出会い、ゴミ山から出でて④

『さぁて、おどれら、避難は済んだか~!? 大量破壊は日常茶飯事の街やしそんな心配するこたないて思うけど……。今回のはホンマにわっしのせい! すみませんでした!』


 クーロン城に町内放送が響き渡る。万徳くんの機能の内の一つ、一斉放送ジャミングを使い、一帯の放送周波数に介入して避難誘導と状況説明を行ったところだ。


 街の各所からは「またエリか」「いい加減にしろ」「でもいつも弁償はしてくれるよな」「買い替えの手間が省けたわ」「ウチのも壊してくれ首無し兵士」など、様々な声があがる。基本的に自己中心的でワケありな住人ばかりが住むクーロン城だった。


 エリの方もその点は完全に理解していて、


『今、街をぶっ壊して暴走しとるのは旧国軍仕様の首無しロボット兵士! 音波センサの類を使って視界内の物を壊しながら移動を続けとります! 恐らく規則性はゼロ! わっしが追い付きさえすりゃ止まる! 捕まえてくれた奴にはもれなく特製最新家電をプレゼント! 破壊はせんでくれ~!』


 最後の一言に街がわっと湧き立つ。「現金な奴らじゃ」と、これはオフレコのぼやきだ。しばらくすると街のあちこちから傭兵かぶれのサイボーグやら走り屋やらガラの悪い連中がぞろぞろ出てくる。怒号と足音がクーロン城を揺らし、暴走した義体を止める催しに参加しない者も、ベランダから身を乗り出して野次馬に興じていた。


・・・


「改めまして、わたしは、サラと言います。それしか覚えていることがありません」


 頭だけになってエリの腕に抱かれたサラはそう言った。現在、店長はまだ痛む腰を引きずって非常電話ホットラインを取り、町内に避難と状況周知を呼び掛けていた。スタァライトS.A.はクーロン城の玄関でもあるので、駐車場付近の店には街の危険を知らせるための非常電話が繋がっている。何よりも堅牢に作られているそれは、暴走サラの猛威の中でも生き延びていたのだ。


 「エリ。この街一番の発明家じゃ」と返すエリの脳裏にあるのは、確認すべき一つの疑問。


「おどれは、生きとるんか」

「……いいえ、と、言いたくないです」

「そうか」

「けど、わたしがデータの集合であることも、人間ではないことも理解している、つもりです。だから、わたしが存在してはいけないのなら……」


 エリと店長の会話を一部聞いていたのだろうか、心底悩み詰めて、困ったような顔でサラが言ったのを見て、エリは彼女の情動機関が完成したことを確信した。逡巡の後に返される高度な返答とその間、表情の動きには、「彼女が生首であることの違和感」を強く感じる。真に心の証明などしようもなかったが、これは信じねばなるまいと感じさせる、そのプロセスそのものがサラが生きていることの証左のようにも思えた。


「すまんかった」


 だから、エリは言う。気持ちは変わらなかった。人間のように振る舞い、何かを感じる主体そのものを産み出すことそれ自体は、未だに納得がいかない。


 しかし、結果として、彼女はここに


「おどれは生きとる。だから決めたんや。責任は取るで」

「エリ、さん」

「記憶が思い出せへんのならこっから作りゃあええ。おどれに辛い思いさせてたまるかい。嫌と言うほど幸せにしたるからな、覚悟しとれよ……!」


 それはエリにとって、半分は自分に言い聞かせたもので、サラという存在を産み出したことに対する決意表明の一言だった。


 が、サラの情動機関が演算する心は、若干17歳の乙女のもので、彼女のオリジナルである夢見がちな少女の影響を色濃く受けていた。なので、白髪の美少女にこんなセリフを至近距離で言われた日には、もう、お察しの通りである。


「…………ひゃっ……!」


 エリの発言により、サラ内部の疑似ニューロンの発火が急激に発生し、過放電によって電脳麻薬を接種した時に似た現象が観測されたのは、サラ本人にしか知りようがなかった。この時はまだ、この感情を形用する言葉をサラは持たず、フリーズという形で出力されたのだった。


 そして、顔を真っ赤にして完全に固まってしまったサラの真実を、エリは理解どころか気づいてすらいなかった。


・・・


 放送を切り、万徳くんの機能を変更すると、先端が赤く点滅した針のような形状に変形する。追跡機トラッカーだ。機械の発する固有の周波数を設定すれば、その方向と位置を針の振れと点滅の間隔で知らせる。


 二時の方向、130メートル、クーロン城の地図を頭の中で思い浮かべながら、予測される最短距離を突っ切っていく。キャットウォークを、バラックの屋根を、時に飯中の家にお邪魔しつつ、立体構造都市を駆ける。


 サラの頭は現在エリの右腕に抱えられていて、さながらラグビーのようだった。事実、必要なのはタッチダウンだ。喫茶アウリンを出発する前、サラが言っていたことをエリは思い出す。


