視察・デスレース・防衛線②
喫茶アウリンは通常、朝6時から営業を開始し、8時くらいに一人目の客がやってくるというのがお決まりのパターンになっていたが、今日だけは様子が違う。まだ4時だというのに店は開いていたし、ジョセフとカウンター越しに対する客は二人の男だ。
一人は金髪オールバックの若い男で、もう一人は白髪交じりの短髪で中老の男。二人ともコートを着ていて、肩には同じマークのバッジがついていた。並んでコーヒーを飲むも、熱くて先に口を離した若い男の方にジョセフが、
「もう視察の時期かぁ。朝早くから大変だね、キールくんも」
「何時に来ようが関係ないさ。この街はいつだってろくでもない。毎年思うが、なんで俺らのような
「店長ね。しょうがないじゃない、『視察は第三者組織の管理下で行う』って決まってるんだから。はい、氷」
「うわっ、おい、跳ねたぞっ!?」
アイストングから逃げ出した氷は少しの自由落下に任せてコーヒーカップへ。長い下まつ毛を震わせてキールが文句を言う。「ああっ、ごめんね!?」と申し訳なさげなジョセフに渡された紙ナプキンで衣服に跳ねたコーヒーをふき取りつつ、
「……くそっ、最悪だ。俺が言いたいのはだな、なんでスタァライト・シティなんていう大昔の遺産が今も存続してるのかってことだよ」
「そりゃ、結局、君らがうまいことやってくれるからでしょ。”化かし狐”と”化け狸”、地上の限界都市を延命する視察管理官。みんな感謝してるんだよ?」
「うるさい。これがなけりゃ、インベルズとヌービアムズの試合を生で観れたってのに……タヌマさんから急に連絡が入るんだもんな」
「Lリーグかぁ。月面サッカー、観たことないなぁ。三次元スポーツってどこ見ていいか分かんなくてさ」
「そいつは……」
ここで、ずっとコーヒーを飲んでいた中老の男、タヌマが口を開く。掠れた低い声で、厳かに、
「そいつは、損、だぜ」
「……ね、ねぇ、そう、ですよね」
「はは、タヌマくんも相変わらずか」
「ジョセフ……今度、チケットやるから……お前も、上層に来い」
「僕はお店あるからなぁ」
「そいつは……」
「残念、でしょう? なんでももったいぶりすぎですって。まあそこが格好いいんですけど」
「む……そうか」
タヌマはジョセフと旧い仲の友人同士である。その縁は企業戦争前、学生時代にまで遡り、ジョセフの方が二つ年上だ。ジョセフが企業兵士の道を選んだ一方で、タヌマは警察の道を選び、政治形態の変容した今では監察官の仕事についている。
監察官はその中でも、企業の管理下にある街や共同体の視察に付き添い、第三者の視点からその視察で下された判断が公正であるかを判断する業務を請け負う。が、こういう業務は通常、衛星軌道上や月面の都市か、地上に残る数少ない大都市で行われるものだった。
キールとタヌマは監察官のバディとして、あらゆる手を尽くして数々の街を企業の弾圧から救って来たやり手だ。ことスタァライト・シティにおいては、タヌマとジョセフとの縁から担当権を得て、毎年街の存続のために尽力している。
「ツキノコ・インダストリ――統治企業からすれば、スタァライト・シティはいらない街のはずなんだ。一銭にもならないワケだしな」
「けど、なんとかなってるじゃない。去年だって、いかにも官僚っぽいお兄さんと予定調和の視察ツアーだったわけだし」
「まあ、逆に旨味がないからこそ毎年雑な視察になるし、俺たちがそれをちょろまかしているわけだ。だがね、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ、マスター」
「店長ね」
「キール、お前が言いたいのは、つまり……」
タヌマの言葉に二人が注目する。一息おいて、タヌマが口を開く。
「つまり、今の視察は手抜き――」
「ただいま帰りました~!」
開け放たれるドア。店内に入ってきたのはサラだ。食品コンテナを持って、笑顔で帰還の報告。突然のゆるみきった声に、思わずジョセフとキールがずっこけた。
「あれ、店長さん、お客さんですか? ずいぶん早いですね。でも、ちょうどよかったかも……?」
「おかえり、サラくん」
「おい、今タヌマさんが何か言おうとしてただろう!」
「今の視察は手抜き、だろう? いつも通りさ、これ以上視察が強化されることはないよ。それよりサラくん、ちょうどよかったって……」
「ジョセフ、最後まで聞け。
「お客さんを連れて来たんです、この街を案内してほしいんだそうで……」
全員の会話が衝突していた。そして最終的に、サラの後ろから人影が現れ入店したのと、タヌマが最後まで言葉を言いきったのが同時だった。
