第百七十五話・願証寺の反応と未来への布石

side:願証寺の僧


「聞きましたか。織田の花火」


「ああ。この世のものと思えぬほど美しいものだったとか」


「あれには鉄砲の玉薬が大量に使われておるとか」


「戦をしたばかりで、それほど余裕があるとは……」


 先日の津島天王祭にて織田は、夜空を明るく照らす花火とやらを披露したらしい。


 極楽浄土かと思うほどの美しさに、人々はやはり信秀は仏の化身だと褒め称えておると聞く。話半分にしても、なんと恐ろしい。


 実際、長島からも少し見えたとも聞くし、津島に行った者は織田の凄さを方々で語っておるわ。


「早々と和睦して本当に良かった」


「さすがは上人ですな」


 織田は先の戦でも鉄砲をかなり使うたと聞く。そればかりか、尾張では日頃から鉄砲を実際に撃って鍛練をしておるとか。


 そんな者を相手に戦えるわけがない。愚か者どもは事あるごとに一揆だ一揆だと騒ぐが、あれは最後の手段だ。


 土地は荒れ、民は死ぬ。加賀など一向宗に対して一揆を起こされたではないか。


「桑名は慌てておりますな」


「商人の分際で織田の余力を見誤った大うつけどもが」


 願証寺では織田の力が明らかとなり皆が敵対せぬことを安堵しておるが、慌てておるのは未だに和睦が叶わぬ桑名だ。


 我らには蟹江湊の普請のために派遣した民の礼として銭が届き、領内の食えぬ者たちは飯が食えるならと喜んで行った。


 だが、桑名だけは未だに許されず、立ち寄る船までもが減り続けておる。


「しかし、これ以上桑名が廃れると我らも困ることになるぞ」


「そのためにも蟹江の普請が役に立つ。誰が描いた絵図かは知らぬが恐ろしき策よ。桑名は主立った商人の総入れ替えが必要であろう」


「まさか、織田はそのために!?」


「さあな。東海道を使うには桑名が一番なのは確かだ。東海道の要所に敵対する商人がおっては、邪魔なのはまことであろうな」


 当面は桑名には手が出せぬ。少なくとも織田に敵対した商人を一掃しなくては。商いを重んじる織田なのだ。敵対した商人さえ消えれば機嫌を直すであろう。


 とはいえ、あからさまに桑名にそれを要求しては角が立つ。我らとしても面白うない。仮に桑名が衰退して我らの実入りが一時は減っても、民が蟹江の普請で食うていければ我らの実入りも悪くはならぬ。


 あとは、織田に多少の便宜を図れば今よりは良くなろう。


 まあ蟹江湊が出来れば、以前より桑名に立ち寄る船は減るかもしれぬが、逆に蟹江に南蛮船が集まれば商機も生まれるはずだ。


「織田はまだまだ大きくなりますな」


「なるであろう。我らは織田と争わずに生きていかねばならぬ」


「武家が商いを始めたら、かように恐ろしきことになるとは……」


「本来は寺社が握っておったものだがな。横取りしたとは言えぬよ。少なくとも我らが持たぬ南蛮船がある限りはな」


 商いは我ら寺社と商人が握っておったもの。


 明確に言えば奴らは横取りしたとも言えるが、日ノ本の外に単独で行ける南蛮船がある限り我らにも利はある。


 いつまでも堺に商いを握られ、石山の本山に命じられるだけよりはいい。奴らは畿内の外は鄙者の地と軽く見るからな。


 あとは桑名の大うつけどもが、余計な勢力を巻き込まぬように釘を刺さねばならぬ。




side:久遠一馬


「久遠殿。これはなんの木になるので?」


「これはハゼノキと言いましてね。大きくなりますと実を付けまして、その実からは木蝋もくろうが作れるんですよ。育つまで年月がかかりますが。佐治殿の子の代には実がたくさん採れます」


