第三百五十三話・あの人は今……

Side:久遠一馬


「そういえば、フランシスコ・ザビエルはどうなった?」


「ポルトガル領ゴアにいますよ。史実と違い日本に来る気配は今のところありません」


 外は綺麗な星空が広がっていた。


 家臣や奉公人のみんなも寝ずの番以外はそれぞれの部屋で休んでいる頃。オレはエルと星を眺めていたが、ふと史実を思い出していた。


「へぇ、そうか」


 元の世界ではキリスト教の伝来と呼ばれている彼の来日が、今年起きるはずだった。以前聞いた時はマラッカにいたのにゴアに移ったのか、日本から遠ざかったな。


「情勢がすでに違います。欧州ではイスパニアが新大陸との航路が事実上絶たれており、白鯨討伐の大号令が出たところです。ポルトガルなども同様で大型帆船の減少により極東航路を維持するのも危うくなっています」


 あまり興味がないんで任せていたが、世界情勢は日ノ本以上に変わっているのか。


「それと宣教師は海に嫌われているとの噂は最早極東でも有名です。その他にもキリスト教を否定する噂はいろいろ流れておりまして、その土地の在来宗教との対立なども起きています。結果として元々キリスト教の信仰がなかった地域では、キリスト教離れが起きておりますので。ザビエルもイエズス会もとても新たな布教に出る余裕なんてありませんよ」


 日本史の教科書にも載っていたほどの人なんだけどね。彼自身は悪い人ではないだろう。


 元の世界でもそうだが、他人に宗教を勧める人は、勧める時点で独善を多分に含んでいるが、善意の人が少なくない。むろんカルトとかは除くが。


 もっともオレみたいに宗教嫌いな人にとっては迷惑以外のなにものでもないけど。


 介入は最小限にする。この基本方針は変わらない。ただし迷信が蔓延り、神が信じられているこの時代では宣教師の乗った船がよく沈むという事実は重いらしい。


 宣教師は南蛮人の侵略と結びついていて、既存の文化や宗教をじわじわと否定していく。もともと反発はいろいろあったんだろうね。


 船の沈没と宣教師に纏わる噂で、南蛮人たちは各地で苦しい立場になっていくのかもしれない。


 他にもこの世界では、元の世界の同時代より、銀の価値が上がり始めている。多分新大陸のポトシ銀山からの銀が途絶えていることが、欧州だけではなく極東にも地味に影響を与え始めているんだろう。そういえば明が銀を日本やスペインから大量輸入するんだっけ。


「オスマントルコは元気な時代だよね。そろそろ貿易でもする?」


「非公式なら構いませんが、公式に貿易をするなら航路をどうするかが問題になります。主要な港は南蛮人がいますので。補給するには彼らを除外して、その姿勢を納得させた上で現地勢力と交渉をしなくてはなりません。下手に動けば今後起きる可能性がある南蛮人と現地人の騒動に巻き込まれます。また、キリスト教の圧力低下がイスラム教に及ぼす影響が現段階では不透明過ぎます」


 思い付きでアラビアとの貿易を考えたけど、無理だな。いつの時代も世界は弱肉強食か。そもそも必要性もほとんどない。


 もともとこの時代は船の輸送力が限られている。宣教師の教化と武器の優位性で侵略しているんだから、船が沈められて南蛮人の立場が弱くなれば問題があちこちで噴出するわけか。


 エルはこう見えて作戦は徹底する。宣教師が布教目的だからって遠慮はしない。


 このまま南蛮人は欧州にお帰りいただきたいなぁ。




「地震はどう?」


「よくありませんね。耐震性などない建物の多くが倒壊していますし、凍死もまだ油断出来ません。それにこれからは疫病の可能性もありますので」


 あと関東の地震だが、予想通り酷いらしい。武家や寺社はそれなりの建物に住んでいるが、庶民は雨風を凌げるというか、雨漏り隙間風が当たり前の家に住んでいるからな。


 すでに関東の北条には見習い医師を数人送った。衛生問題や軽い怪我なら対処出来るようなので、疫病予防と負傷者の手当てには活躍してくれるだろう。


 本当はケティたち医療型アンドロイドかバイオロイドでも送るかと悩んだが、あまり治安も良くないだろうし、女性だと北条の側でも気を使ったりして大変だろうからね。


 なにより北条領は広く、一度送ると当分帰ってこられないことになりかねない。


 まあ、北条は史実を考慮しても大丈夫だろう。


「ふふふ、拙者の必殺剣をくらうでござる!!」


「なんの! 必殺忍法なのです!!」


 ところでさ。夜に煩いよ。君たち。夜間訓練だとか言いながら、暇だから遊んでいるだけだよね?


