第二十四話・人の縁と人集め

side:久遠一馬


「かず! あれはなんだ!!」


 翌日。朝からテンションマックスの信長さんに詰め寄られた。エルたちと顔を見合わせて驚くが、どうも布団の話らしい。


 そう言えばこの時代の布団は元の世界と違うんだよね。そもそも四角い布団が存在しなくて、着物みたいなやつを掛け布団にしている。確か夜着って言ったっけ?


 当然、敷き布団もなくて畳があればいいほうなんだ。農民なんかはわらに潜り込んで寝てるんだから驚くわな。


「寝心地がよくありませんでしたか?」


「悪いわけがあるか!」


 朝から元気だね。信長さん。要は凄く気に入ったから欲しいってことか。


「中身はなんなのだ?」


「鳥の羽毛ですよ」


 信秀さんたちも起きて早々、布団に興味を持った。ちょっと考えれば思い付きそうなもんだけど、この時代の日本にはないんだよね。技術や品物ってそんなものだけど。


 中世ヨーロッパには羽毛布団があったみたいだから、気にせず使っているだけなんだが。ちょっと予想以上の反応だ。


「お気に召されたのならば、用意して献上しますよ。あと、中身を綿にした布団も寝心地が変わっていいですね」


 武士があのような布団など使えないとか、妙な拘りがないのなら布団くらい献上するよ。


 でも、信秀さんに付いてきた人たちのオレを見る目が、一晩で変わった気がする。正直好意的とは言えない視線もあったけど、今はそれより畏怖するような視線が少し混じっているかもしれない。


 あまりに違いすぎることが未知の恐怖を生んだかな? 信秀さんに許可を貰って贈り物でもしておくか。




 信秀さんたちは朝食を食べて帰っていった。


 メニューは焼き鮭に冷奴と味噌汁に漬け物など、質素なものにした。まあ鮭がある時点で、質素なとは言えないかもしれないけど。


「清兵衛殿、いかがですか?」


「これは久遠様と那古野の若様まで。頼まれてた品は出来てますぜ」


 信秀さんたちを見送ったオレは、信長さんたちと一益さんを連れて津島で鍛冶屋をしてる清兵衛さんのとこに来ている。


「これは農具か?」


「ええ。普請にも使えますけど。農具とか見せてもらったんですけど、あまり良さげじゃなかったので」


 清兵衛さんにはツルハシ・スコップ・くわすきなど、農具にも土木工事にも使える機具の製作を依頼していたんだ。


 ちなみにこの人、加藤清正の母方の祖父になるらしい。


 オレも最初は知らなかったんだけどね。清正の父の清忠さんが今年の春に清兵衛さんの娘さんと結婚して、今鍛冶屋の修行を頑張っているみたいなんだ。


「いい出来ですね。他の仕事の合間でいいので、どんどん作ってください。出来た品はすべてうちで買いますから」


「あっしは構いませんが。よろしいので?」


「ええ。よろしくお願いします。ああ、これ差し入れです。皆さんで飲んでください」


 この時代の農具は、木製の農具に刃先だけ鉄を使ったようなものが大半だけど、それじゃ効率が悪いんだよね。


 清兵衛さんには元の世界で見るような農具の製作を依頼していたけど、使う鉄の量が多いから製作費が刀や槍並に高くなっている。まあ清兵衛さんへの手間賃を弾んだのもあるけど。


 清兵衛さんはこんなに高い農具だと誰も買わないんじゃないかと心配していたけど。牧場とか高炉とかの建設現場や、ウチの管理する畑で使うからいいんだよね。




「これは大きいな! これならたくさん酒が造れるぞ!」


 そしてもうひとり。津島で桶屋をしてる市兵衛さんには酒造りのための大きい桶を頼んである。


 史実ではもう三十年ばかりしたら出来るはずの十石仕込みの桶を、少し技術指導して作ってもらっているんだよね。本当はもっと大きいのが欲しかったんだけど、まずは十石仕込みから始めるべきだとエルの助言もあってさ。


