俺の家に狐が居候している

如月夘月

九尾との出会い

第1話 その出会いは御札と共に

 突然こんなことを言うのもなんだが、俺は静かに、穏やかに暮らすのが好きなのだ。


 架谷祐真はさやゆうま、高校一年の十五歳。特にクラスのムードメーカーというわけでもなく、格段何かで目立っていると言うわけでもない。極々普通の学生である。

 何かずば抜けた特技があるわけでも、才能があるわけでもない。運動能力や学力に関しても決して一段と悪いわけでもなく、際立って突出したものもこれと言って無い。平均点くらいと言うところか。これらを踏まえて一言でいうなら平凡である。

 具体例で言うならドラマのただの通行人といったエキストラとか、ロールプレイングゲームで言う村人Aといった、目立たない存在だ。

 世の中には目立ちたい、脚光を浴びたい。という人もいるだろうが、俺にはそういう願望は無い。


 球技大会で大活躍をしようなんて望まないし、テンションフィーバーなパリピの如くはっちゃける気もない。

 文化祭でお芝居をするなら裏方の大道具係でもするか、劇壇に立てと言われても黒子を俺はやるだろう。

 とにかく俺は目立とうとは思わないし、際立って注目されるようなことをするつもりも無い。


 普通に学校に通って、適度に馬鹿話のできる男友達がいて、変わり映えがなくとも何を気にすることなくのんびりとできる高校生活。そんなごく普通の生活を俺は……したかった。


 その……なんだ。ここで過去形になっているわけだ。言わずともお察しは着くだろう。今は俺が望む静かな生活が、送れていないということだ。

 高校に入学して最初の数日は良かったんだ。同じクラスの気の合う男子と友達になり、クラス内で特に目立つことも無く楽しくやっていた。部活をどうしようかとか、この先の高校生活のことについて色々盛り上がっていた。

 問題はしばらく経った金曜日。その夜に起こった事こそが、全ての始まりだったのだ……。





「じゃーな祐真」

「月曜に感想聞かせろよ!」

「おう。じゃーなー」


 学校の最寄りのバス停で友人と別れ、一人家への帰路につく。コードレスイヤホンを耳に装着し、耳に流れる歌を時折口ずさみながら、さらに十分程歩く内に自宅に到着。

 自分の部屋で適当に過ごした後、母さんと中二の妹とで夕飯をとる。飯を食べたら風呂にゆっくりと浸かり、学校の課題をこなし、終わったら寝るまでの時間は自分の部屋で漫画を読んだり、スマホを弄ったりしながら適当に過ごす。それが俺のいつもの日常である。

 その何気ない、いつもというのが俺にとって当たり前のことであり幸福なのであった。誰にも邪魔されずひっそりと、自分のやりたいことのできるこの時間こそ、俺の一番好きな時間だ。



「全く週末課題のクセに、どうしてこうも難しいんだよ嫌がらせかオイ。あの数学教師、課題のことになると結構うるさいんだよ……」


 風呂から出たあと、嫌味と愚痴をこぼしながら数学の週末課題の問題を解いていく。数学は嫌いではないんだが、時々途中式を書くのが面倒に感じてしまう。高一四月の段階で弱音を吐いているようだと、この先やっていけないんだろうな。


「えぇーっと、こっちを足してそれで……あれ?」


 そして数学教師の考え事をしてたせいだ。どれを足したのか、そうでないのか分からなくなってしまう。しまいに係数までもがごちゃごちゃになる。aが何乗でbが何乗なのか。紛らわしくてありゃしない。

 結局、項を一個掛け忘れてることが発覚。消しゴムで途中式を全て消して解き直し。全く書くことばかりが多くて嫌になる。

 ようやく指定された範囲を一通り解き終えた。外の空気が吸いたくなったので窓を開け、ベッドに背中から倒れ込む。窓から吹くそよ風が心地よく感じる。


 壁の時計に目をやると、午後十時をとうに過ぎていた。思いのほか課題に時間を食ってしまったようだ。

 さて何をするか。そう考えるまでもなく次にやることは決まっていた。新しくできた友人の一人、拓弥から借りていたアニメを見ることだ。

 今日学校でそのアニメの話をしていて、原作のラノベ小説は読んだが、アニメの方はまだ見ていないって言ったら後日、気前よく円盤を箱ごと貸してくれたのだ。何かとあいつらしい。