 誰って? すずとチェリーだよ。ロボとブランカも巻き込んで庭で騒いでるし。この時代のみんなはもう寝るんだから静かにしなさい。まあ、屋敷が広いから他の人の寝所には聞こえないだろうけどさ。


 日が暮れるとともに寝て、夜明けに起きるのがこの時代の人たちの習慣だからなぁ。ただ、オレたちは正直あまり早くは寝られないんだよね。


「そこのふたり。そんなに難しいことばっかり考えてないで、一緒に飲むよ」


 一方、部屋の中では他のアンドロイドのみんながお酒を飲んでいて、ジュリアがご機嫌な様子でオレとエルにお酒を持ってきた。


 さっきまでは泊まりの奉公人のみんなが一緒に飲んでいたんだよね。


 ウチでは男女関係なく夜は一緒にお酒を飲むし、お酒が飲めない人は紅茶や冷やし飴なんかで一緒に付き合う。娯楽らしい娯楽は一般人の手が届かない時代だからね。みんなで集まってトランプしたりリバーシしたりする。興が乗ったら、誰かが楽器をかなで、歌をうたう。いつの間にか習慣になった。


 みんな基本的には別に家があるが、警備とかの問題もあり一定数の家臣や奉公人が必ず泊まることになってるんだ。


 まあ、ほとんど資清さんが決めて手配しているんだけどね。


「果実酒か。これは飲みやすくていいな」


 そうそう。梅酒に続きウチでは果実酒も造っている。今日のはみかん酒か。


 香りも味もいい感じだ。


「あまり考え過ぎはよくありませんよ。現状は上手くいっています」


 それほど考え過ぎているつもりはないんだけどね。ジュリアばかりか、真面目なセレスにまで心配されてしまった。


 ただ、オレの場合はよくも悪くもマイペースだからなぁ。


「侵入者を捕まえたでござる」


「悪者成敗するのです?」


 そのままエルも含めてみんなでゆっくり飲み始めたんだが、外で遊んでいたすずとチェリーがのんびりとした雰囲気をぶち壊す侵入者を捕まえてきた。


 時々来るんだよね。ウチの屋敷は堀があるわけでもないし、城よりは侵入しやすい見た目をしているからかな。そろそろ有刺鉄線でも設置するべきか? でもあれ景観台無しだよなぁ、鉄条網に囲まれた我が家か。考えるだけで心がすさむな。


「寝ずの番の人に渡してきなさい」


 完全に気絶させているから事情聴取も出来ない。エルが少し苦笑いして家臣のところに連れていくように言うと、ふたりは荷物でも運ぶように肩に担いで運んでいった。


 ただの泥棒じゃないだろう。どっかの間者だろうが、正体と目的の取り調べと処分は望月さんにお任せだ。


 場合によっては解放することもあるが、危険だったり目的次第では処分もしている。残酷かもしれないが、ウチの家臣や忍び衆を守るためにはしょうがないんだ。皆を守るためには、俺も覚悟を決めている。世の中、綺麗ごとだけではダメなんだ。


 というか寝ずの番の人、明日怒られるな。すずとチェリーが優秀なのはもちろんだが、先に発見出来なかったことは問題だと考えるからなぁ。


 オレは別に怒らなくてもいいと思うんだが、エルたちが優秀なことに甘えるのは駄目だと、資清さんとか望月さんが言うので、彼らが怒るのは止めないことにしている。


 別に過剰な罰を与えてるわけではないからね。


「みんなイキイキしているな」


「当たり前じゃない。今を楽しまなくてどうするのよ!」


 侵入者が来たというのに誰も気にもしていない。みんなすっかり戦国時代に馴染んだなぁ。


 今を楽しむ。ジュリアらしい言葉だ。でも大切なことだって思える。


 このままみんながいれば、なにがあっても怖くない。


 さあ、夜はこれからだ。


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