第二十三話・信秀と久遠家

side:織田信秀


 ふと、先日の五郎左衛門とのことを思い出す。




「清洲が騒いでおるか」


「はっ」


「守護代家で蝮を討つが良かろうと伝えてやれ」


 清洲め。わしが美濃攻めを取り止めたことで、美濃の守護家を愚弄しているなどとつまらぬ話をしおって。己らとて守護様を我が物にしておるではないか。


 それほど守護が大事ならば己で蝮と戦をすればいいであろうに。


「どうも一馬殿のことも気に入らぬ様子」


「挨拶にでも来いと言うのか?」


「はい。殿が南蛮船での貿易の利を独占するのが、面白うないようでして」


「捨て置け。南蛮船を金のなる木とでも考えておるのであろう。その程度の輩の相手をしてやる暇などない」


 今の守護代は思慮に欠けるらしいな。人のことは言えぬが、南蛮船の価値は銭ではないのだ。南蛮船を造り動かす人なのだ。


 厄介なのは、家中ですらそれを理解しておらぬ者が多いことか。


「銭は貯めるばかりではなく使ったほうがいい。一馬殿から教わったことでございますが、某には理解するのに苦労致しました」


「搾り取るのではなく与えることで利になるか。確かに武士の考え方ではないな」


 五郎左衛門がおって良かった。一馬の考え方はあまりにも武士と違いすぎる。三郎はそれが気に入ったようだが、五郎左衛門がいなくば絵に描いた餅になるところであった。


 食う物にも困る世の中で、誰が農民を富ませることで領地をより富ませるなどと考えよう。


 恐ろしい男だ。一馬の価値は南蛮船の比ではない。懸念は当人たちに隙が多いことか。小さな島で暮らしていたからであろうが、供の者も付けぬのは良うない。


「五百貫では足りなかったか?」


「現状では十分だと思います。商いや銭の鋳造も一馬殿の利になります。それにそれ以上は家中がなんと言うか」


「家中か。五郎左衛門。三郎と一馬に付いてゆける者が、そなたと重長だけというのも困ったものだ。なんとかせねばな」


 五百貫どころの騒ぎではないな。だがいきなり領地をやるわけにもいかぬ。


 それに三郎と一馬に付いてゆける者がおらぬのも困ったものだ。


「若と一馬殿のことは、良からぬ噂もたっておりますが……」


「うつけが氏素性の知れぬ成り上がり者を召し抱えた……という噂であろう? わしが流させたからな」


「なにゆえそのような噂を……」


「あのふたりの価値をなるべく知られたくないのでな。うつけが金蔓を見つけて放蕩して、そのほうが困っていると言われたほうがやりやすかろう。一馬はその噂を知っておるのか?」


「はい。笑うておりました。このまま織田家が没落したら、己のせいにされるだろうと」


 やはり一馬は三郎と馬が合うのであろうな。家中の者にはふたりを理解してもらいたいが、外には知られたくはない。なんとも難しきことよ。


「一度ゆっくり話さねばなるまいな。そうだ。今度、飯に招かれたら知らせよ。わしも行く」


「殿。それはさすがに……」


「呼び出して作れと命じるよりはよかろう」


 それと一馬の家は飯が美味いというが、さすがにわしには声が掛からんからな。呼び出してもいいが、家中がそれを見て一馬を軽く扱えば面倒だ。こちらから出向くほうがよかろう。




 かようなことを言うたせいでこうして一馬の屋敷に来ておる。噂の南蛮の女も驚いたが、料理にも驚いた。京の都の料理とやらも食うたことはあるが、あまり美味いと思えなんだが。


 これほどとは思わなんだ。


 これは改めて言うべきことを言うておかねばならんな。




side:久遠一馬


 やはり信秀さんたちは泊まっていくらしい。夜に馬に乗って帰るのは危ないしね。


 ウチの屋敷は広いし、布団は多めに用意してあるからいいんだけどさ。


「衆道の相手は嫌ですよ」


「たわけ。違うわ」


 早い人から酔って寝ると言うので、布団を敷いて部屋に案内していく。人が減ったところで信秀さんから別室で話せないかと言われたのでつい衆道かと警戒したんだけど、違ったみたい。良かった。本当に良かった。


