仕えてなんになるのだ。そもそも吉良家が困っておっても助けも寄越さぬのだぞ。厄介を越えて邪魔者扱いされるのが目に見えておるわ。


 今に見ておれ。わしを軽んじた者たちを後悔させてやるわ。




Side:久遠一馬


 リュートの音色が響いている。


 先ほどからジュリアが連れてきた武闘派の面々が宴会をしているんだ。ジュリアの奏でているリュートに合わせて、笛や太鼓で即興の音楽を奏でている。武闘派にも多芸な人がいるらしい。


「費用対効果でござるか?」


「ええ、幾人いくにんの働きをようし、いくら銭がかかり、いかほどの日時にちじがかかるか。そして、そこから得られるものがいかほどになるかを考えるのですよ」


 そんな中、一人の武士にどうすればウチのようになれるのかと聞かれた。彼の名は佐々成政君。通称は内蔵助だ。今年元服したばかりらしい。


 史実においては兄たちが桶狭間の戦いと稲生の戦いで亡くなったことで、約九年後には家督を継いでいたが、この世界ではどうなるのかな。


 三男の成政君は家督を継げると思ってもいないだろう。兄の勧めでジュリアの指導を受けながら警備兵の一員として働いて頭角を現しつつある。


 彼も史実では秀吉嫌いのイメージがありキツイ人なのかと思ったけど、実際に話してみると普通の若者だ。少し血気盛んな面もあるらしいが、命令はきちんと聞くらしい。


 一緒にお酒を飲んでいるとウチのように立身出世をしたいと言い出して、どうすればいいのかと聞かれたんだよね。


 素直というか真っすぐというか。深く考えてないんだろうなとは思うが。


「戦でも同じですよ。どれだけの兵を集めて、武器や兵糧をどれだけ確保出来るか。そして相手の戦力を考えて、戦に挑むわけじゃないですか。敵が強いと思えば城で籠城することや謀をすることもある。考え方はそれと同じです。いかにして稼いで、家臣や民を食わせるかということだと思いますよ」


 土地を治めるという意味ではこの時代の人にもそれなりのノウハウがある。単純に考えると時代に即したノウハウはウチよりもあるだろう。


 とはいえ、稼ぐという認識はあまりない人が多い。新田開発や戦で荒れた田畑の復旧は、少々大局を見れる人物ならば考えるが、尾張南部だと新田として安価で開発できるほどの土地はあまりない。


 荒れ地というか非耕作地はたくさんあるが、そこは水利が悪かったり、入会地という周囲の村が肥料用の草や焚付たきつけのしばなどを刈る共用地となっているところが多い。那古野周辺は台地であることで、水田には向かない土地が多少あったので町の拡張に役立っているけどね。


「なるほど……」


 腕組みをして考え込む成政君。まあ説明するのは簡単なんだよね。実行するのはかなり難易度が高い。とくに三男なので成政君だと領地もないからね。


 警備兵の禄で人を雇い事業でも始めるとしても、そこまで資金もないしノウハウもない。この時代だと武士も兼業が当然なので、なにか事業をしても面白いんだけど。気を付けないと失敗する人がたくさん出るだろうなぁ。


 やる気がある人は応援してあげたいね。史実の有名人だと柴田勝家さんとか森可成さんとか前田利久さんは、ウチと仲がいいので領地経営で相談に乗っている。


 難しいことはさせてない。最低限の農業改革とか農閑期の年配者や女性が出来る仕事を斡旋したり、無駄を削減するように帳簿を付けることを勧めるくらいだ。


「うーん。なんかいい考えはないかな?」


 なにかやりたいとやる気がある成政君に、役目か仕事でもやらせてあげたいなと考えるが、なかなか思い浮かばない。


「それならちょうどよいのがあります。警備兵の幾隊かを関ケ原の警備に送ることになっています。それに佐々殿も加えましょう」


「ああ、その件もあったか」


 悩んでいるとセレスがいい案を出してくれた。実は関ケ原に急激に人が増えて統制が大変なので、文官と警備兵を送ることが評定で話し合われている。


 ウルザとヒルザたちが大変らしいんだよね。一緒に同行した家臣や忍び衆は有能だが、それでも織田の賦役の経験者は不破さんのところにはいないから、統制側の人が足りないらしいんだ。


 最近では近江からの商人なんかも来ていて、そっちの対応や浅井の監視もしたりとやることが山ほどある。


 それにこの時代の人は放っておくと領地からほとんど出ないからね。成政君も美濃と関ケ原という前線をみればいい経験になるだろう。オレも関東や三河ではいろいろ勉強になったしね。


「ワン!」


「はいはい、忘れていませんよ」


 ちなみにオレとセレスはロボとブランカのブラッシングをしている。考えながらしていたら、手が止まってロボに怒られちゃったよ。


 大きくなっても甘えん坊なんだよね。本当。




◆◆

吉良義安。西条吉良家当主。東西吉良家の当主になる。前に武芸大会に来た人。


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