第百五十三話・崩壊する服部党

side:望月太郎左衛門


 市江島は混乱しておるな。服部党自慢の水軍が壊滅と聞けば、流石に服部友貞に勝ちはないと理解したようだ。


 領民は寺や森に逃げ出しておるわ。市江島には一向宗の寺があるが、こちらも海での大敗で友貞に助力しておったところも変わりつつある。


 元より願証寺のめいもなく、服部友貞が独断で一向宗と織田の戦にしようとしておったのだ。いずこまで従ったかは怪しいが。


「おい、太郎左衛門。追われておる奴らがおるぞ」


「誰だ? 味方か?」


「いや、武士と女子供だ。追っ手は服部党の兵だな」


 我らの役目は市江島の領内にある一向宗の寺を見張ることだ。殿より頂いた遠眼鏡とおめがねで寺を探っておると、おかしな者らが見えた。


 数名の服部党の者らが、女子供を含めた武士を追っておる。戦の前に……、まさか服部友貞を見限った者か?


「よし、助けるぞ」


「いいのか? 命令違反になるぞ?」


「私利私欲ではないのだ。責めはオレが負う」


 上手くいけば荷ノ上城の様子も分かるかもしれぬ。それに追われておる者を助けるためならば重い罰は受けまい。殿は素破の自害すら嘆いておられたからな。




「捕らえろ! いや、殺せ! 裏切り者が!!」


「黙れ! 服部家を無謀な戦に駆り立てた愚か者になど付き合っておられるか!」


 やはり服部友貞を見限った者か。


「よし。やるぞ」


 追われておる者の中にも戦える者はおる。鉄砲で手助けしてやれば形勢は変わるはずだ。


 こちらは三名しかおらぬが、この距離なら外さん。


 すぐに支度をして鉄砲を放つと、独特の爆発音がする。これが鉄砲の欠点だな。しかし一撃目で二人に命中した。


 誰だ外したのは? 帰ったら鍛練のやり直しだな。


「なっ!? なんだ、今の音は!?」


「おい! いかがした!? なにがあった!? なんなのだ!!」


 こちらの位置はまだ把握しておらぬ様子。早合で鉄砲に玉を込めつつ敵の様子を探る。


 敵は鉄砲を見たことがないらしい。慌てる姿が滑稽こっけいだ。


 よし二撃目を撃つぞ!


「ヒィ!!」


「祟りだ! 逃げろ!!」


 二撃目も三人で二人に命中したが、致命傷なのは四人中二人だけか。それでも敵は見知らぬ鉄砲を祟りだと勘違いしたらしく逃げ出した。


「よし、引き上げるぞ」


「助けなくていいのか?」


「あの様子なら逃げ延びられるはずだ」


 追われておった者たちも追っ手同様に怯えておったが、追っ手が逃げると彼らもまた動き出した。


 行く先は織田軍の先陣がおる方角だ。素直に降るのか隠れておるのか知らぬが、我らは姿を見せぬほうがいいだろう。


 上手くいけば物見が見付けるはずだ。我らは任務に戻るとするか。




side:織田信安


「申し上げます! 周囲に敵の姿は見当たりません!」


「油断するな。敵は昨晩も奇襲をしたのだ」


「はっ!」


 ここが市江島か。輪中わじゅうだとは聞いておったが、思うた以上に良うない土地だ。水害にも悩まされておると聞く。


 服部党を追い出しても誰も欲しくない地であろうな。まあ、だからこそ伊勢守家が先陣をうけたまわることが出来たのだが。


 周囲に放った物見の報告では、敵はおらぬらしい。なにかの策か?


「近隣の村か人はいかがだ?」


「はっ! 村にはおりませぬ。逃げたのか隠れておるのか」


「探せ。一揆を起こされてはたまらん」


 服部党には最早織田に逆らう兵力はないと思うが、一向宗がくせ者だな。勝ち戦に浮かれて一揆にやられては末代までの恥だ。




「申し上げます! 服部党の者が投降して参りました」


 あまりに敵がおらぬことで慎重に探っておるところに、まさか敵が投降してくるとは。


「なんと。伊勢守殿いかがしますか?」


「会おう」


 わしはあくまでも諸将を束ねるだけの立場だが、異を唱える者もおらぬようなので会うことにする。


「……では願証寺の僧は逃げ出したのだな?」


「はっ。水軍が壊滅しては服部家は終わりでございます。あの忌々しい破戒坊主めが殿を焚き付けねば……」


 投降してきた者はそれなりの身分のようだ。


 荷ノ上城に兵糧がなく領内から強引に集めておることや、すでに一揆を起こすほどの力が服部友貞にないことも語った。


 苦々しい表情で一向宗の僧をののしる様子に嘘はないとは思うが、素直に信じるのは危ういか。


「某の首にて一族郎党は助けていただきたい」


「その方の言葉に嘘がないならば、命までは取らん。その方はこのまま本陣の殿に同じことを申し述べよ」


「はっ」


 判断は義兄上に任すとして、状況がここまで変われば、新たな命を仰がねばならん。懸念はあの男の話が本当かということだな。




「服部党は、本当に籠城以外に手がないようですな」


 先陣が上陸し終わる頃には、物見と久遠家家臣の望月という者からの知らせが届いた。久遠殿が素破を大勢召し抱えたとの噂はまことであったらしい。


 偽者のおそれはないはずだ。伊勢守家でも数が少ない高価な鉄砲を持ち、久遠殿の旗印の書かれた絹の布を持っておったからな。疑いようもないわ。


「敵が来ない以上は本隊を待つべきでしょうな」


 先陣を任された者たちは、その知らせに皆が残念そうにしておる。最初から籠城されたのでは、先陣だけで攻めるわけにはいかぬからな。


 領内も荒らすなと命じられておる。実際には荒らすほどのものが周囲の村にはないとも物見の報告にあったが。


 服部友貞めがすべて城に持っていったらしい。


 まさかこの季節に刈田をするわけにもいくまい。したところでなにも採れぬのだからな。


 ああ、逃げ出した民は見つけたが、一揆は市江島の一向宗の寺が抑えたらしい。されど食べ物がなく困っておると、こちらにたかってくる始末だ。


 義兄上には知らせを出したがいかがするのやら。







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