 明日は土曜日。学校もないので徹夜して観ようと貸してもらった時に決めたのだ。徹夜を決め込むために、コンビニでスナック菓子とジュースも買ってきた。準備は万全だ。

 まずは拓弥から借りた物の入った紙袋と、ヘッドホンを用意しようとベッドから起き上がる。その刹那であった。


 開けておいた窓から、何かの紙切れが風と共に部屋に入り、俺の頭に当たった。その後謎の紙切れはふわふわと部屋の中を漂いながら、ゆっくりとフローリングの床に落ちていく。


「なんだいったい……」


 とりあえず部屋に入りこんできたそれを拾い上げてみる。


「御札かこれ? 奇妙なこともあるもんだな……」


 最初に見えた面は真っ白であったが、拾って裏返してみると、赤い文字で何やらびっしりと描かれていた。

 そのいかにも御札というべきものは、なんとも不思議なものであった。いくら目を凝らしても、なんと書いてあるのか読めたものではなかった。そもそも記憶の限り見たことのない文字だコレ。


「とりあえずその辺にでもおいとくか。どこの神社か寺のもんか知らないけどなんかご利益でもありそうだし。捨てたらなんか罰当たりそうだし……」


 クシャクシャに丸めて捨てるのも罰当たりなものかと考え、とりあえず勉強机の上に置いておくことに。あれについてはもう特に考えなくてもいいだろう。

 開けていた窓を閉めて、さて今度こそアニメを見よう。とテレビの電源を入れようとした時だった。


 突然、さっき机に置いたものが妖しげな白い光を放っていた。その光はだんだんと輝きを増して大きくなっていく。

 そして俺は身震いする。

 もしかしてこれってあれか!? 俺今から異世界にでも召喚されるのか?!

 なんかワクワクするけどそういうのはゴメンだからな!! 異世界に行ったら行ったで、絶対穏やかに暮らせないことは想像つくし! 悠々自適にスローライフを送ってみた。みたいなラノベとかもあるけどさ、絶対俺の場合チート能力貰おうがそうなる前に死んでしまうって!

 俺が慌てふためく中でも、その光が収まることなくさらに輝きを増していく。そしてその光はあっという間に部屋を飲み込んでいった。




 尚、俺は異世界に飛ばされることはありませんでした。



 少しづつ目を開いてみるけど、見えているのは間違いなく俺の部屋。あれ? ならあの光はなんだったんだ? そう思いつつもゆっくりと視界を広げていって、その後思考がフリーズ。


「はぁ~あ。これホントに馴れないのになぁ……。でもひとまず成功でいいのかな……」


 夢を見ているのではないかと一時は考えてしまった。理由は明確。さっきまで俺以外誰もいなかったはずの自分の部屋に、一人の少女が座り込んでいた。

 その少女は高いとこから転がり落ちて、尻もちついた後かのような姿勢で俺の目の前に現れたのだ。

 和服を着たセミロングの金髪美少女。綺麗な声、艶やかな髪に、僅かに見える色白の肌。和服の帯で強調される胸部。

 アニメのコンテのやつをそのまま切り出したかのような……と心のうちで思ったことを、もろに口に出しそうになったところで少し我に返った。何がどうなっているんだと。

 だってそうだ。部屋の中が光に包まれて、何が起こるのかと思えばこれだもの。目を何度もぱちぱちさせてみる。状況は変わらない。自分の右頬を思い切り叩いてみる。やっぱり状況は変わらない。

 そう。ところがどっこい夢ではない。現実である。今俺の目の前には見知らぬ女の子がいる。


「それにしてもここ何処だ……ろぉ……」


 少女がそう言いかけた途中。窓際で立ち尽くし自分のことを眺めている俺にようやく気がついたようだ。俺も彼女も、今の状況に思考が追いつかずこう漏らす。


「「 どういうこと(なのーー)!!」」


 この場にいた俺と美少女の叫んだことは、調子こそ違えどほぼ一致していた。

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