第五十四話・大膳の策
side・？？？
「よいか。久遠一馬と奥方は生かしたまま捕らえよ。他は好きにして構わぬし、蔵の米や銭はくれてやる」
「おう！」
三十人か。欲を言えばもう少し人が欲しかったが、致し方あるまい。策が
そろそろ丑三つ時になろうという頃。清洲から逃げ出した流民を装い那古野城下に来たわしは、同じく殿の命により潜入した者たちを率いて、城下にある久遠一馬の屋敷にやってきた。
目的は久遠一馬と奥方の生け捕り。織田弾正忠家との戦が避けられぬと殿が考えられた策だ。
一戦交えた後に奴らを人質に和睦の交渉をして、停戦に持ち込む。他の者ならば無理かもしれぬが、莫大な富を生み出す久遠一馬ならば人質の価値はあろう。
ここ那古野はうつけ殿の城下。愚かにも流民を受け入れ無駄飯を食わせるばかりか、薬まで飲ませてる愚か者だ。
やはりうつけはうつけだな。敵方の流民を受け入れる意味も理解しておらぬとは。
城ならばともかく一介の家臣では、寝ずの番も置いておらぬだろう。屋敷に突入し火をつけて家の者を皆殺しにしたら、久遠一馬と奥方を清洲まで連れていくだけだ。
静かだ。もう秋の虫の鳴き声すら聞こえぬ季節故に静かなのだ。
屋敷の裏門から身軽な者を塀を越えて中に入れると、門を開けさせる。
策が露見せぬようにと武器は刀のみになったが、寝込みを襲うのには十分であろう。
おお、門が開いた。行くぞ！！
屋敷の中にある米や銭に女を目当てに、集めた者たちは目の色を変えて、我先にと屋敷に突入していく。
みな食うに困り、日頃から野盗を働くような
ここまで来れば策は成功したも同然だ！
「ぐあっ！！」
なっ、静かな闇夜に突然、大きな音が響き渡り、我先にと屋敷に踏み込んだ者が倒れたのが見えた。
「てっ、鉄砲だ！」
「罠だ！ 逃げろ！！」
なっ……何故、鉄砲で撃たれるのだ！ しかも数が多いではないか！？ 殿の策が露見したのか！？
「愚か者が！ 逃げるな！」
だがここで退くわけにはいかぬ。久遠一馬を捕らえねば殿は、
「あの男だ！ あの
いた！ 久遠一馬だ！ 松明の明かりの奥におる。髷も結わぬ男だ！ 奴を……奴さえ……捕らえ……れ……ば……。
side：久遠一馬
「殿も奥方様がたもお見事でございます。鉄砲は必要なかった気もしますな」
「みんなも弓、上手いね」
深夜の招かれざるお客さんは五十丁の火縄銃の一斉射撃に、オレとエルたちに滝川さんたちの弓であっさりと殲滅した。
何人か逃げたけど、集めた兵が追っていったし。城下は信長さんが封鎖しているから逃げ場所はないだろう。
ちょっと浅はかだったね。こっちも不特定多数の難民を受け入れるリスクは知っているのに。
「殿。この者が知らせてきた者です」
「よく知らせてくれましたね。褒美をあげます。家族が心配するでしょうから、夜が明ける前に家族のもとに戻るように」
「はい、ありがとうございます！」
ことの始まりは単純な話だった。清洲の
坂井大膳の誤算は集めた者の中に、那古野で治療したお年寄りの孫がいたことか。男も半ばグレているような身なりだけど、お爺ちゃんを助けたウチを襲うのはさすがに嫌だと知らせに来た。
どうせだからと男にはそのまま潜入して情報を流させて、最後に逃げるように言ったんだよね。
まあ坂井大膳は超小型の虫型偵察機を張り付けているから、それで分かっていたし。信長さんの悪友の情報網でも、坂井大膳の家臣が人を集めて那古野でなにか企んでいると掴んでいたから、結果はあまり変わらないけどね。
「グルゥ……」
「こら、ロボ。危ないから騒がないの」
門の辺りにある賊の死体は首を落として、死体は近くの寺に持って行き処分を頼むことになるみたい。首の方は町外れに晒すようだ。気持ち悪いからオレは見に行かないけど。
後始末はウチの家臣と集めた兵にやらせるようだけど、血の臭いが気になるのかロボが騒いでいて、死体に駆け寄ろうとしたのでジュリアに捕まってるし。それはご飯じゃないんだよ。
「坂井大膳か」
「
夜が明けると那古野城では信長さんの家老や重臣が集められ、さっそく昨夜の賊のことが話し合われた。
どうも賊の中には坂井大膳の家臣がいたらしく、信長さんは那古野城下に首と『清洲方は盗賊と同じだ』と、あざ笑うような立て札を立ててる。
「明日には親父が兵を率いてくる。戦だ。すぐに支度しろ」
情報はもう清洲にも伝わっているかもしれない。信秀さんはウチが襲われたことを理由に、清洲に対して手切れの使者を出し陣ぶれを行ったらしい。
欲しかった戦の口実は向こうが作ってくれたしね。世論は織田弾正忠家に完全に傾いたと見たんだろう。
実際ここ数日は清洲から逃げ出してきた人が多くて、対応に追われていた。もう商人も戦になって町を焼かれて、乱取りされることを警戒して逃げてきているからね。
尾張上四郡の岩倉城の織田
流行り病の対応を織田弾正忠家は主家の領民までもやっていたのに、清洲はそれを利用する形で流民に紛れさせた兵を差し向けたというのが、手切れの理由だ。
まあどのみち清洲とは戦になると、誰もが思っていたみたいだけどね。すでに清洲には守護を押さえている権威しかなく、その守護との不仲は有名な話だ。
織田弾正忠家は清洲との領地の境に関所を置き、一部を砦に改築し始めた。その上で知多半島を臣従させたんだから、誰が見ても次は清洲だと思うよね。
実際関所は流行り病対策だし、知多半島の臣従は信秀さんからの働きかけじゃないんだけど。信秀さんからすると、暴発したら討つくらいにしか考えてなかった気がする。
でも世間はこれを信秀さんの謀略だと受けとるだろうし、歴史もそんな感じになるかもしれないね。
水野さんとか真相を知る人は、呆れて笑っているかもしれない。
「城攻めになりそうですね。大砲も一応用意しますか」
「できれば守護様は保護したいですな」
「大砲で城門と塀を吹き飛ばせば、籠城も出来ん。降伏するであろう」
家老や重臣の皆さんは、戦の支度に領地に急いで帰っていった。ウチは資清さんに兵を集めるように頼んだけど、禄に見合う人数集まるかな？
戦略はシンプルイズベスト。兵で清洲城を囲み大砲で城門や塀を吹き飛ばして、火縄銃を撃ち込むだけ。火力万歳という感じだね。
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