第17話 これはヤバいのでは?
「なぁ。何があったんだ?」
凛の正体がバレたかもしれない。ということを想定しながら唖然とする三人に事情を聞く。すると帰ってきた言葉は――――
「すっごいかっこよかった! 男相手にバチコーン! ってさー!」
「迫力あった」
言ってることがてんでわからん。誰か詳しい説明を求む。って思ったところに橋本が。
「えっとね……凛ちゃんに助けてもらったの。男の人達にナンパされた所を」
「そんな大層なことはしていませんよぉ……」
話を聞くについさっき、俺がトイレに行ってで四人から離れていた時のことだ。
「まずは何処から行くんですか? 桐華さん」
「ひとまずはここから一番近いとこ。歩いて数分で行けるよ」
「じゃあまずそこだな!」
「でもその前に架谷くんを待たないと」
先に店を出た四人は、これからのことについて確認していた。そんな時であった。
「そこのお嬢さーん」
若い三人の男性が、橋本らに声を掛けた。
「あの……私たちですか?」
「そーそー君たち君たち!」
「俺らと一緒に遊ばねぇか?」
「あのーすみません。私たちこの後予定が入っていますので……」
「そうそう! 明莉達、大事な予定があるの!」
「釣れないこと言わないでよーいいじゃねーかー」
ナンパされたんだそうだ。橋本が頭下げながら断ろうとしていたが、男たちは諦めが悪いのか、なおのことグイグイと迫って来たそうで。
「ホントにゴメンなさい」
「そんな遠慮なんかしなくていいからさー」
「ひゃっ?!」
そう言うと一人の男が谷内の左腕の方に右手を伸ばし、手首を掴んだ。普段の口数が少ない谷内でも流石に驚きが言葉に現れ、咄嗟にその腕を振り払った。
「なんだよいいじゃねーか……」
それでもしつこく、今度は橋本の方にその右手を伸ばそうとする。しかしその腕が彼女に届くよりも前に、それを掴む手があった。
「あ?」
橋本の左に立っていた凛の右手であった。そして男の右腕を掴んだまま、キリッと睨みつけていた。
堂口曰く、その時の彼女の目は先程までの穏やかなものではなく、猛獣の威嚇を思わせるような迫力であったと言う。
「な、なんだよ……?! あごぁあ゛!?」
彼女が右腕に力を込めると、男が悶絶しだした。
僅かにミシミシと音が聞こえてくる。男の太い腕を、彼女の白く小さな手が握り潰そうかというくらいに。
そしてその右手を少しだけ自分の方に寄せてから――――
「うおっ?!」
そのまま振り払い、右手の力だけで自分よりも大きな男を道端に転がすように投げ飛ばした。男は放り出され、地面を二回転がった。
残りの二人はその光景に愕然とするしか無かった。そしてその男たちの方に、凛が一歩前に近づいてから言い放ったのだ。
「随分としつこいんですね。騒ぎになるのであまりこういうことはしたくありませんが……これ以上私と私のお友達に手をかけるというのなら――――」
そしてもう一歩。前に。相手よりも小さいその少女は、その風格だけで、完全にこの場を制圧していた。
「手加減しませんよ?」
そしてこの追い打ちであった。
二人組の男は身震いしていた。目の前にいるのは、さっきまでの大人しそうな少女では無い。自らよりも大きな者でさえ軽々とあしらってしまった血の気のある少女だ。この二人にとっては、凜が違うものに見えていたのかもしれない。
眼前に立っている凜に脅えたのか、二人組の男は転がされた男を回収し、情けない悲鳴をあげながら逃げていくのであった。
「「「……」」」
男たちの姿が見えなくなるまでの間。橋本たちはただ黙って立ち尽くしているだけであった。
そして三人組の姿が見えなくなったところで俺が店の中から現れた。という次第だとの事。
「といった感じで……」
「そういうことか……」
凜が橋本たちを守ってくれていたのか。それにしても一人で男三人を相手にした……か。
「すまんかったな。こういう時に男の俺が力になれなくて」
「そんな気にしなくてもいいよ。架谷くんが悪いわけじゃないんだから」
「いやでも……」
「ともかく。無事に済んだことだから気にしなくてもいいよ」
「そうそう。なんやかんやあったわけだけど、私らは無事なんだから」
「うん。びっくりした…けど」