 今日は知多半島に新しい植物の苗を持参した。


 それは和名ハゼノキ。史実において安土桃山時代に日本に入り、江戸時代には和ロウソクの原料である木蝋を作る為に西国で盛んに栽培された木だ。


「ほう。それはまたいいものを……」


 海外の山から空中艦でこっそり苗を採ってきたハゼノキを知多半島に植えて、将来的には全国に広げよう。


 洋ロウソクも普及させたいけど和ロウソクも普及させたい。


 樹木は育つまで時間がかるからね。山の再生をしてる知多半島にはぴったりだ。このあとには水野さんのとこにも持っていく予定だ。


「いつの日か戦がなくなっても食べていけるように、山を豊かにしましょう」


「戦がなくなる日ですか。武士としては少し複雑な気がしますな」


 戦がなくなる時代の話をしたら佐治さんに少し驚かれた。考えてみれば一世紀近く戦乱が続いてるしね。あまりリアルに考えられないのかも。


 でもね。土地を豊かにして農業や産業を育てていけば、そう遠い未来じゃなくても暮らしは変えられる。


「戦がなくなっても武士は戦に備えなくてはなりませんよ。その時の敵は日ノ本の外かもしれません」


文永ぶんえいの役と弘安こうあんの役ですな」


「ええ。船の性能はどんどん良くなってます。いずれ明や南蛮が大挙して攻めてくる日が来るかもしれません。私たちが生きてる間にはないかもしれませんけどね」


 でも、いつか外国と戦になるという話は、割と有り得る話として受け止めてくれたみたい。


 文永の役と弘安の役。この二つを合わせて元寇という。


 大陸を制したモンゴル帝国が日本に攻めてきた戦の話。今から二百五十年以上前の鎌倉幕府の時代の話だけど、さすがに知っていたみたいだね。


「そのような兆候はあるので?」


「明はないですね。ただ、南蛮では遠方の土地を攻めて支配している国もありますよ」


「なんと!」


「日ノ本まで攻めてくる力があるかは、わかりませんが」


 佐治さんは南蛮の話にさらに驚くけど、実際にこの時代のスペインに日本まで攻めてくる力はないだろう。ただ、南蛮人があちこちを征服しているのは確かなことだ。


 宣教師が上手く手を貸してるのも確かなんだよね。彼らからすればキリスト教以外は認めないから、キリスト教の国を増やすのは正しいことだと考えてそうだし。


「恐ろしき世になりますな」


「そうでもないですよ。きちんと備えておけばいいんです。佐治殿にはそのためにも期待してますよ」


「戦に備えるために日ノ本の中の戦はなくしたいというわけですか」


「ええ。日ノ本は海に囲まれています。将来的に水軍は戦の花形になりますよ」


 佐治さんの領民がハゼノキを植えるのを見ながら少しだけ将来の話をしたんだけど、気が付くと佐治さんの家臣がポカーンとしている。


 佐治さんはまだ話に付いてきているけど。家臣は付いてこられなかったらしい。


 そんなに驚かなくても。敵は日ノ本の中だけじゃないんだよ。佐治水軍には大いに期待している。


「子供の代ですか。気の長い話ですな」


「そうですね。でも、実の採取は何年かしたら出来るようになりますよ」


 知多半島は史実より早く豊かにしたいな。織田の本領である尾張だしね。将来的には船の通行税をなるべくなくしたい。


 そのためには通行税に頼らない水軍にしないとな。




◆◆

 ハゼノキを日本に最初に持ち込んだのは、久遠一馬だと伝わる。


 一馬は早くから知多半島の森林回復を進めていて、知多半島の水野家や佐治家などと共に常滑焼きを作るために失った森林を植林により回復させていた。


 ハゼノキもその一環だったようだが、いつか太平の世になった暁には知多半島の人々の生活が成り立つようにと様々な方策を打ち出して助力している。


 特に佐治為景とは当初から親交があり親しかったようで、造船から漁業や農業まで様々な支援を惜しまなかったようである。


 そのおかげか知多半島では今でも久遠一馬は地元の人々に愛されていて、久遠一馬が植えたとされる木が幾つかご神木として現存し残っている。


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