第一話・それは奇跡か偶然か
side:一馬
日が西に傾く。電気もないこの時代はもう夕食の時間だ。ウチでもエルたちが食事の支度をしている。
お風呂もない屋敷なので、当面は大きなたらいにお湯を入れて体を洗うことにしていて、オレは水を汲んだりと、その支度をしておく。
「今日も終わりか」
元の世界と比べてゆっくりとした時間が流れていると感じる。気にせいだろうけどね。
どこからか聞こえるカラスの声にオレは、僅か数週間前のことを思い出していた。
宇宙要塞シルバーンの中央司令室にあるメインモニターには、カウントダウンしていく数字とラストイベントの映像が流れている。
最後ということでバカ騒ぎしているプレイヤーも多い。
個人ではギャラクシー・オブ・プラネットでもトップクラスの戦力を保持するオレも親交があるプレイヤーに誘われたが、そんな気にはなれずに断った。
中央司令室はしばらく会話がない。いつもはオレと百二十人のアンドロイドやバイオロイドで賑やかなんだけどなぁ。
十五年だ。オレがこの世界に費やした月日は。十五から初めて今年三十になる。ちょっと古い言葉でいえば、本当にオレの青春だった。
早くに両親を亡くして天涯孤独となっているオレは、サービス開始した時から共にいるエルといる月日のほうが長くなるところだった。
残り三十分を切ると、とにかく目立とうとしたり特攻しているプレイヤーが続々と出始める。
カウントダウンするモニターが見たくなくなり目を閉じる。
ふと、リアル過ぎる仮想空間の弊害が、昨今の社会問題となっているとの話題を思い出す。現代ではVR世界で生きるために現実世界で働くなんて人も珍しくなくなっている。
オレも人のこと言えないけどね。
「司令、そろそろお時間です。長い間ありがとうございました」
エルの声に目を開くと、いつの間にか残り一分を切っていた。いつの間にかアンドロイドのみんなが集まっている。
「みんな、今までありがとうな」
みんな静かだなと思ったら、泣いている子も大勢いる。オレもこれ以上なにか言うと泣いてしまいそうだ。
「司令、きちんとリアルを生きてください。最後に私たちからのお願いです」
「エル……。わかったよ。ありがとう」
高度な仮想空間のアンドロイドは人と変わらぬ自我がある。そんなこと当たり前の時代だ。特にオレたちはエルに制限など可能な限り設定せずに自由にしていた。
だからこそ……。
さよなら。シルバーン。
さよなら。みんな。
意識が覚醒していくのを感じた。ログアウトしたのだろう。
「……エル?」
見慣れたリアルの部屋に天井じゃない。そして首を動かすと何故かエルがいた。
「動いちゃダメ」
起き上がろうとするが、ケティに止められた。よく見ると心電図などの医療機器に繋がれている。
「なにがあったんだ?」
ケティの診察を受けつつ、意識がはっきりしたことで疑問を問いかける。ログアウトしたはずだよな。
「現在、ギャラクシー・オブ・プラネット、サービス終了から六時間が経過しています。サーバーとの接続はサービス終了と同時に途絶えました。それ以外にもインターネット回線及び外との通信はすべて接続不能です。さらに……バーチャルシステムからのログアウト不能となっています」
淡々と語るエルの声に何時になく緊張感がある。あり得ない。インターネット黎明期に流行ったネット小説じゃあるまいし。ログアウトだけはなにがあっても出来るはずだ。
「これがなにに見える?」
「なにって、血か? ……って血!?」
なにが起きているんだと考えていると、ケティがオレの腕に注射器を指して血を採取していた。注射器に入った真っ赤な血にオレは愕然とした。
ギャラクシー・オブ・プラネットはリアルさを売りにしてはいるものの、セクシャリティな制限と残酷な制限はされていた。当然、血が流れるなんてこともない。
「今、私たちアンドロイド全員の血液検査とDNA検査をしている」
「それって……」
「あり得るはずのない事態が起きています」
冗談を言っている様子ではない。ケティもエルも真剣だ。
「シルバーンの光量子コンピュータはこの事態を異次元への転移だと回答しています」
一体、なにがどうなっているんだ?
「七十二時間過ぎたか」
「はい、この時点で強制ログアウトがないということは、バーチャルシステムとしては過去の事例から考えてもありえません」
シルバーンの会議室にはアンドロイドたちが集まっている。サーバーとの通信が途絶えて七十二時間。この間にいろいろと分かったこともある。
エルは過去のライブラリーからVR空間の不具合などを探したが、やはり今回のような事態はなかったそうだ。
「医療部より報告。司令とアンドロイド各体の検査が終了した。一言で言うと全員生体反応がある。DNAならびに各種検査の結果、生命体だと断定する。今までと違い、生命体としての弱点が有効になると思われる。各自、行動には気を付けるようにしてほしい」
「戦闘部より報告。宙域に敵も味方もなし。それどころか人工物がまったくない。あとシルバーンの現在位置が判明したよ。木星近郊だ。地球の通信がまったく探知出来ないから偵察機を飛ばしたら面白いことが分かった。現在は西暦一五四七年、電気もなけりゃ、飛行機もないよ。中世だね」
淡々と報告する医療部のケティと戦闘部のジュリアの報告に、会議室は静まり返っていた。
各種証拠となる情報や映像がモニターに写されていて、これが冗談でないことを示していることからも、みんな真剣だ。
「調査研究部より報告致しますわ。各報告から私たちの置かれた状況は仮想空間を離れていて現実世界に転移したものと思われます。光量子コンピュータの予測では仮想空間への復帰はほぼゼロとなっていますわ」
「開発製造部より報告ネ。シルバーン及び各種艦艇とロボット兵、バイオロイドに異常はないよ。資源備蓄も当面は問題ない。ただし、帰還困難となるならば資源入手を検討してほしいネ」
オレはアンドロイドたちを五つの部門に分けていた。司令部、戦闘部、医療部、調査研究部、開発製造部。ギャラクシー・オブ・プラネットにて効率的なプレイをするには、相応の人員と組織としての形態が必要だったんだ。
それが、今の状況でも生きているらしい。
「司令、その申し訳ございません」
「うん? なにが?」
「いえ、そのログアウト出来ない限り、元の世界に戻れません」
緊張感あるみんなの視線がオレに集まったので何事かと思ったら、エルが申し訳なさげに頭を下げた。
「別にいいよ」
お前なに言ってんだと言わんばかりの視線で見るのはやめてほしい。オレは正気だし、落ち着いているから。
「ですが……」
「正直、ラッキーだと思ってる。リアルに未練ないし、みんなと一緒にいたい。地球が中世ならオレたちの存在を発見されて騒がれることもないだろうしさ。このままでいいや。一五四七年だと、戦国前期だね。織田信長とか見てみたいなぁ。歴史も結構好きなんだ。オレ」
駄目だこりゃと言わんばかりにため息をついたり、馬鹿笑いしている子もいる。
別にいいじゃん。ひとりで知らないところに放りだされたら困るけどさ。ギャラクシー・オブ・プラネットでも無敵だった宇宙要塞シルバ―ンとみんながいれば、怖いモノなんかない。
それにめそめそと泣いたり、帰りたいと絶望するよりいいだろうと思うんだけど。
「各自、細心の注意を払ってこのままお願いね」
資源の入力くらいか。決めておくことは。あと念のため防衛網も整備するか。
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