第百八十話・そうだ旅に出よう

side:平手政秀


「うむ。ようやった」


「はっ!」


 また、書状が増えたのう。


 織田弾正忠家は大きゅうなった。わしが仕え始めた頃は、本当にまだまだ小さかったのを改めて思い知らされるわい。


 先代様も、今頃は草葉の陰で喜んでおられよう。


「平手様。市江島からの書状が届いておりまする」


「そうか。よう読み、いかがするべきか考えてみよ」


「はっ」


 仕事は物凄く増えた。尾張国内は元より美濃大垣や三河安祥からも書状が頻繁に届く。


 内容は様々だ。三河の三郎五郎様などは、今川・松平領側からの離反者や流民、本證寺ほんしょうじからの流民などの報告から始まり、米の生育や領境りょうざかいの小競り合いなど、あれこれと書状を送って寄越す。


 分国法の影響であろう。三河は分国法の範囲外ではあるが、三郎五郎様は細かな報告を欠かさぬようになられた。


 やはり聡明な御方だ。一時は若よりも三郎五郎様を後継ぎにと囁く声が聞こえたほどじゃからの。


 わしは文官の者たちと共にそれらを読んで、懸念や障りがないか考え、場合によっては策を考えねばならぬ。


 もっとも報告の書状が一番多いのは久遠家になる。商いの記録から忍び衆が集めた各地の様子まで、一日も欠かさず書状が届く。


 書状はすべてそのまま殿にお見せすることにしておるが、我らで事前に目を通して、必要とあらば献策することにしておる。まあ、久遠家からの書状には策の素案も付いておるので、大事にはなっておらぬがな。


 他には書状の内容を別の書に清書して残すこともしておる。税や人の数、仕置の結果から噂に至るまで、あとで知りたくなった時に個別に分けておけば確かに見やすいからのう。


 とはいえ、貴重な紙をこうも大量に使うのは、気が引ける部分もあるがの。


 多くの国人衆は分国法の意味を理解しておるまい。ただ、殿の気まぐれに付き合う程度の認識の者もかなりおるはずだ。


「平手様。この件は……」


「それは別にしておこうか。調べねばならぬ」


 文官として働く者は理解しておろうが、文官の負担が大きいのが懸念にある。これはなんとかせねばなるまい。


 いにしえの頃は朝廷と公家が日ノ本を治めておったと聞くが、このやり方はその頃に似ておるのやもしれぬ。


 わしも詳しくは知らぬが、力で治めるわけではない別のやり方じゃからの。


 公家からまつりごとを奪った武士が公家の真似事など皮肉に思えるが、公方様の真似事をしたところで国は治まらぬ。


 一馬殿たちが献策したやり方じゃが、試してみる価値はあるはずじゃ。




「それにしても久遠殿の商いは凄まじいですな」


「納める銭の桁が違い過ぎまする」


 そんな書状の数々だが文官の者たちですら驚くのは、やはり一馬殿の商いの書状か。銭の鋳造などを隠した偽りの書状じゃがな。


 それでも久遠家の商いによる利益は凄まじいの一言に尽きる。


 使える銭は殿より多いのかもしれぬな。織田家全体で見れば織田家のほうが実入りは多いが、好きに使える銭は、津島や熱田の町衆から納められた銭と久遠家から納められた銭が大半じゃからの。


