第三百三十話・揖斐北方城攻防戦・その二

Side:滝川益氏


 力押しで攻めておった味方は犠牲を出しながらも城門まではたどり着いたようだ。口だけではないということか。


 されど重要なのはここからだ。あまり大きくない城とはいえ敵も城門は一番守りを固めておる。しかも味方は勝ち戦に浮かれておった者が多い。


「そろそろだな。支度はよいか?」


「はっ!」


「深追いはするなよ。御家は首などなくても手柄になる」


 やはり城門は突破出来ぬようだな。そろそろ退くか。いかに身勝手とはいえ味方は味方。捨て置くわけにもいかぬ。


 敵もすんなりと撤退させてはくれまい。追撃があった場合には、待機しておる味方で防がねばならぬのだ。


 鉄砲は今のところ当家と警備兵と信辰様のところにしかない。運用は纏めたほうが良いであろうと、すべてわしに任されることとなった。


 他の者たちも弓やつぶてに槍で迎撃する心算しんさんだ。さすがにここで敵に打撃を与えなくば、あとで困るからな。


「ひぃぃ!」


「もう無理だ!」


 我先にと逃げ出してきたのは雑兵だった。の者らは手柄を立てても上役の武士に奪われることも珍しくない。恩賞も多くないのが当然だ。おのれの村を守るでもない戦で命など懸けぬのだ。


 先陣で切り結ぶ者らは城門を突破しようとあがいておるが、味方の士気は下がって雑兵が逃げ出しておることで渋々退いてくる。


「敵、討って出てきました!! おおよそ二百!」


「味方に当たらず、敵のみに当たる機を待つ。構え……。撃て!」


 やはり出てきたか。敵もここで討って出ねば勝機がないのを理解しておる。なかなかの相手よ。だが敵将は少し読み違えておるな。味方の主勢は力攻めの者たちではない。こちらなのだ。


「ぐわっ!?」


「なんだ!?」


「うろたえるな! 鉄砲だ! 一度撃てばしばらく撃てぬ!!」


 一斉に火を噴く鉄砲の音に、敵は驚き勢いが止まる。敵方には、まだ鉄砲を見たことがない者も少なくないらしい。差配しておる者は鉄砲の弱点を知っておるようだが甘いな。


「第二組、前へ! 撃て!」


 敵が態勢を立て直そうとしたその時、こちらは第二組の鉄砲を放つ。


「まただ!」


「しばらく撃てなかったんじゃないのか!?」


「何故だ!」


 甘いな。鉄砲においてもこちらは日々考え鍛練を積んでおるのだ。一度に撃ち尽くして立て直させるなど愚は犯さぬよ。


 此度持参した鉄砲はおよそ百丁。当家と警備兵は日頃の訓練の賜物だろう。扱いも悪くない。信辰様の兵は慣れておらぬのか手間取っておるが、したる懸念もない。


 鉄砲はただ撃てばよいわけではないのだ。状況に合わせて扱ってこそ意味がある。


「かかれー!」


 鉄砲と同時に放たれた弓や礫の成果もあり、敵の勢いは止まり立て直しも出来ておらぬ。そこに森殿や新介殿が攻め込むと敵は一気に崩れ逃げていく。


 やれやれ、これでやっと落ち着いて城攻めが出来るな。




「何故! 追撃せんのだ!!」


「城の城門までの道は狭い。大軍の利があまり役にたたぬのだ。そんなこともわからぬのか?」


 新介殿はなんと敵の兜首を幾つか取って戻った。当家の者は被害もなく完勝だったが、信辰様の本陣に今後の話をしに行くと、力押しをしておった者たちが怒り心頭の様子で信辰様に怒鳴っておった。


 いかにも全軍で力押ししなかったことが気に入らぬらしく、さらに打って出てきた敵兵を追撃しなかったと責めておる。


 確かに敵の追撃は蹴散らしたが、山城ゆえに城門までの道は狭い。ここで欲を出して追撃などしてみろ。またさっきと変わらぬ状況に戻るだけではないか?


