第三百八十一話・戦国式キャンプ・その二
Side:織田信光
近くの川で釣りをしておる一馬と市姫や孤児の子らを見て、ふと親父が生きておった頃のことを思い出した。あの頃は男ばかりの兄弟でよく一緒に川で遊んだものだ。
いつかオレたちが織田弾正忠家を大きくするんだと語っておった頃が懐かしい。親父はそんなオレたちを見て楽しみにしておると笑うておったな。
されど、
三郎は幼き頃より城を与えられて、ひとり離れて暮らしておったが、それが母親や兄弟たちとの
実の親子ですら争うことが珍しくない世だ。仕方ないといえばそうなのだろうが。
「姫様、大物ですよ」
「うわっ、うわっ、うわっ……。おっきな、おさかなだ!」
市姫が一馬と一緒に持っておった竿で大きな鯉が釣れると、目を真ん丸くして驚きながらも喜んでおるわ。
他の者たちもそれに負けじと釣りに熱中しておる。釣りなど初めての者が多かろう。あれも楽しいものだからな。
しかし、一馬は何故あれほど場を和ますことが出来るのであろうな。兄者は一馬には遥か先が見えておるのだと言うておったが。
戦のない世が来れば一馬が見ておるモノがなんなのか、分かるのであろうか。
「孫三郎様。茶などいかがですか?」
「うむ、頂こう」
子らの声と鳥や蝉の声を聴きながらのんびりとするのも悪うない。
しばしそのまま時の流れに身を任せておると、エルが茶を淹れてくれた。紅茶を川の水で冷やしたもののようだ。なかなか美味い。
わしは正直なところ、茶の湯よりもこれが好きだ。一馬が来る何年か前には、畿内で名の知れた茶人が来るというので同席したこともあるが、堅苦しいことばかり言うて好きになれなんだ。
一馬たちは新しきものを持ち込むが、いちいち堅苦しいことを言わぬのも気に入っておる理由だ。
「にしても、女子供を連れて野営とは変わったことをするな。わしは戦で野営をしたこともあるが、進んでやるものとは思えなんだ」
「何事も自ら経験してこそ、得るものがあると考えております。こうして『自らのことは自らで試してみる、力足らぬなら皆と力を合わせる』を、知ることは、きっと皆様のお役に立つでしょう。それに家族はこうして一緒の思い出を作るからこそ、家族として繋がるのかと思うのでございますよ」
ふとエルにこの野営の意味を尋ねてみるが、その答えに驚き、共感する。
「確かにそうだな。己でやってみなくては分からんことは世の中には多い」
織田は変わった。それは一馬たちと共に織田が新しきことを経験しておるからだろうか?
「まことに戦のない世など来るのか?」
それとエルにはもうひとつ聞いてみたいことがあった。一馬が戦のない世を考えておることは知っておるが、それがいずこまで本気なのかだ。
生まれた時から戦が当たり前だったわしや兄者には、なかなか分からぬことだ。
「ええ。それは来ると思います。ただし、その先には日ノ本の外との戦に備えなくてはなりませんが。船は益々発達しております。いずれ、当たり前のように日ノ本の者が南蛮に行く世がくるでしょう。またその逆も……。その時のためにも……」
「やはり人から争いはなくならんか」
「はい。なるべくなら武力を使わぬような世にしたいですね」
エルの返答に少し腹の腑が据わる心地がした。
来るはずのない極楽浄土でも夢見ておるのかと心配しておったが、
だがそれ故に、その難しさを感じずにはおれぬ。
「見てみたいものだな。そなたたちの故郷の国を……」
わしでは無理であろうな。一馬の本領ならば行けるかもしれんが、片道一年もかかる大陸の果てにわしでは行くことが出来ぬのであろうな。
それが残念で仕方ないわ。
Side:久遠一馬
ゲルを建てたあとは、みんなで釣りをしたり近くの山を散策したりした。クワガタとかカブトムシとかもいたけど、残念ながらこの時代では特に珍しいものではない。
他には途中で山内さんが様子を見に来て、ゲルに驚いていたけど。
ここは伊勢守家の領地なので事前に許可は取っている。もっともよく理解してなかったみたいだけど。敵対するわけでも攻めるわけでもないというのは伝わっただろう。
「包丁はこうして持つのよ」
太陽が傾いてくると日が暮れる前に夕食作りが始まる。信長さんも信行君も信光さんも交えてみんなで夕食作りだ。
エルは包丁を初めて手にした信行君に包丁の持ち方から教えている。信行君が若干緊張気味に見えるのは気のせいだろうか?