 別室がいいと言うのでオレの部屋に案内して話すことにしたけど、メンバーは信秀さんと信長さんに政秀さんとオレとエルの五人だった。


「あれが出来るまでは集めた銅はそなたにやる。好きに使うがいい」


「よろしいのですか?」


「その代わり鉄砲と硝石を仕入れよ。値は言い値で構わん。鉄砲は五百は欲しい」


「分かりました。今年中に納めます。ただ、若様に頼まれた口径の違う鉄砲と、船に載せている大砲もありますが……」


「うむ。一度見てみるべきだな」


 話は銅の扱いだったか。信秀さんの命で、津島や熱田では貿易用にと銅を集めてるんだよね。


 粗銅からの金と銀の抽出は、高炉とか施設を増やしたから完成まで時間がかかるんだよね。現状だと。


 今から貯めても扱いきれないのは確かだけど、思いきった決断するなぁ。


「しかし、あの高炉とやらと銭の鋳造が上手くいけば、状況が一気に変わるぞ」


「あれは我が家の独自の技も入っていますが、元になった技は明や南蛮にあるものですから。慣れるまで失敗はするかもしれませんが、成功はすると思います」


 信秀さんは高炉にも期待してくれているらしい。確かにこの時代のたたら製鉄とは比べ物にならないしね。


 ただ、高炉は始まりでしかない。陶磁器やガラス製品とかも、高炉が軌道に乗ったら始めるつもりだ。


 鉄鉱石とか石炭は、オーストラリアからこっそり採掘するものと明からの輸入品を混ぜておくほうがいいか。将来的なことを考えて明との貿易も本当に始めないと。




「しばらくは戦をしたくないが、難しいかもしれぬな」


 話が一段落すると、信秀さんは少し困ったような顔をした。


 今やるべきことが領内の開発というのは確かなんだけど、織田家は少し手を広げ過ぎてる感じもある。それを実感しているのかな?


 個人的には美濃の大垣城と三河の安祥城は一旦放棄してもいい気もするけど、この時代の価値観と武士だとまず無理だろうね。現状ではオレもあまり余計な口を挟めないし。


 秋の稲刈りが終われば農閑期に入り、春までは戦のシーズンになる。


 これはエルたちと相談して、戦の対策も考えるべきかもしれない。


「美濃も三河も直に流れが変わりますよ。酒を手始めにこちらの品物を売っていきますから。銭と品物の流れを押さえれば、織田家の優位は揺るぎません」


「だが、戦で負けてしまえば元も子もあるまい」


 長期的に見れば経済で織田家の優位は変わらない。信秀さんもそれはなんとなく分かってるみたいだけど、現実問題として戦に負けると尾張国内や家中が騒ぐんだよね。


僭越せんえつですが、よろしいでしょうか?」


「エル殿。なにか策がおありで?」


「はい。おそらく一番苦しいのはこの冬です。来年の春以降は商いや交易の銭で優位に動けます。今ある銭や米を使いきるつもりで、美濃や三河にばら蒔くのもひとつの策かと。使った銭は酒や絹や綿で回収して、米は西国や東国から買えばよろしいかと思います」


 さてどう答えようかと悩んでたら、珍しくエルが口を挟んできた。


 信秀さんは少し驚いてるけど、信長さんと政秀さんはオレの知恵袋がエルなのはもう知ってるから驚きはない。


「なるほど。戦をせぬ代わりに、こちらに付いた者に銭と米をばら蒔くか。さらにばら蒔いた分を、商いで回収するとは恐ろしい考えだな。だがその銭と米を、高炉とやらの建設に使うほうがいいのではないのか?」


「いえ。高炉は多少建設が遅れても構いません。それより織田家主導の、商いの勢力圏を作るほうが先決かと思います。与える織田家と奪う斎藤家と今川家。その構図は今後も必ず役に立ちます。与えた分はいずれ回収しますので、ご安心を」


「商いの勢力か。城ではなく銭で国を取るのも面白い。試す価値はあるな。良かろう。五郎左衛門と話を詰めるがいい」


 信秀さんにとって史実だとこの冬は転機なんだよね。


 美濃で負けて三河で負けて。確かに織田家の米や銭をばら蒔いて、味方に付いた者たちばかりか敵方の者たちにもそれを見せれば状況は変わるかもしれない。


 戦になってもこちらに有利に動く可能性は高いんだけど。


 この時代の考え方じゃないよね。やっぱり。


 それを面白いの一言で受け入れた信秀さんは、やっぱり並の武将ではない。


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