第百二十三話・内政と竹千代

side:久遠一馬


 清洲城の改築と町の拡張の縄張りが始まった。


 プランを幾つか提示したが、最終的に信秀さんは防備よりも商業と町の発展を重視したタイプを選んだ。


 清洲城は鉄砲の防備を考慮することとして、この時代ではほとんど存在しない石垣や漆喰を用いた土塀などを作る予定だ。基本設計は耐震性を考慮してエルがした。


 清洲城は隣に川が流れるので、その川の堤防など一部はローマン・コンクリートで補強もするらしい。


 すでに清洲の城と町の間を流れる川の堤防は作り始めている。清洲の問題は水害だからな。本当は史実に倣い、那古野に新しい城下町を作る方がいいのかもしれないけど。


 尾張の中心は清洲とのイメージが根強いからね。現状では清洲のほうがいい。


「蟹江か」


「ええ。直轄領にして、対伊勢の拠点と新しい港に出来ませんか?」


「そういえば服部の坊主が騒いでおるらしいな」


「佐治殿が頑張っていますから」


 それと並行して津島の南東にある蟹江に、新しい城と町を作る提案をしている。対伊勢の拠点と南蛮船の入れる港を作るのに適しているんだ。


 史実でも蟹江の港は、江戸期には百石船が入れる港があったらしいし。同じ場所にする気はないけど、地理的には大丈夫らしい。


「だが清洲と那古野の普請で人が足りまい」


「そこは伊勢の人を使おうと思います。長島の願証寺との関係は良好ですし、賦役ではなく報酬を払うなら、北伊勢の国人衆も領民を人足として出してくれるかと」


「そなたは、また怖いことを考えるな」


 信秀さんの指摘通り、大規模賦役には人が足りない。


 足りないならば他所から借りてくればいいということで、伊勢の人を銭で借りてくることを計画している。蟹江は場所的に津島からも熱田からも近いから、南蛮船の港にしても悪くないんだよね。あそこは温泉も出るし。


「城と重要な普請は尾張の人にお願いしますけど、整地や町作りは別に他国の人でもいいかなと。ついでに織田領では、仏に祈らなくても飯が食えると広まれば悪くないですし」


「しかし、さすがに怪しむのではないか?」


「そこは、南蛮船の港を造るとの名目で。願証寺は金色酒や砂糖のお得意様ですから。後は硝子製品を優先的に売るとか。まあいろいろ手はありますよ」


 坊主ほど欲深い者はいないとも言うけど、長島はウチの商品のお得意様なんだよね。食べ物以外でも、高価な絹織物や最近だと茶器もよく買う。


 信秀さんは大丈夫なのかと少し不安げというか、オレたちの考えに若干呆れている感じもある。他国の領民を使って自国を整えるとか、普通考えないからなぁ。


 しかも神仏に祈らなくても飯が食えるとか、この時代だと危険な考え方としてみられるからな。懸念されるのも当然だ。


 ただ、人手が足りないのは割と深刻なんだ。伊勢の人を使えるなら、ついでに津島の川の土砂を取り除く浚渫しゅんせつもやれないかと考えてるんだよね。あれもこの時代の技術だと時間がかかるし。


「うむ。面白いことは面白いな」


 戦略的には今のところ、対美濃の拠点の大垣城に対三河の拠点の安祥城、そして史実通りに対伊勢の拠点に蟹江城がいいと思うんだよね。信秀さんもそこは同意してくれた。


「銭は使ってこそ価値があります。後生大事に蔵に仕舞うなんて無駄です。困ったら当家でなんとかしますから」


「願証寺に六角と北畠にも、話を通さねばならぬな。あくまでも南蛮船の港ということにするか」


 津島の弱点は河川湊であることと、長島が近すぎること。蟹江なら少し遠回りすれば長島に近寄らなくて済む。


 まあ津島と熱田にも根回しが必要だけど。新しい港が出来ても津島と熱田は疎かにしないと説明すれば大丈夫だろう。上手くいけば、あの辺りはひとつの町となるほど栄えるかも。