 ちなみにこの市兵衛さんは福島正則の親父さんらしい。別に史実の有名人を狙ってるわけじゃないんだけどね。津島で近くの職人が彼らだったんだよ。


「すまないね。市兵衛殿。急がせて。これ差し入れ」


「おっ、すまねえな。いいのかい? これ高いって聞くぜ?」


「いいよ。その代わり頼んだものをお願いね」


「任せときな。期日までには間に合わせるからよ」


 慣れない大きな桶を冬の仕込みまでにと頼んであるから、市兵衛さんにも報酬は弾んでいる。


 清兵衛さん共々、お酒とか食べ物の差し入れもよくしてるけど。ふたりからはいろいろと面白い世間話とかも聞けて楽しい。


 桶とかお酒を入れる樽とか、この先も需要はいくらでもあるんだよね。ウチでは金色酒も売っているしさ。


 少し落ち着いたら、弟子を増やしてもらいたいほどだ。




 津島での用事を済ませて一旦津島の屋敷に戻ると、一益さんの住む家とか話し合うことにしたけど、しばらくはウチに住み込んでもらうことになった。


 ウチにいるのはオレとエルたちの他は、見た目が戦えなさそうな老人の姿にしてる擬装ロボットだけだからさ。不用心だという話になったんだ。


「勝三郎。家に余裕のある奴を集めてこい」


「いいんですか?」


「暇を持て余している奴などいくらでもいる。なんとかなるはずだ」


 ただ、そんな一益さんとの話を聞いていた信長さんが、もっと人を増やしたほうがいいと助言をしてくれた。


「すみませんね、勝三郎殿。賃金は相場より多めに出しますから」


「多分、すぐに集まりますよ」


 どうやら以前から不用心だと心配していたらしい。屋敷がふたつあるのに管理する年寄りしかいないように見えるからだろうなぁ。


 五百貫の禄があるから、戦になればそれなりに人を出さないとダメだけど、ウチで用意出来る人は擬装ロボットくらいなんだよね。


 正直、擬装ロボットは戦には出したくないから、船を動かす以外には使いたくはない。


 エルたちのようなアンドロイドと違い、独自に考え行動するようなAIは搭載していないけど、日常で人と話したり出来る程度のAIと食べ物や飲み物を食べたふりをする程度の擬装はしてある。


 しかしまあ、やっぱり量産型のロボットなんだよね。何かの拍子にバレても困るし。


 信長さんたちには船を動かす以外は、人員に余裕がないと言ってある。ならば召し抱えればいいという話になり、信長さんの悪友のみなさんに行き着いたんだ。


 尾張でも織田弾正忠家の領地は、肥沃で米なんかもよく取れるから食べてはいけるけど、二男や三男だと耕す土地がない場合が多い。


 荒れ地や湿地なんかはあちこちにあるけど、いちから耕すとなれば水の問題とか肥料の問題とかいろいろ問題があって簡単じゃない。


 なんと言うか邪険にされてるとまでは言わないけど、少しはみ出しがちな者たちを信長さんが連れ出しては、飯を食わせていたらしい。


 多分史実での信長さんの初期の原動力となった兵が、彼らだと思うんだよね。教育は必要だろうけど、付き合ってみれば意外に悪い人たちじゃない。


 屋敷がふたつあるし、うちは女性が多いからね。前々から信長さんとか政秀さんにはそれとなく心配されてたんだけど。


「人が必要ならば、某の父や従兄弟も呼んでよろしいでしょうか?」


「いいけど。近江に領地あるんでしょう?」


「あるにはありますが、現状では食うのが精一杯な土豪でして。まあ、いかほどの者が来るか分かりませぬが。近江におっても先は見えてますので」


「えーと、若様どうでしょう?」


「構わぬ」


「じゃあ、来たい人は呼んでいいですよ。これからやることが増えますし、人はいくら多くても構いません。とりあえず今の暮らしよりはいい暮らしを保証しますから」


「はっ。では文を送ります」


 信長さんと何人雇うか話して、最低でも十人は必要でできれば二十人は欲しいとなった。ただそこで一益さんから家族を呼びたいとの話があったことには驚いた。


 そういや史実でも、滝川一族って他にも何人か織田家にいたね。織田家の将来性と一益さんが出世して呼んだんだろうな。


 津島と那古野の屋敷に、高炉なんかの工業村の管理と牧場の管理で、人がまだまだ必要なのは分かってる。エルたちは優秀だけど、女性だからなぁ。


 別に全部をウチが管理するわけじゃないけどさ。


 それとエルたちが出歩く時に、護衛とかお供を付けないのも信秀さんに問題視されたからね。


 まあ目立つから特に危なっかしいんだろうけど。五百貫って多分、重臣クラスだから、ひとりで出歩く人なんていないんだろうね。


 一益さんたちと信長さんの悪友のみなさんで、一息つけるかな?


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