まぁ当人らがそういっているのなら、これ以上気にかけるのはかえって迷惑だろう。ならばそっとしておくほうがいいか。
「じゃあ早く行こうか。時間も押しているわけだから」
「はーい」
「そうですね」
返事をしなかった谷内も軽く頷いて答える。俺も彼女同様にそうした。そして最初の店に向かって移動することに。
「……」
「どうかしましたか? 祐真さん?」
「あぁ、いやなんでもない。それよかありがとな。橋本達を守ってくれて。俺からも礼を言わせてくれ」
「谷内さんたちが困っていたので、当然のことをしただけです」
「そうか。一応聞くけど、変なことしちゃいないよな」
「大丈夫ですよ」
途中からは小声で。凜にしか聞こえない声量で話した。
これ以上はあまり気に掛けないように。とは内心思っていても、やっぱりそうは言っていられないというのは事実だ。
時々忘れてしまいそうにはなるが、彼女は人間ではない。九尾という妖怪だ。橋本たちは、男三人相手でも軽くあしらってしまった凜の身体能力の高さに驚いていたが、それもこれも全ては人間であるか妖怪であるかという違いなのだろう。
とここで、一つの疑問が浮かび上がる。橋本たちの話を聞けば、凜はそこまで羽目を外してはいないだろうが、もし本来の姿で全力を出していたというのであればどうなっていたのだろうか。
いや。このことについてはこれ以上想像するのはやめておこう。というよりも想像することができないという結論に至った。なんとも情けない。
そのあとは特に問題なく。予定していた三軒の店を下見していった。予算やアクセス等の条件なんかも確認。今日決定というわけではないが、決めるにあたっていい情報が得られた。
「それじゃあ私たちはこっちですので」
「また月曜日にねー!」
谷内と堂口はバス停の有る大通りのほうに歩いて行った。さてと。
「橋本は行かなくててよかったのか」
「わたしはもうちょーっとだけやることあるからさー」
「そっか。じゃあそろそろ時間だし、俺たちも行くわ」
「今度また学校で」
「はいよー。二人ともまたねー」
橋本に見送られて、俺たちも家に帰るとしますか。
「今日はいい時間を過ごせました」
「そうかい。ならよかったよ」
「親睦会楽しみです。それに……」
「ど、どうした?」
話をしていたら、突然凜が黙り込んでしまった。何があったっていうんだ。
「……祐真さん。帰る前にちょっと寄り道してもいいですか?」
「それは構わんが……もしかして例の件か」
凜は言葉に出さず、黙って頷いた。
「わかった」
そのあとは特に何も聞かず。凜についていくと辿り着いたのは家の近くを流れる川の近く。少し茂みになっている人の目にはあまりつきにくいひっそりとした場所であった。
「この辺り、ですかね」
「特に変なものは見えないが」
「そうですか……周り、誰かいますか?」
「特に見当たらんが……」
「なら少しだけ」
凜がそういうと、一瞬だけ光に包まれてからあの時見た九尾の姿に変わった。ついでに服も最初会った時に見た和服に変わっていた。
「いいのかこんなところで」
「少しだけです。このほうが気配を感知しやすいんです」
「いつものあれだとどうしてもあれなのか? 力が抑えられているっていうか」
「そんな感じですね。これなら全力が出せます!」
「そ、そうか……」
やっぱりあの時は全力じゃなかったのか。そうなると本気で暴れられると手の付けようがないな。凜は大人しいからそんなことはないと思うが、怒らせないようにしなくては。とこの時思ったよ。
でもって凜の反応を待っていた俺だったんだが、しばらくして返ってきた言葉は――――
「あ。だめだ」
「へ?」
「逃げられたっていうか……反応そのものがきれいに消えちゃって……」
「それ逃げられたんじゃないのか?」
「それなら少しの間は何となくでも感じられるものがあるんだけど、そうでないのはちょっと気になる」
「そうか。まぁないモノ追っても仕方ないだろ。もう帰ろうか」
そう思って家のほうを振り向いた時だった。近くにいたその人に、俺たちは驚いた。
「「……!」」
さっき別れたはずの橋本がそこに居た。
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