「ナノマシンによって活性化したのは、わたしの情動機関だけじゃありません。元々別々のものを無理やり繋げていた影響もあって、身体側の制御系が身体内部だけで最適化されちゃったんです。あっちはあっちで完成しちゃったというか――」


 つまり、身体の暴走を止めるためには、制御の権限をサラの頭に取り戻させる必要があった。何やら面倒なことになったがやること自体は簡単で、ようは振り出しに戻せばよい。サラの頭と身体を繋げてやることで、この事件は解決する。


 ネオンが目の端を過ぎ、進むごとに匂いが変わった。人の匂い、文化の匂い、営みの匂い。あるは錆の匂いや火薬の匂い、ガソリンの匂いに目を見開くと狭い街中でバイクを噴かそうとしたアホがいるなど。さすがにそれは全く関係ないところで被害が増えそうなので「車両禁止じゃボケ!」と叫ぶエリ。


「あのう、ごめんなさい。皆さんに迷惑かけちゃってるみたいで。すごく申し訳なく感じてます、情動機関が」

「うーん、客観的な言い方やな。それはもうサラのココロなんやから、もっと堂々としててええんちゃうか。記憶が――経験がないっちゅーのもあると思うけど……気にすんな気にすんな、いつもこんなもんやから」

「いつも、って……」

「街の連中に迷惑かけることに関してはわっしが一番やでな。開き直るわけやないけど、もっと危険なことも山ほどある街や。だから気にせんでええ」


 はあ……。漠然とインプットされている常識とかけ離れた現状に、困惑を隠せないサラだったが、エリが笑いながらそう言うので、「そういうものか」と考えることをやめた。


 トラブルには関わるな――これはクーロン城に住む人間全員が共有している事項だが、これには続きがある。『トラブルには関わるな。自分の利益にならない限りは』である。


 この街に住むワケアリ連中はワケアリ連中なだけあって死なないことが非常に上手く、騒ぎには率先して参加する者も多い。さらに言えば、命のやりとりに心が摩耗しているため娯楽に飢えている者がほとんどである。ちなみに、クーロン城のローカル・サイバー空間『回覧板』で人気ワールドランキング上位はゲームスペースが独占している。


 中でもエリが町内放送で呼びかける時は発明品が暴走したとか、実験が失敗したとか案件であり、大きな組織がバックについた抗争などの災厄ではないので、住人の大半は娯楽として認識していた。なにせ参加商品や優勝賞品がエリ特性の最新家電と豪華なので、こういう暴走事件の為に身体を鍛えている住人もいる始末だった。


 つまり、大半の住人はこれを、「サイボーグ追い祭」程度にしか捉えていないのだ。


 と、エリの通信端末が鳴った。両手を塞ぐのが怖かったのでぱっと素早く左手で取り出して、首で挟む形で応答すると、元気のよい女の声がした。


『姉御ォ! エリの姉御ォ!』

「声落とさんかい!」


 首で端末を挟んでいたのが災いして、電話の向こうの舎弟的妹分の大声に、エリの耳はキンと痛んだ。何を隠そう、この女はサラを運搬している最中に手伝いを申し出た三人組の一人であり、ドンガラン三姉妹の長女、ガァラガ・ドンガランである。「すみませんっ」と勢いよく心からの謝罪を挟んで、ガァラガが続ける。


『いや~、姉御がサイボーグなんて運んでるから、これは何かあるなと思って! 張ってた甲斐がありましたよォ。店長サンから事情は聞きました。今ね、斜行エレベータ通りの下り坂でね、例の首無しが正面から来てます!』


 斜行エレベータ。スタァライト・シティ全盛期に観光用に栄えた、斜面を登る開放型エレベータだ。電気台とメンテ台がバカみたいに掛かるので現在はメンテナンス用階段を通りとして改造し、活用している。場所を把握したエリが屋根を駆け上がり斜行エレベータ通りを見ると、こちらに手を振るドンガラン三姉妹がいた。


『見ててくださいよォ、これからあたいら三姉妹であの首無しを止めてみせますから!』

「マジで言うとんのか、おいっ」

『マジもマジ、大マジですよォ! ドンガラン三姉妹、姉御への恩に報いるため、精一杯やらせていただきます!』


 そう言うと、エリの視界の先100メートルほど先、長女ガァラガが準備運動を始めていた。「止めとけ止めとけ!」というエリの声は聞こえていないらしく、どうやらガァラガの通信が切られたようだ。


 ここで、ドンガラン三姉妹の説明をさせていただこう。彼女達は上から、21、19、15歳のサイボーグ三姉妹であり、エリが10歳で街にやって来た頃、武闘派として幅を利かせていた不良グループである。エリと彼女らはスタァライトS.A.にあるフランチャイズのチキン屋で出会い、エリをカツアゲしようとした三人は万徳くんプロトタイプによってボディを”半バラし”にされた過去がある。以来、エリの強さに惚れ込んだ三人は姉御とエリを呼び慕っているのだった。


