第18話 押し通せたのか?
橋本は離れた所で固まったまんま動かないでいた。そこだけ時間の流れが止まってしまったみたいになっていた。
もしかしたら、俺が特異体質で橋本には今の凛が見えていないとか。と考えてはみたがそれは無いか。それだったらあぁして固まっている理由もないし、俺を呼ぶなりこっちに来るなりするか。
なら次に考えることはひとつだ。この後どうすればいい。少なくとも逃げるのは無しだ。結局は追求されることになるだろう。時間稼ぎ。なんて言ってられないだろう。
なら凛に頼めば、この時の橋本の記憶を抹消させることは出来ないのか?それかいっその事、ありのままに全てさらけだしてしまうか?
どうすれば良いかと考えている俺たちのところに、橋本がまた一歩近づいてきた。
「凛ちゃん。もしかして……」
橋本が近づいてきて凛の周りをクルクル回りながらじっくりまったりと眺めている。これで橋本には今の凜の姿が見えていないという可能性は消えた。
そして俺たちの正面に止まってから凛の手を握って――――――
どういう訳か目を輝かせていた。
「まさかのコスプレイヤー?!」
「は?」「え?」
「まさかの展開だよ! すっごいよコレ! まるで本物かってくらいに完成度高いし! しっぽとかもう本物みたいな触り心地だしさーもぉーふかふかだよー」
「あ。えぇとー……」
今度は服にまで手を伸ばし、立派な尻尾を優しく撫で回していた。
「思った通り。やっぱり凛ちゃんに和服は相性抜群だねー」
橋本さん、まさかのコスプレ趣味ですか。そういや前に巫女服似合いそうとか言っていたけど、まさかのそういう方面だったんかい!
てかなぜその結論に至るのか。さっきまで親睦会の会場探しに出歩いていたんだから、その後すぐにこんな姿していることに疑いはなかったんですかあんた。
思わぬ事で凛もそうだけど、俺だって驚いて開いた口塞がらなかったわ。人にはいくらか隠してることもあるって言うけど、まさかのだよ!
まぁつかぬ事いえば……コスプレじゃなくて本物ですね。本物の尻尾ですねそれ。
というかそういう勘違いをしているのか……って待てよ勘違い?
その考えに至り、俺はすぐさま閃いた。この状況、逆手に取ればなんとか丸め込めると。
「あ、あぁーそうなんだよー! 前に橋本が言ってたことちょっと思い出しちゃってさー。凛もちょいとばかし乗っかってくれるもんだったから……」
「ゆ、祐真さん?!」
そら凛も驚くわな。いきなりこんなこと言ってしまえば。少々無理がある気もするが、これ以上の最善策なんざ今の俺には思いつかねぇよ。ともかくこれで行かせてもらう。
凛の近くで囁くように俺は言った。
「橋本はお前の格好をコスプレだと思っているんだ」
「あのー。コスプレってなんですか」
「後で説明する。ともかくこの状況は利用できる。そうだと思ってもらえれば凛の正体がバレずに済む」
「あ。成程」
「俺がなんとか言いくるめておくから、その隙に」
「は、はい!」
凛を向こうの茂みの影に追いやってから、すすっと顔の向きは橋本の方に戻す。
「そ、それでさー。俺もあんまり知識とかなかったからちょこちょこーっと調べてみながらあれこれやってみてさー。橋本的にはどう思うよ」
「初めてやったなんて思えないくらいの完成度だったよー。特にあの尻尾! 九尾って言ったらいいの?! 威厳を感じるような存在感があったし、触り心地よかったし! 相当出来がいいのかな?」
「そ、そうか。いい評価貰えたって言うならよかったよ」
コスプレも何も、モノホンですねあれ。決して人工物じゃ真似出来ないクオリティですから。
「ねぇねぇ。今度色々と着せてみたいものとかあるんだけどどうかな? メイド服とかチャイナドレスとか!」
「そうかい。本人に頼んでくれ」
「架谷くんにも頼みたいの! 大丈夫大丈夫! ちゃんと男物の衣装だから安心して!」
「なぜ男物の衣装まで持ってる?!」
「一時期男装にハマっていたから!」
「……」
幅広いっすね。
