第三百四十四話・織田の親子
Side:織田信秀
「そうか。
美濃から三郎たちが帰ってきた。もう夜になることから正式な報告は明日聞くが、三郎が一足先に城に報告に来た。
あちらも上手くいったようだな。多少懸念もあったようだが構わん。
「親父、義父殿は本気で織田に臣従する気だと思うか?」
「さて、人の腹の中など分からぬからな。だが臣従したほうがいいと理解させられれば、臣従するやもしれん。家柄や利にもならん誇りに拘る男ではあるまい」
名門今川家の義元ならば、織田に臣従するなどは死んでもあるまい。だが蝮ならばあり得る。もともと奴の親父はどこぞの僧で油売りをしておったと聞く。下剋上で奪った斎藤家になど拘りはあるまいからな。
そう、一馬ならば蝮を臣従させられるかもしれんのだ。それ故に美濃行きを許した。
一馬は気付いておるのであろうか。あやつが希望を抱く元になっておることに。あやつが出世すればするほど、近隣の国人衆は織田ではよそ者でも出世が出来ると希望を抱いておる。
水野も最後はそこを臣従に踏み切る
「だが臣従を言い出した義父殿に、まだ早いと説き伏せるとはオレも思わなかった」
「ははは、一馬らしいではないか。一馬たちの目には遥か先が見えておるのだろう。
予め決めておったことではある。当面は現状維持でいいだろうと。
利政が臣従もあり得るとの姿勢なのは昨年からあったが、まさかこれほど早く
もう美濃を征するのは難しくない。だが、それをすれば確実に畿内の争いに巻き込まれる。
一馬のおかげで畿内の価値が変わった。
少なくとも、織田は畿内がなくば困る状況ではない。諍い、戦がある度に名を聞く所でも、細川、六角、三好、畠山、それに本願寺もあるか。あの勢力たちと今争うのは得策ではない。若狭武田や朝倉は畿内を気にするが故に、畿内に使われておることに気づかぬ程だ。
「愚か者を処分して尾張もだいぶ
「寺社も罰するとは思い切ったな。親父」
「仏の名が役に立った。此度の処罰は寺社も対応が割れての。わしのところには減刑嘆願と同時に甘いという苦情もきておる」
此度ばかりは仏の名が鬼に変わることも覚悟しておったのだが、そうはならなかった。
逆に仏は厳しくもあると、宗門を問わず、
殺伐として騙し騙される世に嫌気がさしておるのは、わしだけではないらしい。
Side:久遠一馬
尾張に戻り、那古野の屋敷に帰ってきたんだけど、留守を任せた資清さんが少し疲れた表情で出迎えてくれた。
「殿の美濃へのお
そうか。とうとうやっちゃったか。
以前から話し合ってはいたんだよね。そのうち頃合いを見て処罰すると言ってたけど、処罰内容は結構厳しい。
結婚式のご祝儀横領の件は、横領された領民に祝いの品の再配布を検討している。その費用の負担を罰則の中に正式に組み込み、横領した者に負わせると話していたんだけど。まあこれは最低限の罰だけどね。
厳罰だったのは、先行して処罰した土豪の末路を見たあとも、一切の謝罪や弁済に動かなかった者で、磔の上で領地没収だそうだ。
この段階になってようやく事態の深刻さに気付いた者は、なりふり構わず減刑嘆願や助命嘆願が行われたみたい。オレの留守中にもかかわらず多くの人が信秀さんへの取り成しを頼みに来るとは。
「それでどうしたの?」
「メルティ様と御相談の上、数名は減刑嘆願に値すると判断して、大殿に具申致しましてございます」
パニックとまでは言えないが、一番混乱したのは寺社らしい。今まで織田は寺社に寛容だったし、強固な既得権持ちなのでなかなか手を出される事がなかったことで、そこまで重い罰を言い渡されると思ってもみなかったらしい。