包丁に緊張してるのか。エルに緊張してるのか、どっちだろう?
最近はエルたちも人気が出始めてるからなぁ。この時代の一般的な美的感覚では身長が女性としては高いのがネックらしいけど、舶来物を貴重と見る感覚や他の人とは違うあか抜けた感じが好感に繋がり、評価されてるらしい。
ああ、孤児院の年少さんたちやお市ちゃんは、さすがに危ないので刃物は持たせてないよ。
今夜は鹿の臓物の煮物と、肉でバーベキューにするらしい。肉は数日置いたほうが美味しいらしいが、夏場だし持って帰るのもね。せっかくなんでバーベキューにすることにした。
下処理はしたのでダニとかは大丈夫。鹿は元の世界の牛肉と比べると多少の獣臭さはあるけど、食べ慣れるとそうでもない。オレたちの場合は香辛料もあるしね。
自家製の焼き肉のたれも持参しているから、肉はタレに漬けている。醤油ベースで香辛料と生姜やニンニクに、蜂蜜やみりんなんかで作ったやつだ。
念のため鶏を持参して獲物や食料が得られなかった場合には捌くつもりだったが、不要だったみたいだね。
ご飯は人数が多いので大きめのダッチオーブンで炊くことになる。ちなみにこの大きめなダッチオーブンは工業村製だ。
少し前にあった美濃の揖斐北方城攻めでは、ウチの兵たちに持たせたけど使い勝手もよく評判は良かったね。
本当はアルミの
人類が既存の金属化合物の複合物の中から、アルミニウムの存在に気付いたのは十六世紀末から十八世紀で、金属として発見されるのは十九世紀になる。
いや、使ってもいいんだけどね。鉄で代用出来るなら鉄でいい。あまり新しいものばかり持ち込んでも、それを活用出来ないと駄目だからね。
薪とか炭は人数が多いので、これも一応持参したが、近くの森にて散歩がてらみんなで拾ってきた薪も使う。
ただこの時代の人は火を起こすのが得意だね。さすがに慣れている。
お市ちゃんには米研ぎを手伝ってもらった。玄米と違って、精米した白米を食べるのには、大事な作業だと教えたら、意気込みが凄かった。自分の研いだ米を炊くのを楽しみにしているね。
鍋はふたつだ。ご飯を炊く鍋と煮物の鍋、煮物の具材は鹿の臓物だ。ほかに焼き肉をするための鉄板を準備している。
竹千代君も初めての経験に興味津々だ。野外での炊飯なんて経験があるはずがない。
決して効率がいいわけではないだろう。孤児院の子供たちは別にして、織田家の子供たちは料理の経験もキャンプの経験もない。でもみんな自分で考えて率先して働いてるのがなんとも楽しそうだ。
あっ、働いてないやつがいる。ロボとブランカだ。ご飯まだー? とでも言いたげな表情で伏せながらみんなを見てる。まったく犬の手も借りたい時なのに。いや、猫の手か?
うん? そんなに尻尾を振ってもまだご飯はあげないよ?
あっ、お市ちゃんったら。鹿肉を二枚持ってどうしたのかと思えば、ロボとブランカにあげちゃったよ。
駄目だなぁ。というかお市ちゃんだけじゃないね。切れ端とかみんながあげるから、それを待って伏せの体勢でいるんだな。
まあ、せっかくのキャンプだ。今日くらいは大目に見よう。
食べ過ぎはだめなんだけどね。ロボとブランカも。
まったくみんなロボとブランカには甘いんだから。
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