不幸ボタン

あかりんりん

不幸ボタン

ある朝、目を覚ますと目の前に死神がいた。


本当に死神かどうかは分からないが、一人暮らしの8畳の狭いアパートの一室に、見るからに死神の格好をした何者かが立っていた。


それは、顔や手はガイコツで、全身に黒い布をまとっていて、少し宙に浮いていて、大きなカマを持っている。

死神と聞いて、おそらく一番最初に想像する姿だろう。


僕があっけにとられていたら、死神が話を始めた。


「やぁ、俺は死神。お前は実にラッキーな人間だよ。なんだって、他人の人生を変えることが出来るアイテムをもらえるんだからな」

死神は低い声でそう言って、僕は真ん中にボタンが付いている四角い物を渡し、死神は続ける。

「これは不幸ボタン。お前がキライなやつの顔を思い浮かべて、この真ん中のボタンを押すんだ。するとどうだろう、そいつに不幸が訪れる。1度押せば1度の不幸。2度押せば2度の不幸だ。面白いだろう?キャッキャッキャッ!」

笑い声だけは甲高く、気味が悪かった。


「確かにキライなやつはいるけど・・・ちなみに教えてくれ、どのくらいの不幸が起こるんだ?」

僕は半信半疑で話を聞きつつも、気になる事を質問してみた。


「それは俺にも分からんが、怨みが強ければ強いほど不幸も大きくなるって他の人間は言っていたなぁ。まぁ俺はそのボタンを押したことをも無いし、怨むくらいなら殺すさ。死神だからなぁ。キャッキャッキャッ!」

また甲高い声で死神は笑う。


「不幸ボタンを押すか押さないかはお前次第だ。それはお前にやるんだからな。じゃあな。お前の人生が充実すると良いなぁ!キャッキャッキャッ!」

そう笑いながら去ろうとする死神を、僕は呼び止めた。

「ま、待ってくれ!これを押すといつか俺が死んだ後にお前に魂を食われるとか、そういうペナルティは無いのか?」

自分だけが幸福になるなど、そんな上手い話が無い事はこの世の常だ。

絶対にペナルティがあるはずだ。

と意気込んで質問してみたが、答えはあっけらかんとしたものだった。

「キャッキャッキャッ!それは映画や漫画の見すぎだよ!だいたい、魂なんか食えないし俺は死んでるんだからメシを食う必要もないんだよ。まったく、デタラメな情報が多すぎるんだよ。腹が立ってくるぜ・・・」

意外すぎる回答で、僕は何も言えずに黙ってしまった。


「じゃあな、俺は帰るぜ」

そう言って死神はパッと消えた。


「うーむ・・・さて、どうしたものか・・・」

僕はボタンの付いた四角い物を見ながら、考えていた。


社会人になって3年目、ムカつく上司もいるし、自分勝手なお局様もいるし、だが、これを押して何か大事になっても面倒くさい。


「そういえば・・・こんな話もテレビか何かで見た気がする・・・」


その内容はこうだ。

あるスイッチが一人一人に神様から配られる。

そのスイッチを押すと、自分も含み地球が爆発してしまうというのだ。

加えて、そのスイッチは翌日には消えてしまう。

物語の主人公は、迷いに迷ったあげく、このスイッチを押す。

すると、爆発が始まる。

ただし、押した1メートル範囲のみの爆発である。

実はこれは、政府が用意したスイッチで、過激な考えを持つ者を排除するために仕組まれていた、というオチだ。


僕はそんな話を思い出すと怖くなったが、しばらく黙って考えていた。


「確かにこんな都合の良いボタンなど話胡散臭いが、あの死神はおそらく本物で、言っていることを信じれば、何もペナルティは無い・・・それに、怨みもそれほど強くない人で試すのはどうだろうか・・・」


考えがそのようにまとまった時、目を閉じて、ある一人の人物を思い浮かべて、ボタンを押した。


何も起こらなかった。


少なくとも、僕の周りでは。


僕は部屋の窓からカーテンを開け、外を見た。


すると、先程の死神が、複数の天使に連れられて空に昇っていく。


「やめろぉぉぉ!俺はまだ現世にいたいんだぁぁぁ!」

死神はジタバタしてカマを振りかざすが天使は透き通って当たらない。


「あっお前!俺を思い浮かべてボタンを押しただろ!この野郎!助けてやったのに!俺に何の怨みがあるんだ!」

死神は僕を見て叫んだ。


「ゴメンなさーい!ちょっと試しに押してみたくて、死神のことは怨んでないから大丈夫かと思ってたけれど、もしかしたらボタンを押した瞬間死ぬかもしれないとかいろいろと悩んでたから、ちょっと死神に怨みが出てたみたい!ゴメンねー!」


「ゴメンじゃねぇぇぇぇ!!・・・」

そう叫びながら死神とボタンの付いた四角い物は消えていった。


「不幸ボタンは本当だったんだな、惜しい事をした・・・まぁ、これで元通りか。さーて、これも小説のネタにするかなー」


僕はいつもの机に向かってこれを書いている。



以上です。

どうもありがとうございました。

こんな死神なら一度は会ってみたいですね。

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