第三百三十八話・お市ちゃん海を見る
Side:久遠一馬
初日はケティの診察以外は特にやることはなく歓迎の宴を開いてくれた。
料理はこの時代の一般的なおもてなし料理であり、川魚である鯉料理がある。この時代は鯉も高級な魚だからなぁ。味付けは京風か。
美味しいよ。素材の味を生かした素朴な料理という感じか。旅行に行ってどっかの郷土料理でも食べた時に似ているかもしれない。
「やはりハンセン病だった」
特にトラブルもなくこの日は終わった。
歓迎の宴を終えたオレとエルたちは同じ客間で就寝することになるが、ケティより、この日の診察の結果が報告された。斎藤義龍さんとそのお母さんはやはりハンセン病だったか。
「病名は伏せた。治療は今後も投薬治療をするべき」
この時代だとライ病と呼ばれ忌み嫌われている。なにより見た目に影響が出るのが原因だろう。早期発見で適切な治療をすれば怖い病気ではない。
確かに義龍さんの立場を考えると、病名は明かさないほうがいいだろうな。織田と斎藤の関係も盤石とは言い難い。この段階で道三の後継者と
仮に信じたとしても後継者問題で家中が揺らぐのはどう考えてもマイナスだ。
「そうだな。今回の美濃訪問で信頼を得られれば、素直に薬を飲んでくれるだろうね。この件は特別機密で」
ケティの信頼度なら問題ないだろう。過剰に反応しない適当な病名をでっち上げて薬を飲ませる必要があるだろうが。
最悪ナノマシン治療を施すかナノマシン治療薬を使えば早期に治せる。
これを利用して斎藤家を史実のように分裂させることも可能だろうが、現状の斎藤家だとそれは必要ないね。道三さんも義龍さんも織田に臣従も致し方ないと考えてるようだし。
この件はオーバーテクノロジーと同じで特別機密として、オレたちだけで処理することにした。
幸いなことに稲葉山城は尾張からも近い。ケティたちが定期的に往診に来るのに、斎藤家さえ受け入れるなら、大した障害はないからね。
日を改めた今日、ケティは井ノ口にある斎藤家の屋敷で診察をすることとなった。
城の主要な人の診察は昨日で終わったようで、あとは国人衆や土豪などから領民まで多くの人がケティの診察を待ち望んでいる。
診察希望者が多いことと警護の理由から今回は往診はなしになっていて、身分による優遇もない。必要に応じて急患は先に診るし、それ以外は武家も領民も先着順にすると決めた。この辺りはケティの要望が通ったようだ。
場所も道三さんと義龍さんは稲葉山城麓の御殿で診察をさせるつもりだったみたいだけど、ケティがなるべく多くの人を診たいと言ったので井ノ口となった。
待たされる武士とか怒りそうだけどね。基本的にこの時代は階級社会だ、平等なんて価値観はない。まあ、斎藤家側も警護の人を配置するようだし大きな問題にはならないだろう。
オレはエルや政秀さんら文官衆と一緒に検地と人口調査のやり方を教えていく。相手は道三さんと義龍さんに稲葉山城の文官というか側近衆か。国人衆がいないのは織田のやり方を教わり合わせることに反発が大きいんだろうね。
「なるほどのう。
全体的に理解が早いのは道三さんがそんな人材を選んだからだろうか。特に道三さんは理解が早い。まあ特別とんでもなく斬新なことをしているわけではないんだけどね。
きちんと調べるというだけだ。土地や人口をね。
現状の貫高制でも土地の算定額はある。ただし先祖代々の自己申告でしかないみたい。また土地は利権関係が複雑であり中間搾取も普通に認められている。
元の世界では太閤検地なども有名だが、太閤検地でさえ大名領はきちんと検地してなかったという話もある。
現状では中間搾取や年貢のシステムに手を出す必要はない。あくまでも実態を把握することが大切なんだ。
治めるのは国人衆や土豪ではなく領民だということ。
「最初は直轄領と自ら望む者だけで行うのがよいかと。強制させても無駄な抵抗がありますからね」
「
ただ道三さんはもとより、義龍さんも国人衆に命じて大々的にやらせるつもりだったらしく、そこは変えるようにアドバイスすると不思議そうに疑問を口にした。
「従わぬ者はいずれ後悔しますよ。この先得られる利益も救済も、従う者だけに与えればいいんです。大垣周辺の様に」
「なっ……」
優秀そうだけど甘いね。血筋や家柄などのこの時代の重要な要素を考慮していたんだろうが、そんなものすぐに役に立たなくなる。
本当は織田として国人衆の取り込みも考えていたんだけどね。不破の関から西美濃と稲葉山城まで織田の勢力圏になるなら細々とした国人衆は放置でいいだろう。
美濃も土岐家の傍流や庶流が多かったり、古来交通の要所として栄えていたから、古い権威や利権が残っていたりと面倒も多い。
「異を唱える者は捨て置くか」
「先日の米の売買と同じです」
ただ道三さんはあまり驚きはないようだ。権威の力は知っていても過剰に信じる気はないのかもしれない。
腹を割って話せば気が合うかもしれないな。
Side:帰蝶
今日は義理の母であられる土田御前様たちと熱田に来ております。
昨日、熱田神社を参拝する話をメルティ殿としておりましたが、なんと土田御前様とお子の皆さまも同行されることとなったのです。皆様は清洲から馬車で那古野の工業村においでになり、尾張たたらの近くから川舟に乗り、熱田の湊近くの舟着き場へ到着致しました。なんでも川舟のままで海の湊へ向かうのは、とても危ういそうです。川は有っても、海のない美濃では知り得ない事でございます。
「めるー! うみはー?」
「もう少しですよ」
土田御前様は熱田神社の参拝は久方ぶりということですが、お市殿は初めてのようで先ほどからメルティ殿に何度も海はまだかとたずねておられます。
なんでも久遠家にあった海の絵を見て、自身も行きたいと言っておられたとか。
「くんくん」
「くーん」
ロボとブランカという久遠家の二匹の愛犬と並んで歩くお市殿は楽しそうです。
「うわぁ~」
見えました。ああ、これが海なのですね。青いです。信じられないほど青く、どこまでも遠くまで続いております。
お市殿の驚く声を聞きながら見入っていると、どこからともなく今まで嗅いだことのない匂いがします。
これはなんの匂いでしょうか?
「へんなにおいがするよ!?」
「これは海の匂いなんですよ」
お市殿も匂いに気付いたようでメルティ殿に
これが、その海の匂いなのですね。
私たちはそのまま熱田の町を歩き湊にまで行くと、多くの船が見えてきました。
あれは……、なんと黒く大きな船でしょう。ほかの船と比べものになりません。複雑で大きな柱が何本も立っております。
あれが噂の……。
「おっきいふねだ!!」
「あれがウチの南蛮船でございます。ここには工業村で作る鉄の材料が運ばれてくるのよ」
噂の久遠家の南蛮船がこれほど大きいとは。見たことがないのは私とお市殿だけのようです。
確かにこれならば、『遥か遠くに
「わたしもかく!」
しばし湊をご覧になられた土田御前様たちは、休息を兼ねて熱田神社の大宮司である千秋家の屋敷に行くようですが、メルティ殿と私は絵を描くために湊に残ります。
ただそれを見たお市殿が自身も残られるというので、お市殿と他にも数人の姫様たちも絵を描くことになりました。
天気もよく気持ちがいいですね。
いい絵が描けそうです。
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