第二百九十六話・慶次の元服と予期せぬ訪問者

Side:久遠一馬


 正月とはいえやることはある。挨拶回りをして、アンドロイドのみんなと初詣として熱田神社と津島神社に行った。あとは牧場で領民と宴会を開き、孤児院の子たちと遊んだね。


 そしてこの日は資清さんの屋敷で慶次の元服の儀式を行う。オレは参加するだけなんだけどね。


「北条からも祝いの品が届いているね。いつ送ったんだろう」


 資清さんの屋敷にはあちこちから祝いの品が届いているが、驚いたのは北条氏康さん名義の祝いの品があることか。確かに里見との戦のあとに、元服について今年の正月を予定してるって言ったけどさ。


「商人が預かっていたようです。中々やりますね」


 この時代に関東からこの日に合わせて送った方法が気になったけど、エルいわく北条と取り引きがある商人が預かっていたらしい。


 関東では慶次も活躍してたけど、陪臣の元服に祝いの品を送ってくるとは。やっぱり凄いなぁ。幻庵さんの手腕かな?


「本日はまことにありがたく、恐悦至極にございまする」


「なに、この歳になるとこのような役目は楽しみですからな」


 準備を終えると資清さんは改めて政秀さんに深々と頭を下げた。尾張に縁が薄いのは滝川一族の強みであり弱みでもある。もちろん唯一の縁と言える勝三郎さんは来賓として来てくれているけど。


 資清さんは資清さんなりに慶次のことを心配しているんだよね。元服前から関東で大きな手柄を挙げて目立ってしまったこととか、武士らしくない振る舞いとか。


 もちろんウチでは問題ないけど、余所では陰口もあるからなぁ。




 元服の儀式はつつがなく終わった。いつもと違い、この日の慶次は真面目でちゃんとしている。いつもこの調子なら、織田家中の評価も違ったんだろうね。


 慶次は烏帽子親である政秀さんの名から一字貰い、滝川慶次郎秀益と名前が変わる。


 結局、前田家には行かなかったな。今の滝川家で前田家に養子を出す必要はあまりないしね。当然なんだけど。


 ちなみにウチからは鎧兜を贈った。去年に試作して三河に送ってテストしていた史実の当世具足とうせいぐそくに近い鎧兜の正式版だ。


 ジュリアが派手なほうがいいと言うんで、赤で塗った上に派手な装飾を施したんだ。実用性が少し心配だけど。


 その後は元服を祝って宴会が開かれて賑やかに騒いでこの日は過ぎていった。




「それで、竹中殿。ご用件は?」


 松の内も半ばを過ぎると、意外な人物がオレを訊ねてきた。


 彼の名は竹中重元たけなかしげもとさん。史実で有名な竹中半兵衛の親父さんになる人だ。彼は立場がはっきりしない。土岐頼芸の家臣として振る舞っているが、その心中しんちゅうは分からないし、斎藤家にも織田家にも付いてない。


 今年の織田家の新年会にも来ていなくて、斎藤家の新年会にも行っていない。土岐家に従っているというのが一番しっくりくる人だ。


 エルに聞いたら、歳は五十一歳になるらしい。まああの人の家臣にしてはまともそうだね。


「年も改まりました。そろそろ守護様に寛恕かんじょを願われて、和解なされてはと、思いましてな」


 ちょうどオレが屋敷にいたことと、半兵衛の親父さんだから会ってみたけど、用件に思わず唖然としてしまったかもしれない。


「意味が分かりませんね。私と美濃の守護様が和解するようなことがありましたか?」


 いや、義統さんが収めた一件をなんでオレが蒸し返さないといけないわけ? それだとオレが義統さんの面目を潰すことになるじゃないか。


「奥方に刀を向けた者と共におった者は、守護様が罰してすでにこの世におりません。美濃と尾張の安寧あんねいのためにも、ここは久遠殿から守護様に折れて頂きたく参上致しました」 


「竹中殿。あの件は美濃守護職の土岐様と尾張守護職の武衛様の話し合いで終わった話です。私は尾張の者であり、とうとしと仰ぐべき守護様は武衛様となります。武衛様が纏めた話を私が蒸し返しては、私がご面目をつぶすことになります。貴方は私に恨まれろと言いたいので? 妻に刀を向けて謝罪の一言もないお方のために? ありえませんね」


 舐められているな。『オレが恨まれ役になって、頼芸の顔を立てろ。義統さん、信秀さんの顔を潰せ』と言っている。分かっているんだろうか?


 ウチと土岐家の関係が因縁と言えるほど悪化しているのは、噂になっているからね。尾張や美濃で知らない武士はいないだろう。それが原因で織田家としても義理を果たしたと突き放したからな。


 土岐家としては困るんだろう。ただ、オレにはなんの義理もない。にもかかわらず、お前は氏素性も怪しい男だから、大人しく土岐家のために動けといいたいのか?


「それと、私は先日、弾正忠様の猶子にしていただきました。どうしてもあの件を蒸し返したいのならば、猶父に話してください」


「なっ、猶子!?」


「ええ。いろいろと困るだろうからと、声を掛けていただいたんですよ。もちろん尾張守護職である武衛様のご了承も得ております」


 ほんとこの時代の人は、血筋と家柄でマウント取るとね。舐めてかかってくる。こんな人、今までもたくさんいた。


「では久遠殿から弾正忠殿に、和解の件を頼むことをお願い出来ませぬか?」


「……なぜ私が縁もゆかりもない土岐家にそこまでしなくてはならないので?」


 話も終わったかと思ったが、竹中さんはまだ食い下がってきたよ。この人、ここまで言っても分からないのか。ウチが土岐家に配慮してもなんのメリットもないことに。


「恨み言を言うつもりはありません。しかし、土岐家に配慮する気はありません。わざわざ美濃から来ていただいたことには感謝しますが、お帰りください」


 竹中さんは不満げにしつつも肩を落として帰っていった。


 まあ、彼なりに美濃と尾張の安寧のためにと考えたんだとは思うけど。美濃が荒れると尾張も困るだろうという、かなり一方的で上から目線の視点だが。


 実際、力のない新参者なんて面目も立ててもらえずこんなひとりだけ大損をするような扱いがこの時代の普通ということか。信長さんと信秀さんに改めて感謝したくなった。


 しかし、竹中家か。元の世界の創作では、有能な竹中半兵衛として知られている人物を輩出した家だが、そもそも竹中半兵衛は一次資料に乏しく目立った逸話は怪しいものばかりだ。


 『信長公記』にはほとんど書かれていないし、後世での美化と創作だと言われていたね。


 正直、実情がはっきりしない半兵衛を欲しいとは思わない。織田家だって人材はいくらでもいる。有名無名様々だ。


 彼が元服して世に出る頃には、学校教育を受けた子供たちが続々と世の中に出ているだろう。戦の差配にしても、武器を揃えて近代戦術を叩き込んでしまえば、戦国時代の兵法などあまり役には立たない可能性が高い。


 これからの織田の戦は、国人や領民兵を束ねることとは次元が違うものになる。すでにウチが物量を重視しているのをの当たりにしているから、近代戦術を覚えるのは早そうだしね。


 もしこれで竹中家が敵となっても気にする必要はないだろう。


 



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