第百九話・セレブな滝川家の悩みと岩倉の状況

side:久遠一馬


「八郎殿。奥さんもうひとり要る?」


「要りませぬ。長年連れ添った妻がおりますので。それにこの歳て新しい妻を迎えるのも……」


 春になった頃からだろうか。あちこちから縁談の話が、滝川一族に来て困っているんだよね。


「さすがにオレに来ないのは楽でいいけど」


「殿の場合は大殿と若様が、止めていただいておるだけかと」


「そうなの?」


「恐らくは。殿のお立場ならば、まず真っ先に大殿の娘でもと話がございましょう。それを差し置いて縁談など出来ますまい。その点、我が滝川家は手頃でございますからな」


 オレは妻が百二十人もいるから、さすがに来ないのかと思ってたけど。違うのか? エルたちにはオレに縁談が来ない理由とか聞けないし。あんまり興味もなかったんだけど。


 ただ滝川一族は資清さんを筆頭に、一益さんと益氏さんばかりか、慶次や他の一族にも縁談が来ている。嫁に娘を出すとか、逆に滝川家の娘が欲しいとか。


 資清さんなんか四十代なのに、十代後半の娘さんの縁談が来るんだ。元の世界ならなんて言われるのやら。


「オレとしては本人同士が望む相手と結婚するのなら、それでいいんだけど」


「武士の婚姻は家と家の繋がりなのでございます。久遠家は繋がりがありませぬからな。どこも繋がりが欲しいのでございましょう」


 確かに血縁の繋がりって、ウチはないんだよね。政秀さんがいつの間にか後見人みたいになってるけど。


「久遠家のためになるならば、某たちも縁談を受けても良いのですが……」


「ウチのためにか。要らないかな。滝川家のためになるなら反対はしないけど。余計な親戚増えると大変そうだしね」


「その結果が現状でございますよ」


 あちこちから来た縁談の書状がテーブルに山積みになる中、オレと資清さんはため息が揃っちゃったよ。


 縁談は尾張が多いものの、甲賀からの縁談も何通かあるし、美濃や三河の知らない人からも来ている。


 滝川一族には世話になってるし、滝川一族のためになるなら多少面倒な親戚が増えてもいいとは思う。でも現状では滝川一族も中途半端な親戚は要らないんだよね。


 尾張だと勝三郎さんの池田家は親戚だし、まったく縁がないわけじゃないみたいだしさ。


 池田家に関しては、勝三郎さん自身が信長さんと一緒にウチによく来るから親しいし、滝川一族の親戚でもあるから多少贈り物は多いけど、それ以上は特別優遇もしていないんだけどな。


「甲賀からの縁談も多いねぇ」


「滝川家は甲賀の伴家の一族になりまする。ですが一族でも庶流になりますからな。滝川家と言われても、甲賀を出れば知る者はほとんどおりませぬ。そんな滝川家が過ぎた地位に就いておれば、騒ぐのも無理はないかと」


「そういえば、八郎殿より優れてると豪語してた人どう?」


「まあ、無難に働いております」


「八郎殿も優しいよね。あんなこと言われても使うなんて」


「某より優秀なのは確かでございます。ただし自信過剰で扱いにくい者でございますが」


 悪いけど甲賀の土豪なんて知らないんだよね。名前を聞いても分からないし、エルに聞いても本拠地の城とちょっとした情報しかないらしい。


 エルの勧めで、働きに来た水口さんという人は覚えたけど。史実の豊臣家の五奉行の長束正家さんの親父さんみたいでさ。


 あとは先日なんか、資清さんより働けるから雇ってほしいと屋敷に直談判しに来た人がいたんだ。


 ジュリアに武芸であっさり敗れ、得意という薬もケティに未熟者と切り捨てられて、プライドをズタズタにされていた。


 面倒なんで資清さんに仕えるなら許すと言って、丸投げしたんだけど。雇ってあげたのか。


「そもそもの問題としてウチを理解しようとしないで、自分を売り込む人が八郎殿より優秀とは思えないんだけど」


「某もあやつも所詮は素破乱破と呼ばれ、畜生呼ばわりされる者。人を使うと言うても、僅かな領民のみでございますからな。ただ某は、あやつほど忍び働きに自信がなかっただけでございまして」


