第二百九十話・年の瀬迫る

Side:久遠一馬


 年の瀬も迫る頃、煤払すすはらいと呼ばれる大掃除も終わり、石舟斎さんたちが大和の柳生の里に里帰りした。最近柳生の里から来た人たちを中心に半分ほどは尾張に残ったが、これまで長旅をしていた石舟斎さんたちに一度里帰りして親父さんに顔を見せたらどうかと勧めたんだ。


 もちろん滝川一族と望月一族などの甲賀衆にも里帰りを勧めたけど、こちらはほとんど帰らなかった。


 滝川一族は領地を手放しているので帰る場所がないようだし、他の甲賀衆も帰ったところで面倒なことになるだけだと資清さんたちが言っていた。裏切り者とまでは言われないが、残った者との暮らしの格差などでいいことにならないらしい。


 甲賀衆からは、むしろこちらに親戚や祖父母を呼びたいと申し出があったので許可を出しておいた。甲賀で正月すら困窮するだろう血縁を思うと、放置するのは嫌なんだろうな。


 あとは寺社への寄進とお世話になった人たちにお歳暮も贈った。こちらは信秀さんとか目上の人に関してはオレが届けたが、あとは資清さんに頼んだ。


「やっぱり、猶子は受けるべきか」


「はい。畿内も動き出しています。メリットとデメリットがありますが、メリットのほうが大きいでしょう」


 ああ、今年も年末にアンドロイドのみんなが尾張に来ることになった。エルの提案で、その際に信秀さんの猶子になることを承諾することにした。


 オレは一介の家臣でいいんだけどな。そうはいかないのも理解している。信秀さんたちに理解があるので現状では困っていないけど、ある程度の形が必要なのは仕方ないだろう。


「それと先月にはルソン近海で当家の船にイスパニアの船が接触してきて、戦闘になり、これを撃沈しました。敵艦の乗組員に生存者はいませんが、この件も頃合いを見計らい清洲に報告するべきです」


「イスパニアってスペインか? 戦闘って、またなんで」


「向こうからすると、所属不明の軍艦ですからね。こちらを鹵獲しようとしたので戦闘になりました」


 そのまま猶子のデメリットを考えていたら、エルからとんでもない報告があった。


 すでに東南アジアのほうにも船を出していたんだよね。交易とスペインによる植民地化の阻止もしたいからさ。とりあえず顔みせの交易をしようかと思って。


 でも、まさかこんなに早く戦闘になるとはね。白鯨とかクラーケン以外の戦闘は初めてだ。連中が太平洋での武力制圧を本格的に始めたなら、はっきりとした方針が必要だなぁ。


「そういえばザビエルはどうしてる?」


「マラッカにいます。このままでも日本に来るかは微妙ですね。この一年で大西洋の白鯨とインド洋のクラーケンでかなりの船が沈んでいますので」


「日本にまでくる余裕はないか?」


「それもありますが、宣教師は海に嫌われている。特にインド洋ではそう言われています」


 さすがは大航海時代だ。南蛮人も血の気が多いね。


 将来を考えると宣教師がまったく来ないのもキリスト教の危険性を経験しなくなるし問題だが、宗教は一旦入ると排除が難しくなる。ザビエルであっても日ノ本に来るなら沈めてしまわないといけない。


「そういえば九州に注意喚起は進んでいる?」


「はい。当家の名は伏せていますが、バイオロイドによって宣教師の危険性の噂を流しています」


 宣教師といえば問題の九州でも宣教師の危険性を知らせるべく活動している。


 商いも薩摩には船を出しているけどね。硝石とか絹とかを取り引きしている。博多は面倒なことになりそうなので行っていないけど。


 キリスト教は第二次大戦後くらいまで要らないだろう。史実と同じ歴史だと考えても。


 もちろん、すでに史実から随分ズレてるからどうなるかわからないが、宗教の政治的影響とか少なくなるまではデメリットが大きすぎる。スパイ活動に利用されても困るしさ。




「おお、これは良いな。暑いくらいだ」


 エルとの話も一段落した頃、信長さんと政秀さんが一緒にやってきた。そういえばそろそろおやつの時間か。


 信長さんが興味津々な様子で喜んでいるのは、部屋にあるだるまストーブとこたつのせいだろう。


「これは見たことがありませぬな。なんというもので?」


「こちらは暖炉とウチでは呼んでますね。こっちはこたつです。こたつは日ノ本にも似たものがあるらしいですよ」


 政秀さんも興味をもってストーブとこたつを見ている。ストーブは英語が語源らしいので暖炉にした。高炉という言葉をウチでは使っているから構わないだろう。


 ストーブは工業村の試作品だ。いわゆるシンプルな形のだるまストーブになる。量産するなら形はもっとシンプルになるかもしれないけどね。手間暇がかかると、それだけ値段が高くなるし。


