第三百三十一話・揖斐北方城攻防戦・その三

Side:土岐家残党


「降伏など、あり得ぬわ! 最後まで戦うのみ!!」


おのれは理解しておらんのか! 蝮も虎もおらん奴らにやられたのだぞ!!」


 すでに夜も更けておるというのに、未だに降伏するか戦うか決められぬとはな。


 もとより守護様がおってこそ、なんとか纏まっておっただけに纏まることも出来んようになってしまったか。


 正直、あまりいいお方ではなかったが、それでもおらぬと困るということか。


「だいたい己が欲を出して、打って出たのが失態であろう!」


「なんだと!!」


 抗戦派と和睦派では和睦派がするまでもなく多い。無理もないな。一戦も交えぬまま引くことは出来なんだが、そこからは各々おのおのに考えが違う。


 武威を示してさっさと引きたい者もおるのだ。皆、美濃には血縁ある者が多い。黙って城を渡せば臆病者と謗られても、一戦交えて敵将から降伏を促されて受けたとなればまた話が変わる。


 近江の六角と浅井や越前の朝倉に使者を出したが、いずれも色よい返事はない。


 追い討ちかけるように、昨日の追撃で多くの者が討たれた。後詰めのあてもないのに少ない兵が討たれては籠城も難しい。


 織田と戦い勝ったとまでは言えなくとも、引き分けたと言えるのはこの時しかないと考える者も多い。


「外には久遠も来ておるのだぞ! あの南蛮船の旗印は久遠だ! 金色砲を持ってきておればこんな城、またたく間に落ちるぞ!」


 それと困ったことに外には久遠がおる。旗印を見た者が多数おるうえに、高価な鉄砲を信じられぬほど多く使うておったのだ。久遠が来ておるのは間違いあるまい。


 金色砲は南蛮の武器だと言うが、川舟で運んだのだろう。あれを使われれば勝ち目はない。


「おっ己らっ! なっ、なにをする」


 最早、話し合っても無駄だ。そう考えた我らが徹底抗戦を主張する者を捕らえにかかった。


 抵抗して刀を抜き斬りあいになるが、それでもこの戦は止めねばならぬ。


 後詰めのない籠城と、その気になれば後詰めが増える相手では考えるまでもない。今はまだこちらの首まで要求されておらぬのだ。


 無念だが、退き際であろう。




Side:滝川益氏


「申し上げます。お味方の陣中、例の者たちに不穏な動きがあります。いかがしましょう?」


「森殿になぎ、信辰様方を固めるのだ」


「はっ」


 もう夜が明けようとする頃、見張りを命じておった忍び衆が起こしに来た。やれやれ敵より信頼出来ぬ味方とは呆れてものが言えぬな。


 出来れば朝まで皆を寝かせてやりたいが、そうも言うておられぬ。特に新介殿と柳生衆には起きてもらわねばならぬか。騒ぎを大きくする前に止めねば大変なことになる。


「動いたか?」


「ああ、起きておったのか?」


「奴らが動くとしたら、そろそろだと思ってな」


 わしはすぐに新介殿を起こしに出向いたが、休んでおっても起きておったようだ。新介殿と手練れの者と共に、不穏な動きをしておる者のところに急ぐ。


 久遠家では民を連れてきておらぬが、奴らは家臣だと言い数十もの民を連れてきた者もおる。忍び衆は別だが、当家でも三十名ほどしかおらぬものを。


「そなたらなんの支度だ? 夜逃げか?」


「黙れ! 余所者が! わしを誰だと思うておる!!」


 やはり朝駆けをするつもりか。奴らの陣では音を立てぬようにしつつ、鎧兜を身に纏い戦支度をしておるわ。


「では、なにをしておるのだ?」


「知れたこと。油断しきっておる敵を、朝駆けを以って殲滅するのみ」


「降伏を促しておるというのに、かようなこと許されると思うのか? 信辰様はもとより仲介しておる国人衆や、ひいては大殿の顔に泥を塗ることになるのだぞ」


「ふん! 勝てばいいのだ。勝てば!」


 奴らの言い分にも一理ある。だが織田が目指すのは騙し騙される戦国の世ではない。


 最早、お互い引くに引けぬか。


「いかにしてもというならば、斬ってでも止めるぞ?」


「望むところだ」


 同じ陣に参じたにもかかわらず、このようなことになるとは残念だ。とはいえこれも乱世の定め。


 この場におる相手は十五人ほどか。味方は六人。数の上では少し不利だが致し方あるまい。


「てやああ!!」