「久遠家は厳密に言わば、日ノ本の外に本領がある独立した家じゃからの。織田に臣従はしておるが、わしらとは違う。別格だと考えねばならぬ」


 このままで良いのかと言いたげな文官の者たちに僅かに懸念を持つ。この者らでさえ久遠家の立場を理解しておらぬとはの。


 小さな島がいくつもある諸島で細々と生きてきたと言うてはおるが、朝廷にも公方様にも属さぬ土地を持つ意味は大きい。


 家臣であると同時に独立国の領主に相応しい扱いを殿ですら心掛けておられるというのに。


「確かに……」


 無論、文官らが懸念するように、久遠家は大きすぎる。いずれは織田一族と血縁を結ぶことが必要なのじゃが……。


 困ったことは一馬殿があまりその手の話を好まぬことか。本人は一介の家臣でいいと平然と口にするが、そうはいかぬからの。


 若も必要ないと考えておられるのが、また難しい。まあ当面は現状のままでもよいのであろうが。




side:久遠一馬


 今日も天気がいい。


 この日は信長さんと共に伊勢神宮にお詣りに行くために、津島にて出航準備をしている。


 船はガレオン船一隻とキャラベル船一隻の計二隻で行く予定だ。


 伊勢神宮に近い大湊や北畠には事前に知らせてある。別に戦をしに行くわけでもないけど、南蛮船が一番速いし面倒がない。


 ちょっとした威嚇というか砲艦外交的な側面もあるのかもしれないが、それはまあおまけだ。


 実はお詣りという名目ではあるが、先の服部友貞との戦の際に大湊や桑名と微妙な関係となり、その力を信長さん自身が見たいと言い出したのが本当のところ。


 伊勢神宮と織田家の関係は悪くない。数年前には信秀さんが伊勢神宮の建て替えに銭や木材を奉納して、朝廷より従五位下三河守の位を得ているしね。


 偶然というかオレたちの行動の結果、あれから織田家は大きくなった。お礼の意味を込めてお詣りすると言えば角は立たない。


「こいつはでかいな!」


 ちなみに今回初めて南蛮船に乗る慶次とか若い衆は、初めての興奮からか楽しげにあちこち船を見ている。


 船って乗らない人からすると、乗るだけでわくわくして楽しいんだよね。オレはリアルだとフェリーくらいしか乗ったことがないけど。


 連れていくのは船乗りに擬装したロボット兵を除いた二百人。オレたちの護衛やら伊勢神宮に奉納品や供物を運ぶための人員になる。


「出航準備が整いました」


「よし。では出航だ!」


 準備が整うと信長さんの命令で、錨を巻き上げて帆を張った船が動き出す。帆にはなににも描いていないけど、今日は織田家が戦で使う旗が何本も見えるように立ててある。


 潮風が気持ちいいね。


 ああ、積み荷はいつものウチが扱う商品と銭や米になる。一部は案内役を頼んだ大湊の商人へのお礼の品だけど、大半は伊勢神宮への奉納品や供物になる。


 以前朝廷に献上した鏡や安全な白粉おしろいもついでに持ってきたけど。喜ぶのは銭か金色酒かな?


「相も変わらず速いな! もう津島が見えぬようになったぞ!」


 信長さんは、佐治さんの所に行く時とかキャラベル船に何度か乗っているし、織田一族の津島沖クルーズとか、先日の戦でも市江島に行く短い距離だけどガレオン船にも動いている時に乗ったんだけどね。


 伊勢の水軍衆とも関係は改善したので、今回は陸地が手近に見える沿岸航路を行くことが出来る。


 なんだろう。みんなが遠足に行く子供に見えるのは気のせいだろうか。


 まあ楽しくて仕方ないのは分かるけどね。気分的にはファーストクラスでの海外旅行かな? 行ったことないけど。




「大丈夫? これ飲んで」


 船が出航してしばらくすると、やはり船酔いになる人が出てきた。多分はしゃぎ過ぎたことも影響したんだろう。


 ケティが事前に用意した酔い止めの薬を飲ませて大人しくさせている。


「海の上で握り飯を食うのもいいものでございますな!」


「ああ。景色が良いな」


 ちなみに慶次と信長さんはピンピンしていて、用意してきたお弁当を食べている。


 連れてきた人たちもほとんどは元気なんだけどね。今日はそんなに波が高くないし、海風が気持ちいいくらいだ。


 伊勢神宮は元の世界でも行ったことがないから初めてだな。どんなところかオレも楽しみだ。



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