 こたつは農業試験村の機織りで織った布で作った布団と、火鉢をやけどや転ばないように工夫した物になる。掘りごたつにしたかったが、大工仕事が必要だから、また今度だ。


 他には佐治さんのところで作った陶器の湯たんぽも試作品があるけど、それは少し使ってみてから信長さんにお披露目しよう。


「いろいろと考えておりますな」


「売れるかどうかは別にして、試すことは必要ですから」


 そろそろウチで新しいものがあっても驚かれなくなっているね。信長さんは驚くと言うよりは喜んでいるだけだし、政秀さんはストーブとこたつくらいでは冷静だ。


 形はともかく理屈はただの暖房だからね。原理は火鉢とかと大差ない。庶民の家には囲炉裏があるしストーブは売れないだろうなぁ。


「これはまた美味いものですな。甘い匂いがなんとも言えませぬな」


 この日のおやつは干し芋だ。ストーブで炙って食べると、表面が香ばしくなっていて甘くて美味い。


 エルと信長さんと政秀さんと四人でこたつに入り、干し芋とみかんを食べながら世間話をする。そろそろ煎茶も出してもいいかもなぁ。


「小豆芋を干したものか。干し柿の如きだな」


 信長さんもだいぶウチに染まったな。当たり前のようにこたつで寛ぐんだから。史実の織田信長が天下布武とかする創作、好きだったんだけどな。この世界だとないかも。信秀さんが天下の大半を治めてしまいそうな勢いだからな。


 おやつのあとは四人で久遠絵札という名で呼ばれてるトランプをする。


 これ量産するべく準備が進んでいる。関東に行ったメンバーは一度はやってるしね。


 量産に関しては一般的な和紙では駄目なので、宇宙要塞製の特別紙になるけど、あくまでも自然素材だ。主な理由は、花札、襖紙ふすまがみに向く和紙は、産地が越前で、尾張に因縁いんねんがある朝倉が押さえているからだ。


 娯楽があんまりない時代だしね。シンプルで遊びやすい久遠絵札は流行るだろう。ああ、娯楽と言えば、リバーシも源平碁という名でじわじわと知られている。


 こっちは信秀さんが赤と白の紙を貼り合わせたものを作らせて愛用している。どうも信秀さんの子供たちに遊ばせているらしく信行君とかも遊んでいるみたいだ。


「今川は戦を仕掛けてくると思うか?」


「すぐには来ないでしょう。金色酒も売ってはいますし」


 話題は雑談から今川の話になった。ふと信長さんが今川との戦の可能性を聞いてくるけど、金色酒の値上げで戦になる可能性もあるからなぁ。酒の値段で戦を仕掛けるほど後先考えてないとは思えないけど。


 信秀さんは戦になってもいいと言っているね。でもエルは戦にならない可能性の高い策として値上げを選択した。


 荷留まですると完全に敵対行為だし、義元にその気がなくても今川の面目のために戦になる可能性が高いからなぁ。


「織田が強くなり、相対して彼我ひがの戦力比は縮小しましたが、今川自体が衰退したわけではありません。今後は金色酒の転売で儲けることは出来なくなりますが、今まではそれなりに儲けていましたから。今川家の力をぐのは今後の課題ですね」


 太田さん絡みの東海屋の件はちょうどよかった。今まで今川が得ていた金色酒の儲けは、今後は北条にいくだろう。エルはそろそろ今川の弱体化も視野に入れているらしい。


「力を削ぐなどさせられるのか?」


「叶うことですよ。去年に無理をして流行り病の対策をした影響と効果は、まだまだこれからです」


 いつの間にかエルが織田家の戦略を主導しているんだよね。


 表向き信秀さんの策にしてあるけど、そもそもばらまき政策はエルの発案だしな。信秀さんもいつの間にかエルの献策から選ぶようになっているし。


 信長さんは『力を削ぐ』と口にしたエルの言葉に、具体策が思い浮かばないらしく考え込んでいる。


「わたしのあがりです」


 ちなみにエルはトランプも強い。というか負けない。負けない勝負をさせるとエルに優る存在などいないかもしれない。


 ああ、美濃に関しては今のところ平穏だ。土岐頼芸は相変わらず不満らしいけど、動くきっかけもないようだし。なんか悪だくみを考えているようだけどね。


 こちらは不破の関を支配してる不破家を織田側に引き込むべく接触しているし、東美濃の遠山家なんかの美濃の国人衆とも挨拶程度に接触している。


 和睦したから織田家は正式に美濃の国人でもあるしね。立場は利用しないと。頼芸とは資金力で桁が違うからね。外交交渉は手間とお金を惜しまないでやりたい。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る