第五十五話・戦支度と極秘作戦

side:久遠一馬


「胴丸はまだまだあるから、慌てなくていいぞ!」


「名と住む村と家族は?」


 城から戻ると、那古野の屋敷は集まった人たちで賑わっていた。すでに陣ぶれもされてるし、当然ウチでも兵を集めなくてはならないんだ。


 信長さんからは無理に集めなくてもいいとは言われている。でもまあ、禄や地位に合わせた人数は揃えないと駄目だよね。


 ウチの場合は少しめんどくさい。禄は五百貫だけど地位は評定衆で重臣になる。


 土地持ちの武士の場合は領地の石高により、決まった兵数を集めなくてはならないんだ。しかし禄が銭の場合は自分で抱えてる家臣や小者を出すか、人を雇わないといけない。


 そもそも重臣で土地がないのは、オレだけなんだよね。


「人、多すぎないか?」


 まあそれはともかく、すでに集まってる人は百人を超えているけど。なんでだ?


「清洲からの流民や、流行り病の治療をした家族が集まりましたから。ちょうどいいので臨時で雇うことにしました」


「ウチは五十人もいれば、いいんだけど」


「兵の動員力は発言権にも影響します。雇えるだけ雇うべきです」


 エルから報告を受けて驚いた。つまり勝ち戦を見越して稼ぎたい人とか、みんな纏めて雇うのか。


 資清さんたちは大忙しみたいだ。ウチでこの時代の武士の戦準備とか知っているの彼らだけだしね。


「報酬は最初に半額、終わったら半額を渡すことにしました。あと怪我や亡くなった場合は、治療や見舞金を出すことを条件に出したらすぐに集まりましたよ」


 ウチもそんなに家臣が豊富にいるわけじゃない。


 ゲームじゃあるまいし、津島と那古野の屋敷を空には出来ない。それに酒造りの仕事を任せてる人たちも、今回程度の戦なら酒造りを優先させるほうがいいしね。


 外部から雇うことが出来るなら、それが一番いいんだけど。統率取れるかな? 自慢じゃないが、オレは当然ながら人を指揮したことなんてない。


「私も出る」


「出るって、ケティ。そりゃ不味いでしょうが」


「衛生兵も必要」


「うーん。若様に許可貰えたらな」


 屋敷中てんてこ舞いな状況だけど、そこにケティが一緒に戦に行くって言うんだから困るよね。確かに衛生兵がいたほうがいいけどさ。


「そういえば旗どうした? あれ家紋が必要なんだよね? ウチはまだ家紋決めてなかったような」


「家紋というか、敵味方の識別が出来ればいいだけですから。暫定的に目立つ物を用意しておきました」


「おおっ、って船!?」


 それと戦国時代の合戦の必須アイテムである旗印。オレは忘れてたけどエルが用意してくれたらしい。


 綺麗なブルーの布に、金でガレオン船の絵が描かれている。エルさんや。やり過ぎじゃないかい?