 ガァラガが首無しロボ兵士の正面に立つ。彼女は黒を基調としたパンクファッションに身を包んだ金髪ツインテールファッションを昔から貫いており、右手には鉄パイプを改造した電磁棒ショック・バトンを握っていた。右目の下の涙マークのタトゥーとは裏腹に、邪悪な笑みを湛えて、暴走するロボットを迎え討たんとしている。ノリノリだ。


「何か、作戦があるんじゃないでしょうか?」

「いいや、あいつに限ってそれはない」


 サラの疑問にエリが答える。


「あいつ、カリスマはあるけどだいぶアホなんや」


「べぷっ」


 それは轢かれたとしか言いようがない有様で、両手が開いていれば頭を抱えたくなる光景だった。首無しロボ兵士に突き飛ばされたガァラガは坂道を転がり、まだエリが首に挟んでいた端末からは、地面とぶつかる音とガァラガの情けない呻きが聞こえる。さすがにサイボーグ、大したケガはしていないだろうが、首無しの方も減速した様子はない。


『ほうら、姉ちゃんじゃ無理だって』


 と、急に音がクリアになったかと思うと、端末から別の女の声が聞こえてきた。転がり落ちていくガァラガが止まる。次女ラガラがいたからである。


『エリ、見とけよな。姉ちゃんはずっとお前の話してるけどよ、ドンガラン三姉妹は俺たちだけでサイキョーなんだ……!』


 ラガラもまた、姉と同じくパンクファッションに身を包んでいたが、こちらは黒の短髪で、唇や耳にゴリッゴリにピアスを開けていた。彼女が持っているのは杭打ち用のシンプルなスレッジハンマー。昔から負けん気が強く、今もなおエリに突っかかってはガァラガに叱られたりしている。


「や、おどれもやめといた方が……」

『んだとお!? 舐めやがって、見とけよな! 姉ちゃんより俺の方が強いし!』


 ラガラのボディは確かにガァラガのものより一回り大きく、強い。それは整備を請け負っているエリも承知していることだ。


「今度は何かあるんじゃないでしょうか!?」

「いや、あいつは実は参謀タイプなんや。でも、姉がらみのことになった途端にIQが下がりよる」


「ぶっ」


 エリの叫び空しく、ハンマーを振り被ったまま、ガァラガごとラガラも後方に突き飛ばされた。まあ死んではいない。二人仲良く転がり落ちていく。


 残るは、三人目。三姉妹共用の端末と共に、姉二人をのは、三女。


『エリちゃん、ごめんね、二人とも張り切っちゃって……』

「まあ、ええよ。昔からやし」


 ドンガラン三姉妹の三女、ラドン・ドンガランは身長2メートルを超える筋骨隆々の少女だった。パンクファッションなのは同じだが、その巨躯には丈があっておらず、しかし本人はそれで満足している。整った顔立ちと綺麗なブロンドの長髪から長女に見られることも少なくないが、エリの数少ない同年齢の知人である。


 三姉妹の中で彼女が最も冷静で、最も俯瞰的に状況を整理でき、そして――


『お姉ちゃんたちを運ばないとだから……たぶん、5秒くらいだったらいけると思う……』

「あっ、まさか」

『うん。任せて……!』


 そして、最も強かった。


「エリさん、あの人は……?」

「ああ、あの三姉妹で一番信頼できる子じゃ」


 何度も自信満々の人間があっさりやられていくのを見て不安がっていたサラに答えるエリは、今回ばかりは得意げだった。


 首無し兵士が迫る。ラドンは、左手で二人の姉を担ぎ上げ、残された右手を突き出し、両の脚を地面に突き立てた。


フンッ!」

 

 ゴォンッ! という、力と力がぶつかり合う音を、クーロン城全ての人間が聞いたという。暴走が始まってから初めて、首無し兵士が止まった瞬間だった。ラドンと首無し兵士との力が拮抗し、完全に静止したように見えた。


 が、さすがに軍用規格である。いくら巨大な義体が相手であろうと、片手相手であれば競り勝つ。じわ、じわと首無し兵士が押し、ラドンも真横に投げ飛ばされた。斜行エレベータ通りにあるクリーニング屋に三姉妹が高速で入店する。一瞬の後、エリの耳に届く声。


『じゃあ、お姉ちゃんたちをいったん連れて帰ります! あとでメンテよろしくね~』

「お、おう、ありがとうな……!」


 ラドンから安否を知らせる連絡があって、通信が切れた。静止した時間は約7秒ほど。おかげで、かなり近づくことができた。


「ぜんぶアイツ一人でええんと違うか……?」


 密かにそうエリは呟いた。一部始終を聞くだけだったサラでさえ、同じことを思った。

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