第百十四話・牧場と信長さん

side:織田信秀


「よかろう。すぐに兵糧を送る。それと買い付けなどの者は関所を通すこととする」


「ありがとうございまする」


「伊勢守殿の立場も理解する。苦渋の決断であろう」


 謀叛人とは相も変わらず小競り合いをしておると報告があったが、思うたより動きが早いな。もう少し意地を張るかと思ったが。


 伊勢守も決して無能ではないが、あまり戦は上手くないらしい。まあ無理もない。自らの采配で戦をしたことなど、ほとんどあるまいからな。


 それに刈田や乱取り目当ての小競り合いと、家の行末を賭けた戦は訳が違う。負ければすべてを失うのだ。地位や権威など役に立たん。やっとそれを理解したか?


「戦も頭を使うことだ。刈田ばかりしても戦は終わらぬぞ?」


「はっ。主にしかと伝えまする」


 あまり他人事ではないがな。こちらの家臣とて、いずこまで理解しておるのやら。


 それにしても、実際に兵を挙げずに戦うというのは本当に面白い。銭と物を動かすことにより、兵を動かすよりよい形で立ち回れるとはな。


 無論、銭の力はわしも理解しておったが、思うた以上だったわ。


 寺社が座や市を支配したがる理由には、それもあるのやもしれぬな。頭を使うのは奴らのほうが上。武家が敵うはずもないことだ。


 わしは常に織田の利のために動いておるのに、人はわしを仏と呼ぶ。まことに皮肉なことよ。


 もちろん一馬たちが上手く、民と織田の利を結んでおることは理解しておるがな。同じことをやれと言われて出来る者が、いかほどおろうか。


「くれぐれも民を粗末に扱わぬようにな。民には武家の権威など関わりがない。己らを守り食わせてくれる者を求めるのだ」


 この男。山内猪之助ならば、ここまで言えば察しよう。


 謀叛人を討つのは構わぬが、刈田ばかりして荒れ果てても困るのだ。一々口は出さぬが兵糧を送り、品物の値を下げる手助けはするのだ。後は己らで考えろ。


 いずれにしても臣従すると言うたのだ。わしの名を上手く使うて、後詰めが来ると言うてもいい。使えるものは使うて、早く終わらせてほしいものだ。


 細かいことに目くじらを立てる気はないのだからな。




 そういえば伊勢守家でさえ、鉄砲は僅かしかないとか。確かに商人から買えば高価で、堺か近江の国友辺りに頼まねばならぬからな。しかも久遠の鉄砲より品物が良くない。恐らく日ノ本の技が未熟なのであろうが。


 あの男はつくづくわしを驚かせてくれる。


 三郎は異を唱えておるが、やはり一馬とは頃合いを見て婚姻を結ばねばならぬ。奥の序列に口出しせねば、大きな懸念にはならぬはずだ。わしとてあの聡明な奥方たちを、敵に回す気はないぞ。