「スゲー。南蛮船だ!」


「こりゃ、いいや!」


 うーん。家臣とか集まった人の評判は良好だし、いいということにしておこうか。こういうところから力を見せつけるべきだと考えたんだろう。




side:ジュリア


 たいしたことないね。清洲城も。戦支度の混乱で守護の監視がいないじゃないか。元の世界であったような忍び装束を身に纏い、アタシたちは潜入した。


斯波治部大輔しばじぶのたいふ様ですね。出来ればお声を出さずにお聞きください」


「何者じゃ?」


「織田弾正忠様の使いです。清洲城をお出になる、おつもりはありますか?」


「そちらが出してくれるのか?」


「お望みとあらば」


「妻と息子たちも頼めるか?」


「はい。心得ております。では今夜お迎えに上がります。それまで悟られぬようにお願い致します」


 なんの障害もなく斯波義統殿のところに来ることが出来た。人が足りないらしいね。警備がザルだよ。


 それにしてもエルは大胆な作戦立てるね。このどさくさに紛れて守護殿を清洲城から連れ出すなんて。天井裏から話し掛けるなんて、本当にくの一にでもなった気分だよ。


 まっ、アタシにかかれば朝飯前だけどね。




「まことに助けてくれるのか!? 大膳だいぜんの刺客ではなかろうな!?」


「止めよ。大和守。刺客ならば殺せばいいだけではないか。連れ出すということは、生かしたままわしらが必要だということ。このまま城に留まるよりはいいはずじゃ」


 アタシはセレスと共に、町が寝静まる頃に守護殿を迎えに来た。


 守護殿は意外に肝が据わっているね。問題は守護代の織田信友だよ。この程度で疑心暗鬼になるなんて、よほど坂井大膳が怖いのかね。


 さすがに夜も警備がいるけど、少し気が緩み過ぎじゃないかね。ほとんどがやる気もなくあくびをしているよ。警備の兵は睡眠ガスでみんな眠らせたし、女子供が一緒でも問題ない。


「さあ、参りましょう」


 たださすがに傀儡とはいえ守護殿だね。二十人も供の者を連れ出すとは。


 軟禁されていたみたいだから、ついでに信友も一緒に連れ出すことにした。殿には守護の救出は事前に話を通したけど、信友は話してないんだよね。大丈夫かしら。


「みんな始末したのか?」


「眠らせただけよ。朝までグッスリいい夢を見るわ」


 肝が据わってるのは守護殿と数人の側近だけ。後は終始怯えているけど、途中あまりに警備が来ないことでさすがに不思議に感じたようだね。


 門番までグッスリと寝ているんだから、殺したと勘違いするのも無理はないわ。


「そのほう。何故このまま城を取らぬ。ここまで出来るのならば、城を取ればよいではないのか?」


「ふふふ。国を治めるには大義名分が必要なのは、守護代様のほうがご理解されておられるはずでは?」


 この守護代って、本当にこういう時は駄目な人ね。毒にも薬にもならないタイプだわ。案外平和な世の中なら、いい殿様になりそうな気もするけど。


「おお、そのほうは!」


「お久しぶりでございます。守護様」


 門から外に出ると、織田信光と精鋭が三十名が待っていた。


 信光の顔を見ると、連れ出した者の顔に安堵感が見えるね。アタシとセレスは覆面をしてるし、内心不安だった者も多いのだろうけど。


「馬は使えませぬ。申し訳ありませぬが、歩きになりまする。ただこの先もこちらで押さえております故に」


 後はさっさと清洲から出るだけだね。この先も織田家が使っている忍びと、滝川家の忍びが見張っているから警戒は万全だよ。アタシとしたら静かすぎて面白味に欠けるけどね。




 風が吹き抜け草木を揺らす度に、不安そうな顔をする連中を連れて、アタシたちは那古野に急ぐ。


 しかしその時、小さな笛の音が聞こえた。


「孫三郎様。先に行ってください」


「追っ手か?」


「恐らくは」


「無理をするなよ。兄者からは、そなたらを必ず無事に連れ帰れとも言われておるのだ」


「大丈夫よ。残っている者と合流してすぐに退くわ」


 さすがに朝まで気付かないほど、間抜けじゃなかったみたい。


 アンドロイドのアタシには足音が聞こえる。追っ手の兵は一番速いのが十人くらいか。その後も続々と清洲城から四方に散らばっている。


 アタシたちは大丈夫だけど、味方の忍びが無理に足留めをしかねないからね。助けに行かないと。


 アタシとセレスは信光たちを先に行かせると、味方の忍びを目指して走る。人目がないと力をセーブしなくていいから楽だね。


「もう十分だよ。撤退しな!」


「ここは私たちが引き受けます」


 フフフ。本当、アタシたちって、くの一みたいだね。久遠家の謎のくの一とでも名乗ろうかね。


 さあ、セレス始めようか。戦闘型アンドロイドの影の闘いを。


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