第25話 y p
ジュールと共に森の奥に進むと、石でできた建物が見えてきた。
(なんだこれ?神殿か?)
建てられてから長い年月が経ったのかあちこちが苔むしており、厳かな雰囲気の神殿だ。
「おい、ジュール。これは?」
「これは、あのエントロピーが暮らしてる場所だ」
ジュールに問いかけるとそう答えが返って来た。
「なるほど……。じゃああいつにさらわれた内部エネルギーたちはここに閉じ込められてるって可能性が高いってことだな?」
「ああ」とジュールが頷く。
「じゃあ、さっそく行こうぜ。さっさと公式を取り戻したいしな」
そう言って意気揚々と歩き出す俺をジュールが引き止めた。
「待て。頭のいいエントロピーのことだ。何かこの中に罠を仕掛けてるに違いない」
「罠って……」
ジュールの言葉に呆れるが、確かに目の前にある神殿はゲームでいうところのダンジョンのような雰囲気だ。ジュールの言うとおり罠が仕掛けられていてもおかしくはない。
「たしかにな。じゃあ、用心していかないとな」
その言葉とともにジュールが腰にさしていたレイピアを抜いた。きらりと光る切っ先にドキリとするとともに、俺もスタンガンを取り出す。
「心配するな。あんたのことを殺させはしない。公式がすべて戻る前に死なれては困るからな」
そう言うジュールに「ありがとな」とお礼を言ってから、俺はぽっかりと口のように開いた神殿の入口を見つめた。
神殿の中に入るとそこは、さっそく行き止まりになっていた。
(道がないじゃないか)と出鼻をくじかれたような気分になりつつ壁に目をこらせば、小さく文字が彫られているのが見えた。よく見れば、それは熱力学の問題文だった。
「なんだこれ。この問題を解けばいいのか?」
俺は呆れたような顔をするとその場にしゃがみこんだ。ジュールも一緒に座り込み、俺の手元を覗き込む。
コンデンサにもらった公式を書く用の紙にすらすらと計算式を書いていく。これくらいの問題、大したことはない。うちの生徒でも解けるくらいだ。
答えがあっているのを確かめてから立ち上がり、壁の前に立った。
(答えは出たが、ここからどうすればいいんだ?)
そう思って問題を読み返していると、その問題の書かれた場所の少し下に、石と違って柔らかい粘土のような部分があるのが見えた。ここなら文字が書けそうだ。
持っていたペンの柄を使って試しにそこに答えを書いてみる。下手くそな字で答えを書き終わるのと同時にガガガと重い音がして、壁の一部が持ち上がり、そこから道が現れた。
「こんなふうにやっていけばいいのか?」
そう言って腰に手を置けば、「そうだろうな」とジュールが頷いた。
「よし、じゃあやり方もわかったことだし、さっさと行くぞ」
物理の問題を解くのは得意分野だ。そう意気揚々としだした俺を、ジュールがどこか神妙な顔で見ていた。
それからも同じような問題が続いた。段々問題の難易度はあがってきていたが、それが逆に楽しかった。これくらい難しくないと張り合いがないというものだ。
(これだけ色んな問題が作れるなんて、エントロピーは確かに頭がいいんだな)
(あいつとは気が合いそうだ)とエントロピーのことを考えながら次々と問題の答えを書き込んでいった。
この神殿に入ってからどれくらい時間が経ったかはわからないが、次に扉が開いて入ったところは、四方八方を壁に囲まれた真四角の部屋だった。俺たちが入ってきた正面の壁に小さなディスプレイを持った石像が立っているのが見えた。
(なんだ、あれ?)
そう思い近づこうとすると重い音がした。振り返れば、俺たちが通ってきた扉がゆっくりとしまっていくのが見えた。
俺とジュールの二人がその場に閉じ込められる。今までより強い圧迫感がして顔をしかめると、ふとジュールが口を開いた。
「……この部屋の壁、だんだん俺たちの方に迫ってきてないか?」
「え?」
そんなバカなとあたりを見回すが、確かにゆっくりとこちらに近づいてきている。それに気づいて、俺は自分の顔が青くなるのがわかった。
(このままじゃ壁に押し潰されちまう!)
どうして俺が某考古学者兼冒険家みたいな目に合わないといけないのだろうか。辺りを見回す俺の目に、石像の前に立ってこっちに向かって手まねきをするジュールの姿が目に入った。
「ここに、また問題が書いてある」
そう言ってジュールがディスプレイを指差す。俺も一緒になって覗きこめば、そこには定圧変化の問題が書かれていた。
「これを解けば壁が止まるのか?分かった」
俺はそう独りごちたあと、これまでの問題の解答式で真っ黒になった一ページ目の紙を乱暴にめくり、まっさらな紙に計算式を書き始めた。死にそうだというのに不思議と焦りはなかった。むしろこの焦りが俺の気持ちを高揚させていた。
答えを導き出すと素早くディスプレイに打ち込む。すると、すぐにカチッと音がして、四方から迫ってくる壁が止まった。それを見てほっとすると同時に一つの壁の一部が持ち上がり、道が現れた。
「……危なかったな」
ジュールもほっとしたようで息を吐く。
「ああ。全く、中々洒落にならないことするな」
俺はエントロピーのことを頭に思い浮かべ、顔をしかめた。虫も殺さないような顔をしているくせに、結構残酷なやつだ。
(あいつと気が合いそうだと思った少し前の俺を殴ってやりたい)
そう思いながら俺は一足先に歩き出したジュールの後を追った。
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