第九十一話・前向きな別れと野砲

side:太田牛一


「さて、その方はいかがするかの」


「願わくはこのまま、守護様に仕えしとうございまする」


「それはならん。わしはな、斯波の家を残したいのじゃ。この先に弾正忠と争うようなことがあれば、今度こそ斯波の家が滅ぶやもしれぬ。そうならぬために身軽にならねばならんのじゃ。朝廷のようにな」


 織田大和守家が滅び、ようやく守護様にも陽の目が当たると思うた時に、守護様は抱えておる家臣たちを織田弾正忠殿に仕えるようにと暇を出された。


 多くはないが大和守家に軟禁されていた時ですら、それなりの家臣がいた。皆、守護様に忠義を尽くす者なのにもかかわらずだ。


「……守護様」


「その方はよく細かいことを残しておったな。それに弓も得意だ。されど所領がない。弾正忠の直臣を望むならば、わしから話してやるがいかがする?」


 畿内は今も争いの真っ只中だ。聞けばもう八十年ほど争いを繰り返しておるという。正気の沙汰ではない。


 助けなどいずこからも来ないのだ。守護様のお考えは分かる。恐らくは正しいのであろう。


 尾張ですら守護様の力は及ばず、かつてのままでは弾正忠殿と守護様は対立しておったはずだ。たとえお二方が望まなくとも。


 されど斯波武衛家当主である守護様には、他の道がまだ残されておるとも思うのだが。


「某は弾正忠殿の直臣は望みませぬ。久遠殿の家に仕えてみようと思いまする」


「ふむ。久遠か。そなたらしいのやもしれぬな」


「はっ」


 三河の吉良家などを見れば、守護様のご決断はあながち間違いとは言えぬか。実権がないとはいえ守護は守護だ。追われて討たれてからでは遅い。


 弾正忠殿も守護様に力がなければ、逆に粗末には扱えぬであろう。


「別れの盃というわけではないが、一献傾けようぞ。そなたの立身出世を祈っておる。もし、わしの子や孫が道を誤り路頭に迷うておったら、人並みでよい。使うてやってくれ」


「なにをおっしゃいまする」


「ふふふ。戯れじゃ。だが、久遠もまた並みの男ではない。もし足利家が滅び新たな天下が生まれても、あの者ならば残るやもしれん。つまらぬ意地を張らず、生き延びることじゃ。さすれば明日は開ける。いずれな」


 惜しい。守護様にもう少し力があれば……。


 されど、力は権威の上で欲するだけでは駄目なのだ。それは今の尾張を見れば明らか。去年の夏にふらりと尾張を訪れた久遠殿は、瞬く間に力を得ておる。


 他の武士や商人の持たぬ南蛮船と南蛮の知恵で、立身出世を果たしつつあるのだ。


 本音を言えば見てみたい。明や仏の生まれたという天竺を。


 それに身分に関わらず、医術にて治療を施す久遠殿ならば、守護様のもとを離れて仕える価値があると思うのだ。


 尾張ではすっかり当たり前となった、この金色酒。わしや守護様がこれを口にしたのも、大和守家が滅んでからだ。


 澄んだこの金色の酒で、守護様と臣下として最後の盃を交わす。


 願わくは、いつかまた。守護様とこうして酒を酌み交わすことができたらと、願わずにはおられん。




side:久遠一馬


「親方。ご苦労さま。見事な出来ですね」


「へい。しかし、これに噂の金色砲を載せるとは……」


 津島にいた時から顔なじみだった、大工の源蔵さんに頼んでいた大砲を載せる砲車が完成した。


 砲車の型は史実のブロックトレイル型。金色砲も今回のものはファルコネット砲だ。以前の金色砲はガレオン船に搭載していたカルバリン砲だったので、新しい金色砲は口径が半分となるが、その分軽くなる。


 青銅砲なのに変わりはないし、ライフリングもない。ただし鋳造技術がこの時代とは桁が違うので、性能は一般的な同型の砲とは比べ物にならないだろう。


 そもそも敵には火縄銃もあまりないのに、大砲の威力や射程を求める必要はないわけで。


 砲車は腐食防止のために、ウチの船と同じ塗料を渡して、黒く塗ってもらった。金色砲は磨くと五円玉みたいに光り金色に見えなくもない。砲車の黒がより金色砲を引き立てるだろうね。


 前はちゃんとした野戦仕様の砲車じゃなく、船舶用の砲車だったから運ぶのが大変だったんだ。これで次は少しはマシになるだろ。


「これで岩倉がいつ戦を仕掛けてきても、オッケーだな」


「おけ?」


「ああ、南蛮の言葉です。大丈夫だって意味ですね」


「岩倉相手に、金色砲を五つも使うのか?」


 完成した野戦仕様の砲車は五門分。金色野砲になるのかな?


 ただ信長さんは少し怪訝けげんな表情をしている。現状で岩倉の伊勢守家との関係は決して悪くない。


 叔母さんが伊勢守家の織田信安さんに嫁いでるしね。交流はそこそこあるらしい。史実を知らないと、さほど深刻に捉えられないのも無理はない。


「用心のためですよ。使わなければ安祥に送ってもいいですし」


 正直なところ大砲も実戦での経験をもっと積みたい。砲手は育てているけど、実戦経験が足りないのは明らかなんだよね。




「みんな元気ねぇ。頑張って~」


 金色野砲は一益さんに頼んで訓練と砲車のテストをしてもらうことにして、オレは牧場に来ていた。


 こちらは集まった従業員というか領民が、農業試験村と同じように鉄の農具と牛やロバを使って畑作りをしている。


 牧場建設の時に軽く土を起こしているけど、本格的な畑にするためには石取りや肥料を与えたりと、土作りをしなくてはならないんだよね。元々荒れ地だったからさ。


 ああ。牧場と農業試験村で農業と畜産を始めることになったんで、農業が得意なアンドロイドを那古野に呼んだ。


 彼女の名前はリリー。動植物の育成や品種改良が得意な技能型アンドロイド。本業は技術開発なんだけどね。


 見た目はブロンドヘアで、おっとりしたお嬢様のような感じ。隠れ巨乳にしていたはずだけど、戦国時代だとあんまり隠れないんだよね。


 基本的にこの時代は巨乳が少ないし、食糧難とか生活習慣からガリガリな人はいても、肉付きのいい人は裕福なとこしかいないからなぁ。


「リリー、馬のほうは?」


「種付けはしたわ。結果はもう少ししないと、分からないわね~」


 正月に全員呼んだから、今回はみんなに驚かれなかった。また女なのかという顔は少しされたけど。


 現状ではウチの牧場には日本在来の木曾馬と、先日やってきたロバしかいない。種馬以外は去勢したほうがいいんだけど、イマイチ周りの反応が良くない。


 気性が荒い馬のほうがいい馬とか、気性が荒い馬を乗りこなすことが武士だというような風潮がある。


「ウチの馬だけでも去勢しようか。野砲を運ぶのには、そのほうがいいし」


「そうね。可哀そうだけど、そうしましょうか」


 しかしウチだと金色野砲を運搬するのにも、馬を使うから去勢は必要だろうな。当面はウチで去勢馬を使って、周りに見せる必要があると思う。


 まあ、急ぐことじゃないけど。当面は牧場の土づくりで精いっぱいだし。



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