第百五十一話・市江島攻略前哨戦
side:佐治為景
「ほう。これは初めてですな」
「お寿司だよ~。なれ寿司をすぐに食べられるようにした料理なの」
「おお、これは美味い。我らは魚はよう食べるが、生の魚と飯をかような形に合わせて食べるのは初めてだ。この酢がいいですな」
外はすでに日が暮れておる。
波もだいぶ穏やかになってきた。やはり今夜にも来るかもしれぬな。
久遠殿の南蛮船は居心地がいいので、ここで指揮を執っておるがなにより飯が美味い。
皆もここしばらく海の上で大変であろうが、一切不満が出ぬのは飯を久遠家が用意してくれておるからであろう。
同じ握り飯や味噌汁のはずが久遠家の飯は美味い。だが久遠家の者に聞くと、船上故に飯は普段より質素だと聞く。
普段はいったいなにを食べておるのだ?
今宵は戦があるかも知れぬのでいささか豪華にしたらしいがな。お寿司か。なれ寿司なら食うたことがあるが、これは別物だな。
生魚など飽きておったが、これは美味い。それに食べやすいのがまたいい。
米には酢と砂糖で味付けしておるようで、魚に塗ってあるのは醤油か。同じ魚でもこうも味が変わるとはな。
それにしても久遠家には学ぶべきことが多い。
素破、久遠家では忍び衆か。かの者らをあちこちに放ち探らせるばかりか、伊勢と志摩の水軍衆にも大湊や桑名の荷を運ぶ船のことを探るようにと呼び掛けて、服部家に運び込む兵糧をほとんど奪ってしまった。
極め付きは、知らせに来た者に明から仕入れておる良銭を報酬として、その場で渡しておるからな。
これでは服部家がいくら騒いでも味方する水軍衆はおらぬであろう。
内心では服部家に味方したい者もおろう。上手くいけば伊勢の海の水運を握れるかもしれぬのだからな。されど久遠家の南蛮船と良銭の力を見せつけられてはなにも出来まい。
さて、服部友貞は来るかな?
あの男。あまり物事を深く考える男ではない故に来ると思うが……。
side:服部友貞
海が穏やかになってきたな。織田は明日にでも来るであろう。
「ふん。あれが南蛮船か。帆掛け船であろう? 止まればただの的ではないか」
「はっ。されど南蛮船には見知らぬ武器があるとか。伊勢の水軍衆も避けておりますれば……」
「まさか一晩中起きてはおるまい。人が寝ておればいかな武器があっても恐れるに値せぬ。奪えぬ時は火をかけて沈めてしまえ」
「ははっ」
そろそろ丑三つ時になろうか。今から南蛮船を夜討ちしてやるわ。
あの忌々しい黒い南蛮船のせいで、すべてがおかしくなったのだ。あの船さえ沈めてしまえば伊勢の水軍衆も目が覚めるであろう。
伊勢守家や他の尾張の国人衆も南蛮船さえなくなれば、信秀ごときには従わぬはずだ。いかほどの自信があるかは知らぬが、一隻でわしの前におるのが運の尽きよ。
佐治水軍は兵糧を奪うのに夢中で、ここにはおらぬようだからな。兵糧を集めたからというて、わしが籠城すると油断しておる愚か者めが!
今に見ておれ!!
side:セレス
「総員戦闘配置に就け」
動きましたね。服部水軍。夜の海とはいえここは彼らの縄張り。僅かな星明かりでも動けるのでしょう。
しかし、それはこちらも想定済みです。
ガレオン船や地形に隠れるように待機していた佐治水軍の船がゆっくりと展開していきます。
「鉄砲隊。
「佐治水軍が配置に就いたのち、合図するまで撃ってはなりません」
「はっ!」
敵は関船一隻と小早が十数艘。服部友貞は水軍を総動員しましたか。
戦をするというなら戦力は多い方がいい。そこまで愚かではないようですね。しかし妥協すらできぬ者など不要です。退場していただきましょう。
「セレス様。佐治水軍包囲完了したようでございます」
「では始めましょうか。合図用意」
服部水軍もなかなかの練度のようです。惜しむらくは大将が愚かだったことでしょうか。
佐治様は自身の船で服部水軍と戦うために出陣なされました。戦闘開始の合図を戦場が見渡せる私たちに任せて。
「……撃て!」
その瞬間、静まり返った深夜の海に空砲の音が響き渡りました。
弾は撃てません。包囲する佐治水軍に当たる危険性がありますから。しかし大砲を見たことのない彼ら服部水軍には、空砲で十分でしょう。
ふふふ。まるで開国を迫ったペリー提督になったようですね。
「敵船止まりました! 空砲により混乱しておる模様」
「鉄砲隊と弩隊は撃ち方はじめ。ただし、佐治水軍には絶対に当てぬように。 帆走準備!」
「はっ!」
こちらも
服部水軍は空砲に驚き船を止めて、状況を確認しようとした様子。判断は悪くありませんね。
恨むなら無策な主を恨みなさい。
「かかれー!」
罠だと理解したのか服部水軍はガレオン船から逃げようとしますが、そこには佐治水軍がいます。
残念ですが海流も考慮した布陣なのですよ。
相手は弓のみですが、佐治水軍は弓・鉄砲・弩・焙烙玉と飛び道具の数も種類も上です。
雨が降った場合を想定して弩も用意しましたが、不要だったかもしれませんね。
船の数も武器の数も上で奇襲を逆手に取ったのです。勝って当たり前ですね。
「お味方勝利にございます!」
「敵味方を問わず海に落ちた者の救助と負傷者の治療をします」
「はいはーい。任せて! 負傷者はこっちに集めて。武器は取り上げなきゃダメよ!」
味方の
船は多少壊れたものもあるようですが、敵味方問わずほとんど無事です。
敵将に服部友貞はいたのでしょうか? いたら戦が終わってしまいますが。まあ仕方ありませんね。
負傷者と海に落ちた者を収容して敵兵は捕虜になります。
今後のこともありますので、末端の水軍の兵は佐治水軍に組み込むためにも助けなくては。
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