「いや、全軍で攻めておれば今頃は……」


「そなたらが手柄欲しさに、意に沿わぬ者を軽んじたのであろう? もうよい、下がっておれ。あとはわしらでやる」


「おのれ! 我らを侮辱するか! わしは長年弾正忠家に仕えておったのだぞ!」


 いかにやら力押ししておった者たちは城を落とせなかったわけを、我らのせいにしたいらしいな。呆れてものが言えん。


「ならば、しかと申し渡さねば分からぬか? 清洲の殿からは森殿と滝川殿とはかって城を落とせとの書状が来ておる。そなたらなど名すら書かれておらぬわ。古参もおるゆえ一度は任せたが、失態のせきまで持てぬわ。下がらねば捕らえるぞ!!」


 とうとう温厚そうな信辰様がお怒りになられたか。


 だが致し方ないことだ。もともと信辰様は織田一族の娘を娶り、織田姓を許されたと聞いておる。弾正忠家古参に配慮したというのに、かように言われれば我慢も限界か。


 そのまま両者はしばし睨み合っておったが、奴らはなにも言わずに信辰様の前から去った。あ奴らには見張りを付けねば、なにをするか分からぬな。忍び衆に命じておくか。


「さて、愚か者がおらなくなったことだし、今後のことを決めねばな。滝川殿、手傷を負った兵は如何程いかほどに出たのだ?」


「はっ、死者と負傷者で六十ほどでございまする」


 邪魔者がおらなくなったことで信辰様は残りの者らで軍議を開く。皮肉なことだが、奴らのおかげで衛生兵の必要を打ち出されたケティ様のお心を理解したわ。


「そうか。周辺の国人衆に声を掛けた。間も無く到着するであろう。その時に改めて軍議を開く。それとあの者らが次に勝手をしたら誰であってもよい、捕らえろ。討ち取ってもよい。めはわしがもつ」


 力押しは上手くいかなんだが、幸いにして損害は大きくはない。さらに敵の追撃を蹴散らしたので五分と五分であろう。


 なんとか城の中におる民を味方に付けることが出来れば、こちらのものなのだが。




 しばらくして周辺の国人衆を迎えて軍議が開かれた。


 籠城しておる者たちと親交のあった者も中にはおり、再度城に降伏の使者を送ることになった。


 此度の軍には大殿も斎藤山城守殿もおられぬが、すぐにでも来る支度はしておると言えば敵も考えるであろうと。それに形はいかにであれ、一度は攻め手から城を守り武威は示したのだから、美濃国外への退去を条件に降伏を促すことになった。


「そうか。では明日の昼までは待とう」


 使者はすぐに戻ってきた。返答は明日まで待ってほしいというもの。信辰様はそれを受け入れ、今日はここまでとなる。


 懸念は不満を抱えたまま信辰様にも詫びを入れんだ者らだ。敵は当然なれど、奴らも見張らねば勝手に夜襲でもかけてしまえば大事になるぞ。


今宵こよいは酒はなしか」


「戦場にしては豪勢な陣中飯じんちゅうめし戦飯いくさめしですな」


 懸念への手を打っておると、そのまま何事もなく夜を迎えようとしておる。今宵は白い飯と味噌汁に山菜と肉の炒め物と魚の干物まである。


 酒がないのは寂しいが、戦場での戦飯いくさめしとしては考えられぬほど豪勢になる。新介殿も喜んでおるようでなによりだ。


 此度は兵糧を織田家で一括して運んでおるので、他家他衆の手勢でも白い飯と味噌汁に魚の干物はあるはずだ。ただ、久遠家の手勢とわしが差配を任されておる警備兵と衛生兵などには、加えて肉と山菜の一品をだしておる。


 炊事も余所ではそれぞれに勝手に致しておるが、殿のお考えで我らは一度に皆の分を作らせておるからな。そのほうが安上がりなんだそうだが。


 肉と山菜は周囲に物売りに来た商人から買うたものだ。銭はあとでわしが出す。久遠家の名はここでも大きい。つねならば戦場で買うと値が高くなるが、久遠家ならばと随分と安かった。


 戦場ゆえ、ここには持参しておらぬが銭はある。禄は多いが久遠家では使う機会が多くないからな。こんな機会でもなければ使わん。


 そもそも久遠家の禄はおかしい。常にかんがみるならば土地に見合みおうた禄を頂き、それに合わせて義務がある。例えば戦には禄に合わせて人を出さねばならぬが、それがない。


 当初はそれでも滝川一族を養う禄だったはずが、いつの間にか一族の皆が働いて久遠家から報酬を得ておる。


 無論、滝川家からも禄は出しておるが、それも粗方は八郎叔父上が出しておるので、わしの禄は粗方好きに使えるのだ。


 本来の禄が実入りそのものではなく土地の額面であることや、一族や郎党に下人が食う分が含まれておることを考えると額がおかしい。


 まあ、殿に言いてもこれが久遠家のやり方だとおっしゃるので致し方なしで、禄が多いことに文句があるわけではないのだが。


 ただ、これでいいのか? という思いは未だにあるな。



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