side:織田信長


「若。ここでしたか」


「爺。もう休め」


 今宵は綺麗な月が出ておる。眠れずに鍛練に励んでおると爺が探しに来た。歳なのだから早く休めばいいものを。


「はっ。休む前にひとつ。水野殿が例の件を承知致しましたぞ」


「そうか。場所は緒川城か?」


「いえ。那古野に参るとのことです」


「そうか。爺。ようやった」


 かずたちと共におって、オレは多くを学んだ。戦は兵を挙げるまでが勝負なのだと。兵を鍛え、武具を揃え、兵糧を集めるのも必要だ。されど勝つには戦う前に勝敗を決めることが一番。


 親父もかずもおるし、オレがやるべきことは多くない。されどオレにしか出来ぬことは無いかと考え、竹千代を母と一緒に住まわせることにした。


 かずたちや爺にも話をして親父の許しも得た。後は竹千代の母の兄である、水野藤四郎次第であったが受けたか。まあ水野にとっても悪い話ではないからな。


「考えられましたな。若。これで竹千代殿は織田の一党として育ち、三河の者たちの心証も変わりましょう」


「かずのやり方を真似ただけだ。三河は大変なようだからな」


 竹千代の現状を三河者が今でも気にしておるのは、かずのところの忍びが探ってきた。廃嫡にしたわけでもなく、竹千代は今も松平宗家の嫡男だからな。


 親父がいつ三河に本腰を入れるのかは知らぬが、竹千代を母と住まわせれば三河攻めに確実に役に立とう。あの戦馬鹿どもは力を見せても、あまり通じぬような気がするからな。


「人質という見方が良くないのだ。奉公に来ておると思えばいいはずだ」


「一馬殿のところはそんな感じですな。働かせて食わせてしまえば、人質も奉公人も変わりませぬ」


 元々はかずが人質など出したくないので、己も人質は取らないと言うたのがきっかけだ。それを八郎が家族を面倒見て守ってやらねば、仕事を任せられませぬと言うたのは見事だった。


 人質と見るか、保護と見るか、奉公と見るか。見目は同じでも、見方でまったく違う意味を持つ。さすれば結果も違ってこよう。


 愚か者どもは八郎が家老では身分が釣り合わぬなどと陰で騒いでおるが、八郎より久遠家の家老に相応しき者はおらぬ。爺ならば務まるかもしれぬがな。それにかずのような素性怪しき者には八郎が似合いだなどとほざいておったたわけもおった。


「爺。親父に話して他の人質も扱いを変えるか」


「良きことかと思いまする。逃げれば手切れとなるまで。今の織田家ならば懸念にはなりますまい」


「かずのところの人質など、町で遊んでおるからな。あれくらいでいいはずだ」


 己の力で国は治めるべきだと思うておったが変えるべきだな。織田の武士として育てて取り込むべきだ。心根怪しき者の臣従よりはるかに価値がある。


 織田の国を見せてやればいい。




「爺。そういえば慶次の烏帽子親をするそうだな」


「はっ、一馬殿の立場を考えると某がいいかと。それに慶次郎は若に少し似ております。並の烏帽子親では困りましょう」


「オレはあそこまでへそ曲がりではないわ」


「よき若者でございまする。下の者にも慕われておりますれば。されど武士として大成するかは……」


「あれはかずの下でなくば駄目であろう」


 爺の顔を見て思い出したが、慶次の烏帽子親についても騒いでいる奴らがおるらしい。


 爺がわざわざ烏帽子親になるほどの者ではないと、陰口を叩いておるたわけどもだ。本音は己が烏帽子親になりたいだけであろうに。


 爺のところにはかずから、毎月必ず酒や食い物が届くのは尾張でも有名だからな。


 久遠家と繋がりが欲しい奴らは狙っておると聞く。


 爺もそれを知ってのことであろうがな。かずの足を引っ張るような繋がりは要らん。



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