第百六十五話・新しい拠点

side:久遠一馬


「広い屋敷だね」


 尾張に来て一年も過ぎていないのに、新しい家が増えた。


 場所は熱田。前々から熱田神社の大宮司の千秋さんに言われていたんだよね。熱田も忘れないでほしいって。


 ウチとしては熱田にも熱田神社にも配慮をしているけど、商売の拠点は津島だった。


 オレたちが来て以降、津島に訪れる船や商人の数に以前より差が出ていたことに不満と懸念があったようだ。


 相談した結果、こちらにも屋敷を構えて商いをすることにした。まあ、桑名との絶縁もあって、伊勢や美濃の商人が桑名からこちらに来るようになったので、その対応も必要だったということもあるけどね。


「これでちょっとは津島の混雑が解消されるかな?」


「難しいでしょう。需要と港の受け入れ能力が、まだまだ釣り合っていませんので」


 新しい屋敷に荷物を運びこむのを眺めながらエルと相談するけど、本当、急成長の弊害が出始めていると実感する。


 ちなみに熱田に拠点を持つことに津島からの反発はない。


 というか津島は完全に町の許容量をオーバーしていて、それどころじゃない。元々は美濃方面への河川湊であり、伊勢湾の中核になるような港じゃないからね。


 とどめとして桑名との取り引き停止が追い討ちとなった。以前は津島で扱えないような品物や取り引きは桑名に行っていたが、ウチと織田家が桑名と取り引き止めちゃったからなぁ。


 今も桑名が北伊勢の中核港であることに変わりはない。しかしウチに睨まれてる桑名を避けたがる商人は少なくないんだ。


 結果として熱田に拠点を構えて、商売の一部をこちらに移すことにした。


「オーホッホッホ! いよいよ私の時代が来ましたわ!」


「えーと。ほどほどに頼むよ」


 熱田の拠点はお嬢様系美女の容姿をした、シンディに任せることにした。


 ブロンドヘアーの縦ロールで、スタイルはスリムにして16才の設定で造ったんだけど……。アンドロイドのタイプは万能型で、元は兵器開発から作戦立案までできる器用な子だ。


 欠点は性格に少し難があるんだけど、なんでシンディが?


「じゃんけんで勝ったようです」


 じゃんけんで仕事の担当を決めないでほしい。アンドロイドならば誰が来ても出来る仕事だけどさ。


 人は那古野や津島から移動させて、忍び衆からも出してもらう。


 それと新しい人も雇った。こちらは資清さんからの提案で、最初に雇った信長さんの元悪友の家臣たちの家族などだ。ウチで働かないかと声をかけたんだ。


 先日、お藤さんの一件もあったしね。牧場はそれなりに人がいるものの、今も職人や村人が増えている工業村ではウチの仕事で働く人がまだ足りていない。


 酒造りも製造量を増やしたいから人が欲しいし。


 実際に今年に入ってからは、元悪友の家臣の兄弟なんかは事実上ウチで働いていたんだけどね。


 彼らの禄はそこまで高くはしていないんだけど、その辺の下級武士よりは恵まれている。オレはあまり深いことを考えていなかったけど、俸禄に合わせた人を抱えるのが常識らしくいつの間にか増えてたんだよね。


 今回は両親や姉や妹に、祖父母を対象にした雇い入れをした。


 結果としてかなりの人が集まった。一応田んぼを継ぐ人を残した家もあるが、安定した収入を約束したしウチの評判もいいからね。


 ただし、ほとんどが農民で多少の教育が必要らしく、今は学校で彼らに基礎的な教育をしている。年配者は子守りやウチで管理する屋敷や土地の下働きとして早くも活躍してるけど。


「最高の酒を造ってみせますわ!」


「いや、普通でいいんだよ」


 ちなみに熱田でも金色酒と清酒とエールを造る予定だ。需要が有りすぎて生産量が足りないんだよね。ただ普通の質でいいんだけど。大丈夫かね?