「あとはねー、あのディバイン・アルケミストに出てたモルドレッドってキャラ! 私が初めて引いた星五のキャラなんだけど、衣装すごくかっこよかったから自作できないかなー。って頑張ってるんだけど、もし完成したら見てもらいたくてねー!」
「あれか。俺もモルドレッド持ってるからわかるけど、あの衣装かなり作りこんであるっていうか複雑だから、自作するのは大変なんじゃないのか?」
「そんな事言わないでよー! 色々試行錯誤して衣装作る時間も楽しいんだから!」
「お、おう……」
にしても何だこのマシンガントークぶりは。こんな橋本は初めて見たわ。普段こそ少しばかりか会話はするが、まさかコスプレの話題でこうも嬉しそうに話するとは思っていなかったから、あまりの落差に驚いてるよ。
なんとか話し相手してる間に、さっきまでのシンプルな格好に戻った凛が向こうの木の陰の方から走ってきた。
「あぁーもう着替えちゃったのかー。できるなら写真に収めたかったんだけどなー」
「ちょっと……お恥ずかしいので御遠慮願えると」
「そうかー。なら仕方ないかー」
写真が取れないことを悲しんでいる橋本だが、やっと冷静になって思うことがある。
どうして今彼女はここにいるのかと。
「それで、橋本はなんでここに来たんだ」
「あぁ。そうだそうだ。はいこれ」
橋本はカバンから財布を取り出すと、その中から小銭を何枚か取り出して俺に手渡した。
「二百円?」
「お昼の時のお釣り。そういえば返すの完全に忘れちゃっててね。バス待ってる時にようやく思い出したんだ」
左手には、二枚の百円玉が乗せられている。
「なにも今日じゃなくて良かったのに……俺そこまでうるさくないからさ」
「私おっちょこちょいって言うか、忘れやすいからさ。だから覚えているうちにって思って。バスが来るまで時間もあったから追いかけて行ったんだけど、その時に家とは違う方向に走ってく二人を見つけたからそれでね……」
「いや……来なけりゃよかったみたいな顔をしなくてもいいからさ……」
その後橋本は、バスの時間が近いというので、大急ぎで通りの方に走っていった。ともかくこれで一段落……か。
「今回は不幸中の幸いだったな。橋本の趣味のおかげで何とか隠し通せたわけだし」
「ですね……今後は気をつけた方が良さそうですね」
「そうかもな」
なおのこと、下手にあの姿になる訳にも行かなくなった。いつどこで、誰が見ているか分からない。常にそうなることを想定した上で行動する必要がありそうだ。
「ところで、結局コスプレってなんなんですか?」
「コスプレっていうのは……俺もそこまで詳しい訳じゃないが、アニメや漫画に出てくるキャラクターの格好をしてみて、雰囲気を味わう? って言ったらいいのかな」
「そんな楽しみがあるんですね」
「そういうこったな。というか、これまでそういう話はしてなかったのか?」
「はい。桐華さんがそのコスプレというのが好きだと言うのは、初めて知りました。今までそういう話はされていなかったので」
「そうか…まぁ知ってりゃ今更、そんなこと俺に聞かないか」
凜の場合、すぐ俺に聞いてきそうだし。
「それにしても凄い勢いでした……。あんなに前のめりな桐華さんは初めて見ました」
「そうだな。俺も初めてだ。自分の好きなこと話せるやつを見つけられたのがよっぽど嬉しかったんだろうか?」
「そうでしょうね」
「ともかく帰ろうか。色々気になることもあるかもしれないけど、時間が時間だからさ」
「そうですね」
なんとか乗り越えることは出来たのだろうか。しかしそうなっては後々のことが大変かな……。まぁでも正体がバレるよりかは、遥かにいいか。
夕日でオレンジ色に染まった空をバックに、俺達は自宅へと歩いていく。
その翌日。休みを利用して俺はネットを使い、本来の目的そっちのけで、コスプレの何たるかについてを調べていた。
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