四 水取式

 やあ。


 水の神様を祀る家について、少し思い出した事があるから続けて話そうか。




 その家では女性が懐妊した事が分かると、安産を願って、とある儀式をするんだ。




 水取式と言うんだけどね。

 ああ、お寺さんの行事とは何の関係もないよ。


 その家独自のもので、本来はもっと長ったらしい名前を、略してそう呼んでいるだけさ。



 それで、その段取りはこうだ。


 まずは当主が龍神様の滝に打たれて身を清めてから、代々伝わる着物に着替える。


 そして一人で山頂まで登って行くんだ。


 山頂の泉に辿り着いたら、そこから木の桶で水をすくって、こぼさないように家まで持って帰って来る。



 簡単に言えばこれだけになるけど、これがなかなかに苦行なんだ。


 普段は人が立ち入らないせいで、ろくに整備していない悪路だからね。


 標高はそれ程でもないとはいえ、健脚な人でも往復二時間程はかかるよ。


 更には動きにくい着物という事もあって、木の根や下草に足を取られて、水をこぼしてしまう事もある。


 そうなったら、また泉に戻って一からやり直しだ。


 要領の悪い人がやると、丸一日かかってしまう事もあるようだよ。



 まあ、そんな試練を乗り越えてだ。

 無事に家まで水を運んで来られれば、晴れて安産、という事なんだけど。




 うん。

 登るのは当主一人だけだ。


 誰も見ていないのだから、水をこぼしても構うまい、と手を抜く人も中にはいたそうだ。



 そうしたら、どうなったと思う?




 悲しい事に、流産どころか、母子共々亡くなってしまったんだ。


 当然の事ながら当主は激しく追及されて、ズルをした事がばれてしまってね。罰として家から追い出されたそうだ。



 それ以降は、流石に手を抜く人はいなくなったようだよ。


 何しろ家族の生死がかかっているんだからね。必死にもなるさ。


 代わりに、きちんと儀式を終えれば安産間違いなしとの事だ。


 龍神様は真面目な人がお好みなようだね。



 それとも。

 本当に大変なのは女性側なのだから、男性側も相応の苦労を体験しておけ、という戒めなのかな。


 

 まあ、その辺りは憶測しかできないけどね。

 まさに神のみぞ知る、といったところかな。



 では、今回はここまでだ。

 他に何か思い出したら声をかけよう。


 じゃあ、またね。

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