 新天地での仕事に張り切っていて、テンションが上がっているだけなので大丈夫なはずだけど、少しだけ不安にもなる。




「こっちは蒸留酒か」


「はい。高炉や反射炉の排熱を利用出来ますので」


 時期を同じくして工業村内に造っていた蒸留施設が完成した。


 蒸留酒。日本だと焼酎や泡盛で有名だし、ウィスキーやブランデーなど蒸留酒は種類も多い。


 その歴史は古く紀元前のメソポタミア文明からあったとか。本当かどうかは知らないけどね。


 金色酒より手間がかかるから後回しにしていたけど、工業村で蒸留酒を造ることにより燃料費が浮く。製鉄だけで儲かるんだけどね。収益源は増やしたい。


 ちなみに最初は焼酎を造る予定だ。麦焼酎と蕎麦焼酎の原料が簡単に手に入るからさ。


 蒸留技術自体は、沖縄、この時代だと琉球にはすでにあるらしいので広めるのに抵抗はない。


 まあ当面はここで造った酒を独占的に売り稼ぐけど。工業村は織田弾正忠家の直轄地なのでウチの利益は大きくないが、酒造りをあんまりウチが独占してもね。




「銭湯は人気みたいだね」


「お風呂は贅沢ですから」


 工業村はいつ来ても活気があるし、村の外に造った銭湯を中心にした小さな銭湯町も結構人気だ。清洲や津島を訪れた旅人が、噂を聞いて入りに来ることもあるとか。


 工業村内部にも銭湯はあって、こちらは入れる人が限られているので無料にしてある。


「というか混浴が当たり前って、少し違和感が」


「この時代には男女を分けるという概念がありませんので」


 銭湯に関しては元の世界のような銭湯だが、ガラス窓がないので明かり取りの窓がある。そして男女の区別などない混浴だ。


 史実では江戸時代も基本的に混浴らしく、一時期男女を分けようとしてもあまり定着しなかったんだとか。


 結局、明治時代になり西洋化を進める過程で、男女を分けることを徹底するまでは混浴が一般的だったそうな。


 当然、戦国時代の世に男女を分けるなんて発想はなく、工業村の銭湯は混浴だ。オレたちも下手に戦国時代にない概念を押し付ける気はないしね。


 健康のためにもお風呂に入りましょうとは勧めてるけど。


 別にオレがスケベ根性で混浴にしているわけじゃない。そもそも銭湯の造りなんて口出ししてないし。


「汗を流していかれますか?」


「さあ、参りますわよ!」


 工業村には内外の銭湯以外にも、代官屋敷や遊女屋にもお湯を供給している。


 代官はオレだけど代理で滝川益氏さんが常駐している。前は牧場を任せていたんだけど、あっちは望月家に任せて滝川家は工業村の管理に専念するらしい。


 代官屋敷で報告を受けて仕事を幾つか片付けると、エルと熱田から一緒に来たシンディに誘われて昼間からお風呂に入ることになる。


 いいけど、夏だし窓開けてもお風呂は暑いよ。元の世界のような蒸し暑さはないけどさ。


「昼間から女性二人とお風呂に入るなんて、やっぱり歴史に残ったらバカ殿呼ばわりされそうだな」


「日本史上でも最高の女好きの称号は確実ですわね」


 結局、お風呂に入っちゃった。オレも男だからね。それにこうしてゆっくりするのも悪くない。


 それにしても、誰だ美人は三日で飽きるなんて言ったの!? 正直飽きないぞ。慣れてはきたけどね。


 複数の奥さんを持てるのって戦国時代のいいとこだよな。ウチは仮想空間からの信頼があるけど、それでも下手に順位とか付けたら後で怖いしさ。


 まあさすがに女好きの称号は藤吉郎君にあげたいけど。そういや藤吉郎君はどうしているかな。


 本音をいえば歴史の秀吉はあんまり好きじゃない。ただ竹千代君を見て思ったけど、あまり史実を意識しないほうがいい気はする。


 織田家の関係者は特にウチの影響で、歴史も価値観も変わる可能性があるからね。個人的には秀吉よりは弟の秀長のほうが家臣に欲しいけど。


 どうなるか楽しみな兄弟ではあるね。


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