第二十一話・一益の旅

side:滝川一益


 始めは些細なことであった。つまらぬ口論から対立し一族から追い出された。


 武家だと自称はしていたが、所詮は田畑を耕す土豪でしかない。里を出て行くにはちょうど良かった。


 惣の合議により政が行われていると言えば聞こえはいいが、変わることを嫌い、変わらぬようにと生きていく者たちとは合わなかった。


 貧しい暮らしが嫌になり家を出たかった。父はそんなわしの思いを理解しておったのであろう。止めぬまま送り出してくれた。


 堺に行き鉄砲の撃ち方を学び、武芸を磨きながら諸国を旅していた。西に行こうか東に行こうか迷うた時に、ほんの気まぐれで東に行こうと決めて、紀州や伊勢志摩を経て尾張の津島に着いた。


 尾張には血縁がある池田家がある。そこに挨拶に出向き、次は東国で栄えてると噂の今川のところに行こうか、それとも関東の覇者である北条のところに行こうかと考えながら、しばし滞在しておった時に見かけたのが南蛮船だ。


 見たこともない大きさに複雑な帆を張った船に、まるで幼子のように心を動かされる。近くにおった者に聞けば、近頃織田家に臣従した商人の船だと聞いた。


 堺でも見なかった船に驚き、鄙の地と言われる東国にこのような船があることに心底驚いたものだ。


 これも何かの縁かと思い、池田家に世話になりながら南蛮船の主である久遠殿のことを少し探ってみた。


 結果は予想以上だった。今津島で話題の金色酒の出所が久遠殿らしいのだ。他にも尾張では魚の値が下がっておるが、それも久遠殿が津島に持ってきた新しい網が理由で、魚がよく捕れるからだとか。


  屋敷は津島と那古野にあるようだが、那古野の屋敷では鉄砲の音が連日聞こえるというのだから驚きだ。


 いずこに行こうが新参者が喜ばれる家は多くない。ましてわしは一族を半ば追い出されて飛び出したのだからな。


 されど久遠殿には、まだ尾張にて召し抱えた家臣がおらぬと聞く。他の家ならばともかく、鉄砲の価値を理解し、同じく新参者の久遠殿ならばあるいはと思うたのがきっかけであった。


 久遠殿が仕官した織田弾正忠家は、織田大和守家の血縁の新しい家だ。先祖代々仕えたといえぬ者も多いと聞く。若殿の世評は少し良うないところがあるが、津島に限ればあまり悪い話は聞かぬ。商いに興味を持ち商家への理解もあるとか。


 ここは久遠殿に仕えてみるのも面白いかもしれんと思うた。




 無事に仕えることを許された。まさか噂の若殿が召し抱えるように言うてくれるとは思わなんだがな。


 久遠殿……、いや殿と久遠家と織田の若殿は、本当に変わっておる。


 飯は殿や奥方様たちが作るらしく、料理は堺ですら見たこともなく、さらに膳ではなく食卓という台の上で皆で食べることにも驚いた。


 織田の若殿のほうも上座に拘らず近くに座っておったし、なにより装束がらしくないと言われればその通りであった。


 世話になっておった池田家の勝三郎殿が、わしが仕官を許された姿を見て驚いておったのが少し面白く感じた。


 しかし立場や家柄に拘らず皆で食べる食事は、味が絶品なのは当然として本当に心地良かった。


 これは得難い主君を得たのかもしれぬな。




side:久遠一馬


「某。鉄砲は自信があり申したが」


「たいしたもんだよ。あんた。直すとこがない。あとは練習するのみだな!」


 一益さんはやはり出来る男だった。


 この時代だと鉄砲は新兵器ではあるけど、欠点も多く未だ未熟な武器でしかない。そんな鉄砲を牢人の身分でいち早く習得した先進的な考え方を、史実の織田信長は気に入ったのかもしれない。


 鉄砲が得意だという一益さんの腕前を見るために、那古野の屋敷にて撃たせてみたけど、ジュリアが褒めるくらいに上手いらしい。


 当の本人は、ジュリアのほうが撃つのが上手かったからへこんでいるけど。並の人間が戦闘型アンドロイドにあっさり勝つのは無理だろう。それにジュリアも相当練習した結果だ。


「玉薬は高価ですので、なかなか練習が出来ぬのでございます」


「うちは硝石が山ほどあるからね。ああ、大砲も船から降ろして練習してもらおうか」


「そうだね。こいつならすぐに覚えるよ」


 鉄砲も前に飛ばすだけなら農民でも出来るんだけど、自ら火薬の調合をして、ある程度でも狙うならそれなりに練習しなきゃだめなんだよね。


 そもそも統一された規格もないこの時代だと、ライフリング以前に真っ直ぐな銃身とか、丸い玉を作るのだって難しい。銃の癖を理解して火薬の調合まで出来るとなると、優秀なのは間違いないだろう。


 一益さんにはついでに大砲の扱い方も覚えてもらおう。陸上で運用するのは大変だけど、いざ必要になった時に扱える武将も必要だ。


 擬装ロボットはさすがに正体がバレたらやばいから、なるべく戦には出したくないし、ジュリアとかセレスはやっぱり女だからね。戦場には連れていけないだろうし。




「まあ、それはそれとして。今夜は彦右衛門殿を歓迎する宴でも開こうか」


「そりゃいいね」


 血生臭い話は置いといて、せっかく一益さんがウチに来たんだから歓迎会しないと。お酒はジュリアが好きだから色々あるんだよね。あとは料理か。どんな料理にしようかね。


「なんだ。親父も来たのか?」


「五郎左衛門から話を聞いてな」


 一益さんの歓迎の宴を開くことにしたけど、信長さんは参加するみたいだから、政秀さんも使いを出して誘ったら、何故か信秀さんまで来ちゃった。


 もっと気軽な身内の歓迎会にしようと思ったのに、一気に本格的な歓迎の宴が必要になった。普通、身分があるとこうやって気軽に来ることあまりないと聞いたんだけど。


「突然すまぬの。先日、殿にラーメンの話をしたときに、次は声をかけよと言われましてな」


 信秀さんが来たので慌てて出迎えたけど、政秀さんいわく原因はラーメンらしい。そこで呼び出して作れと命じないのが、優しさなんだろうか?


 ともかく料理の準備しないと。そもそも今日はそんなに珍しい料理にする予定じゃなかったんだけどな。


 お供も五人ほどいるから、料理の数も変わる。


「エル。料理は大丈夫?」


「予め多めに作っていましたから。ただ、何品か追加で作ったほうがいいでしょう。任せてください」


 料理の完成までもう少しかかるし、とりあえず酒でも出してつないでおくか。


 少し緊張するなぁ。信長さんは初対面からあまり身分を意識する行動でなかったので緊張しないけど、信秀さんは一度会っただけなので緊張する。


 政秀さんがいるし、オレが日ノ本に不慣れなのは知っているので無礼者と言われることはないだろうけどさ。


 ああ、遅くなれば泊まることになるのかもしれないな。那古野から清州は近いけど、お酒を飲んだあとに馬に乗って帰るの危ないし。寝所の用意もしないと。


 一益さんは、まあ大丈夫か。なんたって史実の織田四天王だしな。一応、教えておくけど挨拶くらいは出来るはずだ。


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