 真っ先にこちらに斬りかかってきたのは、一番槍の手柄をあげた者だった。怪我をしておるのにその気迫は感心する。


「なんの!」


 だが奴の刀がわしにまで届くことはなかった。奴は新介殿の一太刀にて手甲の隙間から斬られて、痛みに転げ倒れた。


 敵意があるのはまだおる。相手は次から次へとこちらに斬りかかってくるが、ほとんどの者を新介殿がひとりで倒しておるではないか。


 また剣の腕が上がったな。この数か月、ジュリア様や塚原殿に鍛えられておった成果か。セレス様はいずれかと言えば、術理や兵法を説かれるを好まれるからな。


「もう気が済んだであろう? これ以上やれば裏切り者とせねばならなくなる。今ならばわしが取り成すゆえ、大人しく引け」


 皆まだ生きておる。敵意むき出しだった者らも新介殿の剣の腕には一気に静まり返ったほどだ。わしは見ておるだけで終わったな。


 思えばこやつらも哀れでならん。手柄を挙げて武功を稼がねば先がないのだ。


 心情は察するに余りある。いかにしてよいか、分からぬのであろう? なにがなんでも武功を挙げねば帰るところがないのだ。


 滝川家は八郎叔父上が寛容ゆえ、左様なことはなかった。されど、厳しいところは武功を挙げるまで帰ってくるなと言われるところもある。


 嫡男となれば左様な扱いは受けまいが、控えの次男とて、扱いは相応であろう。だが、ままならぬ身の三男以降の扱いはそんなものだ。


「己などになにが分かる! 哀れみなどの侮辱は許さぬわ!!」


 だが……、わしの言葉はこやつの誇りを傷つけてしまったらしい。片腕を斬られておりながら、それでもまだ男はこちらに斬りかかろうとしてくる。


 されど、昼間の怪我に腕の傷ではわしに斬りかかることも出来なんだ。




「戦に来て味方も使えぬとはな……」


 事態が落ち着いたのはすっかり夜が明けた頃だった。


 弾正忠家の古参の家臣と、いくばくかの美濃衆は朝を迎える直前に朝駆けを企てたものの、忍び衆の知らせで阻止した。


 森殿は美濃衆のほうを押さえたらしく、事態を知った信辰様は、ご自身に責を感じておられる。


 わしはそれほど多く戦に出た経験はないが、八郎叔父上の話では戦場では裏切りは珍しくもないと言う。ようあることなのであろうな。


「申し上げます! 敵の城より不穏な気配!!」


 さらに時が過ぎて、降伏するか否かの返答の刻限が間近となった頃、土岐家旧臣の籠る揖斐北方城に不穏な気配があると物見から知らせが入る。


 降伏はせぬのかと味方は迎え撃つ支度で慌ただしくなる。


「首は要らぬ。城を開け渡し、城内の者を解き放てばよい。そなたらは織田領と美濃から追放とする」


 だが、懸念は無用だった。しばらくすると城から降伏の使者が来て、条件の交渉に入った。


 昨日、城から討って出た者の中に敵方の主立った者が何人かおったらしく、その者らが討ち死にして士気が落ちたことで、最後まで戦うという強硬な意見がだいぶ変わったようだ。


 あとは徹夜で話し合った結果、最後まで降伏を拒む者を取り押さえて決めたようだな。


 敵方は最後まで戦うと主張しておった者の首を差し出して終えようとするも、信辰様は首など要らぬからさっさと出ていけとでも言いたげだ。


 その後、この日のうちに城は明け渡されて戦は終わった。




◆◆

 揖斐北方城の戦い


 天文十八年春、土岐頼芸の頓死とんしにより美濃土岐家は事実上の終わりを迎えた。


 残された家臣は織田に付くか斎藤に付くか、それとも独自の道を選ぶか対応が分かれたと『織田統一記』にはある。


 そんな中で土岐家再興を掲げて独立を宣言し、織田と合戦になったのがこの戦となる。


 ただ、美濃併合への大事な一戦であるこの戦に、信秀以下、信長や一馬も参陣しておらず、これまでの戦では自身が戦場に赴いていた信秀にはない戦い方であった。


 それに関して『織田統一記』には織田が新たな体制となるための布石だと記されていて、拡大を続ける織田が信秀自身の出陣をしない形を模索したと思われる。


 なお『久遠家記』には織田の軍政改革に悩む一馬と大智の方が進言したとあり、この当時の日本の戦の在りように久遠家が悩んでいた様子が書かれている。



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