第百七十六話・山の村の状況

side:六角定頼ろっかくさだより


 線香花火か。風情があっていいの。


 それにしても、この花火より巨大なものを空に打ち上げるとは。いかほどの銭と硝石が必要なのであろうな。


 こうしてみると甲賀から素破が流れるのが気になるわい。随分と厚遇されておると聞き、甲賀衆は動揺しておるからの。


 されど悪いことばかりではない。元々そのままでは食えぬ故に素破として働いておった者が尾張に集まっただけとも言える。


 それに噂の久遠と縁が出来たとも考えられることは、むしろ好都合だ。


「御屋形様。桑名の件はいかがなされるおつもりで?」


「いかようにもせぬ。第一いかがしろと言うのだ? 織田に桑名を使えと言うのか? それをしてわしになんの得がある」


 懸念は桑名と北伊勢だ。特に桑名は織田に絶縁に等しき扱いをされ、慌てて和睦の仲介を頼んできたが仔細は微妙だ。


 織田は桑名に無理難題を突き付けておるわけではない。矢銭も謝罪も不要。それぞれ別々に商いに励むべしと言うたまで。


 上手い手だ。わしでもそうするであろう。余計なことを言えばつけ込まれるのみ。ならば好きにしろと言えば一応筋は通る。


 今の伊勢で織田の商いから外されれば困るのであろうが、願証寺や大湊への牽制にはもってこいだからの。


「織田は硝石を売ってもよいと文を寄越した。量は多くはないが値は堺より安い。桑名の肩をもつ必要がいずこにある?」


 織田は商いが上手いの。恐らくは久遠の知恵であろうがな。他国との交渉に商いを用いるとは。


 硝石は花火にも使うたらしいが、鉄砲や久遠自慢の金色砲とやらにも使うはずだ。それを隣国に相場より安い値で売るとは、なかなか出来ることではない。


  北伊勢の国人衆には、迂闊に手を出さぬようにきつく言わねばならぬか。もっとも奴らも織田の賦役に民を出して礼金を貰っておるからな。そうそう迂闊なことはせぬと思うが。


「京の都に戻られた公方様が、尾張の噂に面倒なことを言い出さねばいいのですが」


「銭を出すのならば商いの仲介くらいはするが、それ以上はわしが言わせぬ。織田を畿内の争いに巻き込めばいかがなるのか分かっておろう? 伊勢・美濃ばかりか駿河まで巻き込むことになるぞ。さらに、北条や関東管領まで出てきたら大乱となる」


 織田は畿内に関わる気はないようだからな。このまま大人しく東を見ておってもらおう。


 大御所様も公方様も畿内の外のことなど、まったく理解しておらぬからな。


 商いならばいい。陸路を行く限り六角家に利があるからな。


 されど織田を畿内の争いに巻き込めば、必ずや六角家も更なる深みに巻き込まれる。それだけは御免だ。


 やっと京の都に戻られたのだ。大人しくまつりごとをしてもらわねば困る。


「そういえば織田は清洲城を直しておるとか」


「鉄砲の備えをしておるのであろう? わしも考えておるわ」


 織田は当面は動くまい。増えた領地を治めねばならぬからな。


 それに織田は鉄砲の力を見せてくれた。これからは鉄砲の世になるのやもしれぬ。国友に鉄砲を造らせて、後は織田の鉄砲への備えを探り、我が城の改築もせねばなるまい。


 銭がかかるが織田に後れを取るわけにはいかぬからな。




side:久遠一馬


「さすがですね。これほど進んでいるとは……」


「費用はすべて、大殿からいただいておりますので」


 今日は信長さんと共に山の村の予定地を視察に来た。遠乗りのついでだけどね。


 ここの建設は伊勢守家に任せていて、山内さんが陣頭指揮を執っている。ウチも忙しいからね。具体的には家の建設と井戸掘りになる。畑も多少造成しているけどね。


「冬までには終わるか?」


「はっ。必ずや」


 あんまり急がせなくてもいいんだけどな。信長さんが来たからか、山内さんも緊張気味だ。


 ここの賦役も那古野や清洲と同じ、飯と報酬を払うやり方でやらせている。集めている領民は伊勢守家の領民だ。


 お金が掛かるけど評判がいいしね。聞いた話だと報酬を払わない賦役は領民が嫌がるので効率も良くないらしい。


 貨幣経済や織田家の新しい政を浸透させる目的を考えれば、現在のやり方は悪くはない。


「最初に銭になるのは炭か?」


「恐らくは。椎茸と絹は少し時間が掛かるでしょう」


 ここのテストが上手くいけば、領内の山間部はかなり楽になる。上四郡には山もあるし米造りに向かない場所もあるんだ。


 炭は植林をしながら計画的に生産すれば長くやれるだろう。ガスの普及まではまだまだ先がある。


「山の暮らしが楽になれば多少は変わるか」


「将来を考えると、今のうちに技術を会得した人を育てないと駄目ですからね」


 この山の村の計画が上手くいけば、山間部の価値が変わるだろう。


 上四郡でも山間部に領地がある人は注目しているだろうし、美濃とか三河とか領地が広がった時のためにも今からやらないとね。


 なにより日本は山が多い国だから。山の活用はしていかないと。




「お昼にしましょうか。皆様もよろしければどうぞ」


「これは……イカか?」


 この日のお昼は山の村の予定地にて食べることになった。メインはエルの手作りのいかめしみたいだ。


「イカの中に米ともち米を混ぜたものを入れております」


「ほう。では某もひとつ頂きまする」


 集落の建築現場では働いてるみんなもお昼にするようで、オレたちは少し離れた見晴らしのいい丘の上でピクニック気分でお昼にする。


 おかずは猪肉の角煮とか卵焼きとかゲソの唐揚げに、きゅうりのぬか漬けとかがある。あちこちに視察とか行くことが増えたので、最近はお出掛けするときは弁当を持参しているんだよね。


 行った先で気を使わせるみたいだし、護衛やらなにやらで大人数で移動するからさ。


「これは美味いな。味が染みておる」


「まことに贅沢でございますな」


 うーん。昔食べた某駅弁を思い出すなぁ。この時代の皆さんにも好評なようだ。


 ただ、ウチと伊勢守家で反応が微妙に違う。


 信長さんたちはウチに慣れてるので美味しいと普通に食べてくれるけど、伊勢守家の人たちは贅沢だと驚いている。


 イカは昔から日本で食べられていたお馴染みの食材だけど、大半は干してスルメにしちゃうんだよね。生の海産物は保存が出来ないから。


 この時代の輸出品にはスルメもあるんだとか。他所で扱うからウチは扱ってないけど。


「さすが、久遠家だ」


「まるで正月のような料理を毎日食べておるのか?」


「そりゃ、そうだろ。伊勢の商人が頭を下げるんだぞ」


 イカ自体はこの時代でも珍しくはないが、やはり生のイカ料理は珍しいのか? 伊勢守家のみなさんに噂されてる、というか聞こえているよ。


 柔らかく煮たスルメイカに、うるち米ともち米を混ぜた中身にまでイカのうま味と醤油ベースのだし汁が染みていて美味しい。


 もち米を使ってるから腹持ちもいいしね。


 いつか北海道に行ったら郷土料理として普及させたいなぁ。




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