第三百八十話・戦国式キャンプ
Side:久遠一馬
史実通り三好長慶が三好政長を討ち取ったらしい。江口の戦いだ。
もっともこれは虫型偵察機の最新情報なので、尾張に伝わるには今しばらくの時間が掛かるだろうが。
これで事実上の三好政権が誕生かな。
ただし、畿内でさえも、まだまだ三好の敵は多い。細川晴元と足利義輝だって、これから数年はあの手この手で長慶と何度も戦うだろう。
すでに元の世界と違う世界ではあるが、直接オレたちが関わらない場合、その背景にも差異が無ければ、似た流れになると思われる。
六角は全盛期だが、肝心の六角定頼の寿命が残り何年もない。それに後継者の六角義賢が史実では六角を没落させるからなぁ。
畿内が潰し合ってる間に、織田はどれだけ力を付けられるかな? 巻き込まれないようにするのは大変だろうなぁ。
「うわぁ。木がいっぱいだ!」
夏真っ盛りのこの日、オレたちは山にキャンプに来ている。
正確には山の麓にだけど。テントを張ったりするにも、護衛を合わせて数百人はいるから、そのみんなでキャンプするとなると相応の平地と水場が必要になる。
基本のメンバーは、信長さんとその弟妹たちとエルたちに、孤児院の子供たちと護衛のみんなだ。場所はウチの山の村がある尾張北部。
お市ちゃんは鬱蒼と生い茂る草木に驚いているね。信行君とほかの子たちも同様だ。みんな箱入り娘や箱入り息子だから、山になんて当然ながら来たことがないようだ。
「まずは、みんなで天幕を張ろうか」
「これは随分いろいろあるが天幕か?」
今回のキャンプはボーイスカウト・ガールスカウトのような意味もあり、子供たちの情操教育の一環でもある。
オレ自身はボーイスカウトの経験はないけどね。ただ、キャンプなら数回ある。まずはベースキャンプとなるテントの設置だ。今回はモンゴルの移動式住居であるゲルを持参している。
テレビなんかで、よくモンゴルの草原で白いテント式の家として見られるものだ。
「
信長さんと信行君が並んで唖然としてる。モンゴルの説明に『元』というこの時代よりも過去のチンギスハンの時代の名前を出したからだろう。
元寇は名称が違うものの、この時代でも有名な歴史だしね。
「かの国の民は定住しないで遊牧で暮らしていると聞き及びます。これはその彼らが使っている天幕ですね。慣れるといいものですよ。周りの部分を簾のように巻き上げれば涼しくなりますし」
テント設営は子供たちにも手伝ってもらいながら、オレやエルたちに護衛のみんなでゲルを組み立てる。
お市ちゃんなんかは、なにをしてるんだろうと不思議そうにずっと眺めていたが。天幕と言っても分からないだろうし、そもそも野営を理解していない気がする。
「凄いな。天幕とは思えぬ頼もしさではないか」
エルたちの指示が適切だから二時間かからないくらいで完成したが、完成したゲルに信長さんは思わず唸るように感心している。
「ええ、彼らはこれで日々暮らしていますからね。かつては明や朝鮮から、遥か西のエルたちの祖国の近くまで支配したらしいですよ。大陸の大半を支配していたらしいですから」
信長さんのみならず護衛のみんなも驚いてるね。結構本格的な造りだから。ただ、その歴史は実はあまり知られていない。
オレがモンゴル帝国の最大版図を軽く説明しても、世界を知らない子供たちはあまり理解出来てないらしく、地球儀をよく見ている信長さんは驚き信じられないと言いたげだ。
世界史で見てもモンゴル帝国は凄いからね。
「それで元はいかがなった?」
「彼らはその支配地域を維持出来なかったようですね。お隣で元を倒したのが明ですよ。国は広げるより維持するほうが大変ということでしょう」
話に付いていけないお市ちゃんと姉妹たちと孤児院の子供たちは、リリーやすずとチェリーたちと、ロボ・ブランカを連れて散歩に行ってしまった。
信長さんが元の現状を知りたいというので教えるが、信行君は興味があるのか信長さんの隣で聞いている。
ただ日ノ本の何倍もある大帝国も滅んでしまい、遊牧民に戻ったというとなんとも言えない表情をしているね。
「何故、元は滅んだのでしょう?」
「うーん、なんでだっけ?」
しばしなんとも言えない空気が流れるが、信行君は元が滅んだ訳を尋ねてくる。でもオレ世界史はあんまり知らないんだよね。エルにそのまま疑問を尋ねると少し困ったように笑いながら答えてくれた。
「皇位継承の争いが絶えなかったと聞いております。それと元では紙幣。紙で銭を作っていたようですが、その運用を失敗して国が混乱したようですね。まあ細々とした理由は他にもありますが……」
ああ、皇位継承問題だったのか。権力の移譲はいつの時代も問題が出るんだね。特に世襲制の封建時代だとそれが致命的になる。
「後継ぎ
信長さんは強大なる大帝国も日ノ本の武家と変わらぬ問題があったと知り、少し身近に感じるのかもしれない。信行君は少し複雑そうな表情をしている。
「織田も同じ愚を犯したかもしれないのですね」
「なんだ。後を継ぎたいのか?」
少ししんみりとした空気が流れる中、他人事とは思えなかったのか、信行君がぽつりと漏らした言葉に信長さんが反応した。
「いえ、その。林が……、
このふたりが後継ぎの問題を素直に語れるようになるなんてね。周りには信長さんの近習や信行君の近習もいる。そんなみんなに僅かに緊張が走る。
余談だけど竹千代君も今日は連れてきてる。彼も信長さんの
「親父がいかに考えておるかは知らんが、そなたに本気で
「兄上……」
信長さんは信行君の後継ぎ志望を否定しなかった。その言葉に周囲は静まり返る。信行君も信じられないと言いたげだ。
でもさ、せっかく信長さんの後継ぎで纏まったのに。今更後継ぎ問題の再燃は困るよ?
「足利家も跡目争いで揉めたからな。三郎はいいとしても、その次の時のためになにか策を考えておいたほうがいいかもしれん。織田とて明日は我が身だ」
再び無言が辺りを支配するが、そこに子鹿を担いだ信光さんが現れて後継問題に言及すると、信光さんが戻ってきていたことに気付いてなかった信行君が驚いている。
信光さんはオレが誘ったんだよ。海水浴の時に怒られたから。今日は息子さんと一緒だ。
信光さんの長男の信成君。どっかでスケートでもしてそうな名前だけど、別人です。信長さんより年下で元服前だとか。市助と呼ばれている。
さっき狩りをしてくると言って、ふたりは何人か人を連れて山に入ってたんだよ。獲物は鹿か。エルとケティが鹿を捌くべく受け取っている。
「
言いたいことははっきりと言う信光さんに思わず苦笑いが出てしまう。ただこの人はオレのことも素直に心配してくれてるんだよね。
「疑心暗鬼に囚われて、荒れる先々など御免だ。織田がこの先も繁栄するための障害は己自身の中で生まれ、己を
信光さんって、フリーダムな割に信秀さんに信頼されてるのって、こんなところなんだろうね。
物事の本質をきちんと押さえている。
自分が織田家の当主を狙わぬ代わりに、適度なポジションでそれなりの地位と生活をしている。なんというか見た目や言動と違い要領がいいんだよね。
駆け引きとかしないし、言いたいことを言うから信頼されてるんだろう。家中にこんな人がひとりいると楽だろうな。
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