 それに将来の娘を寄越せと言うておるわけでもない。妻を一人増やすだけなのだ。まあこの件はまだ早い。三郎とゆっくり話せばよいか。


 今は伊勢守家臣従の後、いかがするかだ。最後まで従わぬのは市江島の服部か。三河との国境付近の者らもいずこまで臣従する気があるのやら。


 一馬は瀬戸で焼き物を作りたいとチラリと言うておったが、あそこの者たちは元々織田とは縁のない者。形としては臣従しておるが、心から従うておるわけではない。


 あまり利のない山だと捨て置いたが、焼き物で利になるなら話は別だ。


 さていかがすべきか。




side:久遠一馬


 牧場にも新緑の季節がやってきた。


 畑では綿花・麻・大豆や各種野菜の芽が出ている。 放牧地もクローバーなど芽吹いていて、広いスペースに日本在来馬・ロバ・日本在来牛・ヤギがのびのびとしている。


 ああ、鶏も大きくないスペースで飼えるからいるね。


「なかなか、いい馬だな。少し大人しい気がするが……」


「去勢してますしね」


「去勢?」


 この日、信長さんが牧場の視察に来た。まあちょくちょく遊びにはくるんだけど。信秀さんに献上する馬を見に来たみたい。


 尾張だと馬は馬市で買うか、馬商人が売りに来る。ウチなんかは特によく馬商人が売りに来るね。お金があると思われているんだろう。


 当然ウチでは売りに来た馬はみんな買っている。牡馬はいい馬から選んで繁殖用にして、牝馬は今のところ全部繁殖用だ。ただし繁殖用の牡馬はそこまで数は必要ない。


 ウチの家臣の騎乗訓練に使っているけど、良さげな牡馬を二頭ばかり去勢と蹄鉄をしたから、信秀さんに献上する予定なんだ。


「かようなこと、せねばならぬのか?」


「大人しくなりますからね」


 ただ蹄鉄はいいんだけど、去勢には信長さんも微妙な表情をした。男だとどうしてもねぇ。特に去勢なんてこの時代の日本ではやらないことだし。


 それに武士は気性の激しい馬を好むみたいだね。去勢は普及しないかな? まあ、ウチは必要だし長い目で見たら普及するだろう。


 そうそう、牧場から近い場所では、去勢馬の近くで火縄銃の練習をして、鉄砲に慣れさせる訓練も始めてる。金色砲を引く馬がビックリして騒いだら大変だからね。


「南蛮ではそうなのか?」


「ええ。明のほうでも去勢をすると聞きますね」


「馬が不憫に思うが……」


 信長さんとか信秀さんクラスになると、去勢しなくても扱えるんだろうね。ウチの農民上がりの家臣は喜んでいるけど。




「殿様だ!」


「若様もいるぞ!」


「馬の扱い上手い!」


「若様なんだ。当然だろ!!」


 しばらくすると、厩舎の手伝いを終えた子供たちが集まってきた。信長さんって子供に格式ばった態度で偉そうにしないから、何気に人気なんだよね。鷹狩りや獣狩りの獲物を、気軽に差し入れてくれたりするし。


 牧場の孤児院だと子供は午前中に手伝いをさせて、午後は読み書きや武芸なんかを教えている。


 オレとしては勉強と武芸だけでいいと思うんだけどね。農作業や手伝いも将来のために必要だからと、家臣に言われて任せている。


 ああ、子供は少しずつ増えている。元々は流行り病の時に清洲から捨てられた子供だけだったけど、弾正忠家の領内の捨て子や孤児を集めたからね。


 おかげで信秀さんを仏様だと拝む人が更に増えたらしい。


 あと牧場には孤児の親が会いに来ることもある。生活のためにやむなく捨てた人もいるからね。中には平気で子供を捨てる人も、いるみたいだけど。


「よし。相手をしてやろう。かかってくるがいい」


 馬を乗り終えた信長さんは、ご機嫌な様子で子供たちと相撲を始めた。勝三郎さんたちも交えて、みんなで子供相手に相撲を取る様子は、ほのぼのとしていていいね。


 そういえばこの時代の子供って、遊びで石合戦なんてやるんだよね。最初に見た時はびっくりしたよ。


 読んで字の如く、本当に石を投げ合う遊びだ。危なくて驚いたよ!


 ウチでは石合戦は禁止した。例外として泥団子の合戦なら認めたけど。泥んこになった子供たちが、行水をする姿がここではよく見られる。


 オレ? 子供相手の相撲には参加するよ。生体強化したチートの力を見せてやる時だなんてね。この時代だとやっぱり、強くないと認めてもらえないところもあってさ。


 そうだ。大人も戦の演習とかやるべきかな。一定のルールを定めて。オレたちの影響で史実より戦も減っているしね。


 後は相撲とか武芸大会もいいかも。文官を増やしたり重用したら騒ぎそうな人もいるからなぁ。バランス取らないと。


 戦国版運動会? みたいにみんなで競い、楽しむのって悪くない気がする。うん。エルたちに相談して良さげなら、信長さんに提案しよう。



◆◆

 日本で馬に対して蹄鉄と去勢を最初に始めたのは久遠家である。


 類似する知識がそれより以前に入っていた可能性はあるものの定着普及することはなく、久遠家が領地として運営していた牧場村にて蹄鉄と去勢を行なっていたという記録が残っている。


 当時の武士にはあまり評価されないこともあったと伝わるが、久遠家の躍進と共に馬の需要は増えていき、それらの技術も広まることになった。



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