 本当に資清さんでいいならオレのほうが、って考える人にろくな人がいないや。


 正直、戦で無双するような武士は、ウチにあんまり要らないんだよね。戦国時代をよく知らないオレたちと、周りを上手く繋いでくれる人が一番ありがたい。


 そういう意味では資清さんの評価は高いし、信長さんや信秀さんも同じ評価をしてるはずだ。


「慶次の元服もそろそろだよなぁ。彦右衛門殿たちのお嫁さんもどうしよっか」


「忍び働きをする者を更に増やしたいとお考えならば、甲賀から嫁をもらうのも悪くはありませぬが……」


「各地の様子は知りたいよね。特にウチの商売を考えるとさ」


「確かに、それは理解しております。遠方の様子は御家の役に立たぬこともありますので、伊賀者を使うのもいいかもしれませぬ。伊賀者は銭で動きますので」


「仲が悪いとかないの?」


「某は特に良くも悪くもございませぬ。ただ伊賀は甲賀と違い頭領がおりますが。今は確か百地家だったはず。三河の服部家も元は伊賀者でございますな」


「少し考えてみるか」


 自分の結婚すらまともにしたこともないのに、他人の結婚を世話をするってどうなのかな。正直、荷が重い。


 結婚する人の気持ちになると、相手の容姿や性格とかも気になるしさ。家と家の関係とか元の世界の百倍めんどくさいね。嫁の実家に行くのが億劫とか、そんなレベルじゃない。


 それと諜報網の構築も必要なんだよね。甲賀から人が来ているから、彼らを使いながら訓練と教育をして、一流の忍者組織にする必要があるか。


 短期的には伊賀忍者も一度使ってみるべきだな。実際どの程度かわからないし。


 やることが多いなぁ。




side:織田信安


「犬山は動かぬか」


「はっ。弾正忠殿に頼み和睦をすればいいと」


 わしの命に従えぬと出ていった愚か者は、最早、伊勢守家は仕えるに値せずと言うてきた。されど、立場を明らかにした奴らは、まだいいのかもしれぬ。


「改めて理解させられたな。名ばかりの守護代であったことを」


 奴らはまだ戦をすると言えば、従ったのだろうからな。上四郡には立場を曖昧にしたまま、独立しておる者がそれなりにおる。


 犬山の与次郎殿は弾正忠殿の弟。かような愚かな争いに関わりたくもないか。


 他にも弾正忠家と伊勢守家の間で上手くやっておる者は、わしが弾正忠家に臣従すれば、直接弾正忠家に臣従するであろうな。


 元々名ばかりだったと言えば、それまでだが。


「殿。お気持ちはお察し致します。されど、どのみち裏切るならば、最初からおらぬほうがよいでしょう」


「そうだな。三河の吉良家や美濃の土岐家に比べれば、まだいい。弾正忠家とて最初は小さかったのだ。伊勢守家ここに有りと見せようぞ」


 伊勢守家が独力で上四郡を治められるのならば、臣従など必要ないのだ。それすら出来ぬ故に臣従するしかないのだ。


 力もないというのに家柄と地位に拘った家の末路など明らか。ならば弾正忠家の中で生きて、大きくなるしかあるまい。


 日和見する者など、確かにおらぬほうがいいのかもしれぬ。形だけ家臣となっても、実情は弾正忠殿の命にしか従わぬ家臣など要らぬわ。


「奴らは領内から出ていく気はないのか?」


「らしいな。戦と籠城の支度をしておる」


「早く攻めたいが、田植えを終わらせぬことには兵が集まらぬ。半端な数では負けるぞ!?」


「それは奴らとて同じ。奴らの領地の近くに砦を立てて、圧迫するのはいかがか?」


「確かに刈田をされておるからな。砦は必要だろう」


「殿。御裁断を!」


「よし。砦を立てて奴らを分断しろ。ただし奇襲には気を付けろ!」


「はっ!」


 あまり時は掛けたくないな。秋までに。遅くとも今年中に終わらせねば。


 所詮は寄せ集め。ひとりずつ潰してくれるわ。



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