「今の視察は手抜きだが、手抜きも過ぎると厄介ってもんだぜ」
タヌマの言葉に妙な悪寒がしたジョセフ。しかしサラはそんなことなど知るはずもなく笑顔で奇怪な姿の人間を招き入れる。いや、人間なのだろうか。スーツ姿で男の身体なのは間違いないが、その頭は大きな黒い半球になっていて、義体というにも珍しいデザインだったのだ。
半球男が言う。
〈この度、本年度のスタァライト・シティの視察を行うことになりました、SST-8000です。予算削減に伴い、無人で視察プログラムの実行を行うことになりました。監察官、並びに、スタァライト市長不在の為、代理責任者ジョセフ・サナツキの下まで案内してください。なお、現時点でも評価点は常に更新しています。ご注意ください。また、本機が破壊された場合、評価点は最低での報告となります。こちらもご注意ください〉
中性的な合成音声。そう、これは監察官である二人にとっては予測しうる事態だった。旨味がない街には、視察に掛ける金すら惜しいのだ。
「最悪の事態だぜ、これは」
「どういうことだい」
「つまり……」
ジョセフの問いにタヌマが答える。
「人間相手にだから通じていた、化かしが効かねェってことだよ」
「な……?」
「融通が効かねぇ。淡々と、やるべきことをやる。人間にはない真面目さでな」
「なんてこと……」
「おい、視察ロボ、俺たちが監察官だ、手はずを整えるからちょっと待ってろ」
〈理解できません。街の現状報告なのですから、準備の必要はないと解釈します〉
「最悪だぜ、こりゃ……」
キールとジョセフが頭を抱え、タヌマが苦い顔でコーヒーを飲みほした。サラとSST-8000はといえば、「サイボーグの
「どうするの、あのロボ」
「どうもこうも、マジメに視察やるしかねぇよ。マジメが一番やっかいなんだがな、くそっ」
「とにかく……」
「タヌマくん?」
「とにかく、騒ぎは起こさないことだ」
「分かってるよぉ!」
「マスター、でもこれはマジなんだ。懸念してたのがまさにこれさ。視察ロボはその性質上、報告に嘘をつけない。見たまんま報告しやがるんだ。騒ぎを感知すれば、すぐに警戒態勢に――」
『聞こえるかい、スタァライト・シティの馬鹿ども!!!』
その時だった。駐車場の方からスピーカーで大きくなったであろう声が街中に響き渡る。急ぎ、全員が店の外に出れば、そこにあるのは大量のバイカー集団と、巨大トレーラーと、そのトレーラーの上でマイクを持ち、叫ぶ女。
『聞いてるんだろう、疼いてるんだろう、知ってるんだろう!? 腰抜けばかりかい、あんたらの唸り、アタイに聞かせてみなよォ!!!』
サラは、その女を知っていた。
「あ! ペッパーさん!」
「「「何!?」」」
サラの言葉に一瞬凍り付き、そして事態に気づいた男三人が驚愕の声をあげる。「あ、お知り合いなんですか?」というサラの素朴な疑問に、キールが目をむいて言う。
「ペッパー・カーチス、不毛の下層地域を集団で移動しては各地で企業管理外の違法レースを開催してる指名手配犯だ!」
「なんてタイミングなんだ……さすがにまずいよねぇ、これは……」
「ああ……なんとかせんと……」
タヌマが重々しく言う。
「この街は、ダメかもしれん」
状況の重大さを理解せず、ペッパーの方に腕を振るサラに対して、三人の面持ちはひどく暗い。それも無理はなかった。ペッパーの呼びかけから間もなくして、スタァライトS.A.の至る所からこの街のバイカー集団が出現し始める。
そう、朝にそわそわしていた連中は彼らだったのだ。クーロン・ライダーズ、クリムゾン・ツイン、ピーク・トゥー・ピークなどなど、クーロン城をはじめスタァライト・シティ高速道路を本拠地にしているバイカーが続々と集まる。
『いいねェ、いいねェ! 悪くない音だ……。結構、ならやることは一つさ……。これより、アタイらホット・ホイールズが主催する最高のデスレース、デッド・ホット・ランブルを開始する!!! スピード狂いども、死んでも悔いのない風を夢見なァ!!!』
ワァァァァッッッ、と駐車場の熱気はペッパーのマイクによって一瞬で最高潮に達する。同じく「なにか楽しそう」と盛り上がるサラまでで一線を引いて、冷え切った三人が視察ロボを見る。何かを演算しているのかそのスーツ姿の半球は無音だ。
そして数舜の後、合成音声は告げる。
〈騒動を検知。視察マイナス評価です〉
「だよねぇ……!」
三人は頭を抱えるしかなかった。街中の馬鹿が湧き立っている。
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