他には、一揆や謀叛を企む者に逃亡する者などが出たらしいが、一揆は領民が付いてこないばかりか、近隣の領民やまともな寺社に密告されて潰えたようだ。謀叛や逃亡も親族が取り押さえたところもあったみたい。そうでもしないと連座で罪が重くなるからなぁ。
信秀さんは今回の一件で各地に人を派遣して、領民を集めて直接語りかけて説明するという形で、各地の領民や諸勢力に配慮したみたい。
紙芝居は準備してなかったので間に合わなかったが、紙芝居で培ったネットワークを利用したようだ。
減刑嘆願は成功した者もいれば、失敗した者もいる。
特に寺社は一部では助命嘆願が聞き入れられた代わりに、既得権の一部放棄を迫られて呑んだみたいだね。
土豪クラスは土地に根付いていて、村が総じて血縁なんてのも珍しくない。反発して戦だと騒いだところもあるらしいが、原因が祝いの品を取り上げたことだからな。大半は当事者が見捨てられるか、逆に取り押さえられて終わったようだ。
なにより横取りしなかったところは一切騒ぐ必要がなく、親しい寺社や土豪でも『与り知らぬことだ』と動かなかったことが大きいと思う。
寺社や武家に土豪などを分断したのが、今回の処罰が成功した理由だろう。
ああ、揖斐北方城攻めにおいて勝手な乱取りをした件に関しては、該当の村なんかと被害の補償と処罰で交渉したらしい。
相手は当事者の引き渡しを求めてきたところもあるが、処罰の主導権を渡すのは今後に響くので、見届け人をこちらに寄越す形で折り合いを付けて、寄越された見届け人が立ち会う中での処罰と、織田家からの補償で話を付けたみたい。
この件は昨日処刑が終わっていて、戦での他の命令違反の処分は近日中に行われるようだ。
「儀太夫殿。本当にご苦労様。褒美は明日にでも渡すから」
「はっ、ありがとうございまする」
あと益氏さんが帰ってきていたので、気が滅入る話はここまでにしよう。
揖斐北方城の領地復興に一通りの道筋を付けたようで、後は森可行さんとその家臣に任せての帰還だ。
益氏さんと忍び衆や石舟斎さんたちなど、ウチから派遣した人たちに褒美をあげないとな。味方の監視とかいろいろ嫌で損な役回りさせたから、褒美は弾むつもりだ。
「八郎殿。お花見のほうは進んでる?」
「はっ、万事抜かりなく」
季節は春だ。今年はウチの主催で家中のみんなとお花見をする予定だ。この花見は所帯持ちと独身者に分けて行う予定で、独身者のお花見はお花見コンパにする予定なんだ。
普通は家柄とか考慮して縁談を決めるが、ウチはそこが自由だし。一応、家中のみんなには事前に家柄を考慮した縁談を希望するか聞いたんだけどね。
希望者がゼロだったんだ。織田家の直臣どころか重臣ならともかく中途半端に他家へ嫁や婿に行っても、ウチで働くより生活が苦しくなるからなぁ。誰も行きたがらないよね。
もちろん家中でいい人を見つけるために動いている人もいるし、そこは制限していない。ただ滝川家と望月家なんかはウチでも別格だからね。なかなか決まらない。
忍び衆同士の若い人の結婚は何組かしたようで、オレからも祝い金と祝いの品を贈っている。本当は結婚式もあげてやろうとしたんだけどね。
さすがにキリがなくなるから、祝い金と祝いの品を贈るくらいにしている。出たり出なかったりすると問題になるって言われてさ。それとケーキは別枠で届けている。なんかケーキがないと、久遠家の仕来りが守れないなんて変な考えが広まってるみたい。みんなで美味しく食べてくれるならいいけどね。
「くーん」
「うん? 次はブランカだな」
帰宅して資清さんたちから報告を受けながらも。オレはさっきからロボとブランカのブラッシングをしている。
数日いなかったから甘えてくるんだよね。
決して序列が低いから働かされているわけではない。……と思う。
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