第二百九十七話・策謀する者たちと久遠家

Side:土岐頼芸


「守護様、やはり商人は大湊で捕まったようでございます」


 使えぬの。どいつもこいつも使えぬわ。この程度の謀も出来んのか。蝮の奴めと比べるわけではないが、呆れて怒る気も失せるわ。


「そうか。よい。関わった職人どもを始末しろ」


 織田と斎藤を潰すつもりであった時に、おりよく織田が妙な手形を出したので同じものを作らせてみたが駄目であったか。


 手形の出来はなかなかのものだと思うたが。初見で見抜かれるとは。左様な使えぬものしか作れぬ職人など始末してしまえば良い。仕損じた策に拘るなど下策だ。これもわしが将の将たる所以よ。


 もとよりこの件は堺の商人が持ち掛けてきた話。奴らは増長する織田を叩きたかったのであろうが、所詮は商人よな。まともに謀も出来ぬとは。


 憎き織田と下賤な久遠から銭を奪えなかったのは面白うないが、いずれにせよ、これで蝮と虎をぶつけることが出来る。


 信秀め、誰のおかげで大垣を手に入れたと思うておるのだ。わしが美濃の国人衆を動かしたおかげだということを忘れおって。恩知らずの輩に相応しい末路を用意してやろうぞ。


「蝮の倅に繋ぎを取れ。この策で織田との婚姻を潰せとな」


「さすがは守護様。まさか策を二重にするとは、感服致しました」


「策を講じるとはこうするのだ。覚えておけ」


 織田と斎藤の婚姻など認めぬ。守護はわしだ。奴らめ、わしをまた守護から追いやるつもりであろうが、そうはいかぬ。


 これで織田と斎藤の婚姻を潰して互いに争わせれば、双方とも疲弊するであろう。


 頃合いを見計らって大垣と稲葉山を落とせば、ようやく美濃から謀叛人どもを討ち払うことが出来るな。


 そのまま尾張になだれ込むのもいい。斯波も傀儡の分際でわしに恥をかかせおって。同じ守護の職故に助けてやってもよいと思うておったが、織田と一緒に叩き潰してくれるわ。


 さて、あとは蝮の不出来な倅が、いずこまでやれるかだな。奴が上手くやっても下手をしても、いずれにしてもわしには関わりのないことだ。


 織田は臆病風に吹かれておって動くまい。蝮さえ消えればこちらのものよ。


 今に見ておれ。謀叛人に恩知らず輩、下賤な南蛮人や無礼な傀儡など、ことごとくわしが成敗してくれるわ。




Side:久遠一馬


 松の内も半ばを過ぎたので、ウチに関わりがある警備兵や遊女さんなど年末年始に働いていた人たちに休みを与えた。


 信秀さんに進言して、年末年始に働いた警備兵にはオレの元手で、信秀さん名義の褒美を与えてもらう。オレからは餅や金色酒を褒美として出している。遊女さんに関しては、工業村内の遊女さんはウチが管理しているので特別報酬と帰省の許可を与えた。


 元の世界の価値観で考えるとさほど驚くことではないが、この時代だと驚いたみたいで喜んでくれた。


 武家はともかく領民は三が日を過ぎると早くも働き始めていて、日本人なんだなって思う。


「殿、大湊から文が届いております」


 信長さんはまだ家族水入らずで過ごしているようで、この日も来ていない。食事時に姿を見せないということは、そういうことだろう。


 オレはストーブの前でロボとブランカのブラッシングをしてると、大湊との仲介を任せた湊屋さんが少し慌てて入ってきた。


「なんか分かったの?」


「はっ、商人の素性が判明いたしました。美濃の商人でございます」


 そろそろ報告が来ると思っていたけど、今日、報告が来たか。隣で編み物をしているエルも手を止めて湊屋さんの報告に耳を傾けている。


「さらに美濃斎藤家に出入りしておった商人でございました」


 報告を聞くために資清さんと望月さんと太田さんも集まっているけど、みんな少し微妙な表情だ。


「裏は取ったのか?」


「はっ、大湊でも確認はしたようです。されど、会合衆はそのまま信じるのは危ういとも考えておるようで」


 斎藤家。道三と繋がると聞き予想外だったのだろう。資清さんは情報が確かかと問いかけるが、現時点ではそれ以上の確定事項はない。大湊も道三が偽手形を使わせたというのは少しおかしいと思ったようだけど。


