第五百八十話・それぞれの正月
Side:山科言継
今年の都は穏やかで良き正月であるな。内裏では宴を開くことも出来た。主上もこのところの良き日々に大層喜んでおられる。
細川氏綱と三好長慶が謀叛にて
昨年の末には斯波と織田が上洛致さぬことで主上も落胆されたとお見受けしたが、ようやく
実のところ織田の上洛を望んでおられたのは、他ならぬ主上に
三好も悪うはないが、そろそろ畿内を落ち着かせてほしいというのが主上の
無論、足利でなくとも構わぬとは、
されど畿内とその近隣には、自ら足利を滅ぼし新たな天下をという気概のある者がおらぬ。都に参った三好にその気があるのかとも思うたが、いかにもその気がないようで乱世が収まる気配はない。
いつまで斯様な乱れた世が続くのであろうな。そのうち本当に尾張に都が遷るような事態にならねばよいのだが。
さて、如何な一年になるのかのう。
Side:足利義藤
新年を迎えたというのに余の下に参じた者がこれほど少ないとは、なんとも嘆かわしいことよ。諸国の守護でさえ名代すら寄越さぬ者もおるのだ。それが余の置かれておる立場になる。
なんとしても三好を討伐して、余の武威を示さねばならん。
「上様、よろしゅうございましょうか」
「いかがした?」
「三好との和睦の件でございます」
ひとりで武芸の鍛錬をしておると、政所執事の
「それはせぬと言うたはずぞ。父上ならいざ知らず、わしの若さでこのまま和睦などすれば諸国に臆病者の謗りを受けるわ」
「ですが、このままでは三好の天下になってしまいまする」
この男とわしはまったく違うものを見ておる。わしは征夷大将軍として武家の棟梁として、己の力量で天下を治めたい。されど伊勢は、足利家と己が立場を守ることを優先させておる。
こやつはこやつで必要な男であろうが、この男は将軍が誰でもよいと思うておる節もある。この男の言葉をそのまま信じるのは危うい。
無論、父上に逆らった細川晴元のことも信じておるわけではないがな。
「三好の天下などありえぬ。朝倉、六角、畠山を筆頭に多くの者たちが三好に頭を下げるか? そちならば分かるであろう」
誰もかれも己の家と足利家のことは考えても、余のことは考えぬ。仮に余が誰かに負けて死すれば、こやつらは新たな将軍に平然と仕えるのであろう。
そういう見方をすれば、三好も細川もこやつも同じなのだ。
「されど……」
「そちはそちの思うままにするがいい。だが余はこのまま和睦はせぬ」
足利家はもう、かつてのような栄華を取り戻すことは出来ぬのやもしれぬ。
左様なこと、余も分かっておるわ。だが足利家を継いだ以上は、余は武家の棟梁として最後まで己の力で天下を治めるべく戦うのだ。
「ふー」
落胆した伊勢が下がった。そんな伊勢の後ろ姿を見て思う。いっそのこと足利家など捨ててしまえば、いかがなるのかとな。
剣の師でもある塚原殿のように、己の力量のみで生きてみるのもいいのではと思うのだ。
尾張では武士どころか民までもが、武芸などで競い、楽しむのだと塚原殿が言うておったな。家臣どもは野蛮な鄙者のすることは分からぬと謗っておったが、余はそうは思わぬ。
皆が勝手なことばかりする世で、武芸にて人をまとめることが出来るのならば、それは素晴らしきことではないか。過ぎたる栄華ばかり見ておる家臣より、よほど側近に欲しいくらいだ。
とはいえそれも出来ぬのが、余の現状だ。
余計なことを言えば、いつ寝首を掻かれるか分からぬ。特に己の地位にしがみつくような家臣だ。織田を重用しようとすれば、なにをするか分からぬ。
肝心の織田も畿内に参る気はないようだしな。
なにも出来ぬ将軍。己が恥ずかしゅうてならんわ。
Side:久遠一馬
渡り巫女さんの件は問題なく信秀さんに報告を終えた。彼女のことは頃合いを見計らって、信秀さんか義統さんから晴信に手紙で伝えてくれることになった。
素破のひとりやふたりにいちいち怒らないだろうが、一報を入れるだけでも違うからね。
この件はそれで終わりだ。信濃に家族がいるらしいが、本人も呼びたいというほどでもないらしい。資清さんが念のため調べるとは言っていたが、エルが人工衛星と虫型偵察機で調べたところによると、普通に暮らしているらしい。
「望月総領か。欲しいか? そなたが欲しいならばわしも考えるが……」
そちらよりも信秀さんが気にしたのは望月昌頼の件だった。
「お畏れながら、恨まれてまで欲しくありませぬ」
望月さんに総領が欲しいかと単刀直入に問い掛けたが、望月さんは考える間もなく否定した。世間一般では欲しい地位になるんだろうが、ウチだとかえって邪魔になるからなぁ。
総領になれば信濃望月家に恨まれる上に、一族を面倒見る必要がある。なにより武田の評価が微妙なんだよね。織田家ではさ。
「ならば、わしが動くわけにいかぬな。角が立つ。一馬とそなたが助けるのもよくない。適当な商人でも通せばしてもよいが……」
巫女さんを襲った連中は望月さん宛の手紙を持っていた。信秀さんへの取次を頼むという手紙と、望月城の奪還を援助してほしいということだ。その代わり織田が信濃に来るならば、力になるという空約束をしている。
望月昌頼はそこまで愚かではない。ただし信秀さんが言うように、オレや望月さんが支援するのもよくないんだよね。
信秀さんは当然ながら、オレと望月さんが援助しても反武田の工作だと受け取られかねない。信濃には内心では反武田の連中が多いらしいし。下手に動くと信濃が騒動になるのは考えなくても分かる。
介入を期待されても困るんだよね。甲斐よりはマシだけど、あそこも内陸で海もないしそれほど魅力的な土地ではない。
それにあそこに進出すれば、間違いなく越後の謙信……この時代だと長尾景虎とぶつかる。史実では彼もまた美化されていると思うが、それを抜きに考えても戦に強いことに変わりはない。
まあ武田を甲斐に閉じ込めておくには面白いとは思うが、下手なタイミングでやると今川の援護になってしまう。両国が泥仕合でもして疲弊したら信濃を攻めてもいいとは思うが。
とはいえ根本的な問題として、今の織田家はまだ積極攻勢に出られる体制ではない。敵を増やすような行為は慎むべきだろう。
結局、巫女さんを襲った連中は織田家で処罰して、望月昌頼には別に使者をたてて尾張で狼藉を働いたことを抗議することとなった。
史実を見ても現状を見ても、望月昌頼がこの先役に立つことはないだろう。特に信秀さんはお馬鹿さんを嫌うしね。
少なくとも現状で武田を刺激するようなことは得策ではない。
◆◆
山科言継・公家。織田家と縁がある人。尾張で花火大会を見た人。
足利義藤。将軍。剣豪将軍として有名な人。のちの義輝
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