「それとその商人が自害を試みたようでございます。未遂で取り押さえたようですが……」


 自害? 商人が。なんでだろう。間者の類か? なんか違和感がある。みんなも同じようで考え込んでいるね。


「斎藤山城守様に今動く理由があるでしょうか?」


 疑問を口にしたのは太田さんだ。


「なかろう。織田との婚礼前に何故こんなことをする必要がある?」


 その問いに望月さんはすぐに答えた。確かに道三はあまり信用出来ないが、道三が今動く理由が見えない。


 家中の批判を抑えてまで織田と和睦したんだ。仮に今、織田と斎藤が争っても道三にはなんの得もない。


「とすると怪しいのは土岐か今川になりまするが……」


 太田さんはそのまま怪しい人物を口にすると、オレとエルに視線を向けた。みんな考えることは一緒だね。この一件は手形だけではない問題がある。


「土岐家と今川家を調べてみるか。ああ、一応斎藤家も。ただし深入りは不要で。証拠なんかは残っていないだろうし、残っていたら逆に怪しいと思って、一旦引くように」


「はっ」


 決断はオレがしなくてはならない。ここは無難に調べてもらうほうがいいだろう。


 しかし資清さんたちが動き出して部屋からいなくなると、思わずため息をついてしまうね。


「忍び衆はどこまで掴めるかな?」


「土岐頼芸の不穏な動きを掴めば、問題ありませんよ」


 ブラシをかけているブランカは、手が止まってるぞと言わんばかりに頭をグリグリと擦りつけてくる。そんなブランカのブラッシングを再開すると、エルと今後のことを話していく。


 実は先日、シルバーンからこの件の報告が一足先に届いている。アンドロイドのみんなは休んでいるが、バイオロイドが虫型偵察機で調べてくれたんだ。


 犯人は土岐頼芸と側近だった。目的はふたつある。第一が偽造手形で銭をせしめることで、次が道三に罪を擦りつけて織田家と斎藤家の婚姻を潰すこと。


 さすがに現状で織田と斎藤が婚姻を結ぶのは危険だと考えたらしい。この件は失敗しても道三に罪を擦り付ければいいと考えているようで、あわよくば一石二鳥を狙っていたらしい。ひとつ目の目的はすでに失敗したけどね。


 問題はまだある。斎藤義龍が密かに頼芸と連絡を取っていることだ。斎藤家内部の反織田勢力もまた頼芸を利用して織田家と斎藤家の婚姻を潰そうとしている。


「みんな自分のことを頭がいいと思っていそうだね」


「馬鹿にしてはいけませんよ。斎藤山城守殿が失脚すれば、美濃は一時的に反織田でまとまるでしょう。まあそれならばそれで、こちらは構いませんが」


 なんか知恵比べってより滑稽に見えるが、それを言ったらエルに注意されちゃった。そうだね、オレはズルしているようなもんだし。


 先日の竹中重元みたいに織田家と土岐家の和解を望む人もいなくはない。和解の内容を考えなければね。ただ織田と土岐が事実上の手切れとなったことで、斎藤家内部も含めて美濃の支配を狙った争いが表面化しているんだ。


「織田の力、分かっていないのかな?」


「分かっていませんよ。この時代では領地の広さと、国人衆や土豪をいかに束ねられるかで考えますから。それに、織田は最近大きな戦をしていませんから。彼らからすると、資金と食べ物は奪えばいいんです」


 無謀だなと思うが、織田の力が伝わっていないのか。正直、織田はそこまで国人衆や土豪の取り込みを積極的にはしていない。


 要所とか力のある人は接触しているけどね。信秀さんいわく『愚か者は要らない』らしいし。そうだよねぇ。


 

「鍵は道三かな?」


「勝てませんよ。彼らでは。史実と違い斎藤山城守殿の立場が弱い分、隙もありませんから」


 史実の道三は義龍に討たれて亡くなった。でもこの世界の道三はまだ美濃すらまとめてはいない。エルにはその分、隙がないように見えるらしい。


 確かに史実の道三の隠居と義龍の謀叛にはいろいろな説があるが、はっきりしているのは道三には国人衆の支持がなかったことだけだからな。


「隙はないか」


「ありませんね」


 一応表向きな情報だけでも信秀さんに報告するか。どうするんだろう。婚姻取り止めにはしないだろうが。


 しかし松の内も明けてないのに、みんな謀略とか好きだね。


 うん。ああ、今度はロボのブラッシングだね。ブランカばっかりやると拗ねるんだよね。催促するようなロボのご機嫌を取りながら、美濃の問題を考えようか。



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