第12話 離乳食とママ友(by菜瑠)

「ねえ、どうして食べてくれないの……」


 生後7ヶ月。まだ小さい小さい娘を前にして、私は泣き出してしまった。

 娘の純花は、偏食がひどくて。ほうれん草とか、じゃがいもとかはたまに食べてくれるんだけど、お米とかお魚とか、カロリーのありそうなものはちっとも食べてくれない。


 そのせいか、生まれた時は周りの子よりも大きかったのに、今では小さい方になってしまって。最近では市の子育て支援センターに行くのも嫌になってしまっていた。


 そんなときだった。


 ピロリン♪


 スマホの通知音が鳴る。


「誰、こんなときに……」


 思わず開いてみれば、近所に住むママ友の川上かわかみさんからのメッセージだった。


「突然ごめんね。明日、保健センターで、友達が主催するリトミックのイベントがあるんだけど、まだ空きがあるらしいから、一緒にどうかな?」

「行きます!!」


 速攻で返事をした。


 そうだ、今の私には気分転換が必要だ。私は誰でもいいから、大人と話したかったのだ。それにリトミックなら、純花とのコミュニケーションにもなると思うし。




 翌日、市の保健センターで、川上さんと待ち合わせた。


「お久しぶりー! あ、純花ちゃん、げんきー?」

「元気すぎて困っちゃう。でも、離乳食とか全然食べなくて……」


 会うなり、思わず、口をこぼしてしまう。


「あーわかるー! うちもだよー! やんなっちゃうよねー」


 カラカラと、明るく笑う。離乳食を食べないなんて危機的状況で、彼女はどうしてそんなに笑えるのか、不思議だった。


「うちは旦那も偏食だからさ、全然平気なんだー。もうさ、あいつ毎日納豆ごはんばっかり食べてるんだよ? まあ楽だからいいんだけどね」


 そう言ってまた笑う。


「菜瑠ちゃんちは、どうよ? 旦那さんも偏食だったりしない?」

「うちは、その……」


 こういう質問をされると、つい言い淀んでしまう。うちは女同士のふうふだから。


「あっ、失礼。菜瑠ちゃんちって、女の子カップルだったよね」

「え、知ってたの……?」


 驚いた。まさか知られていたなんて。


「いやほら、ちょいちょい噂する人もいるからさ。あ、気悪くしたらごめんね。念のため言っておくと、私はそういうの、全然気にしないっていうか……まあどっちかっていうと、お仲間だからさ」

「え、お仲間って?」


 気になる発言をされたところで、リトミックの開始時間が来たので、一旦おしゃべりはお開きになった。



 *



 リトミックのあと、『お茶でもしない?』と誘ってもらったので、川上さんとファミレスに寄った。


 たまたま空いている時間だったようで、キッズルームのある個室に通してもらって、子供たちを遊ばせながら話をすることにした。


 元気いっぱいの純花は、やたら積極的で、川上さんちのひとしくんをひたすら追いかけ回していて、ちょっと焦った。川上さんはひたすら笑い転げていたけど。


 正直なところ、ママ友とはいえこんなふうに同世代の女の子に仲良くしてもらえるのは、新鮮だったから嬉しい。学生時代なんかは、どっちかっていうと女の子には嫌われるほうだったから。


「それでさ、菜瑠ちゃんって、バイなんだよね?」

「え?」


 なにそれ。いきなり、なんてことを訊いてくるんだ、この人は。


「あ、違った? ごめん。私がバイだからさー。なんか仲間かと思って。……あ、ナンパじゃないからね!?」

「……川上さんも、そうなの?」


 なんでも、川上さんは、今のパートナーは男性だけど、バイセクシャルらしい。


「私の場合は、そんなに悩んだこととかなかったけどね。うちも親は同性カップルだったし」


 なんと、川上さんの親も、女性同士のカップルだったらしい。なんとなく、嬉しくなった。


「そういえば離乳食さ、納豆、どうかな。うちの仁も、旦那に似たのか、納豆だけは食べるんだよね」

「納豆?」

「子供が食べるときは、ひきわり納豆を、お湯で洗ってねばねばをとると、食べやすいみたいよ」

「そうなんだ……やってみる。川上さん、ありがとう」

「いえいえ」


 川上さんのおかげで、いろんな意味で元気が出た。納豆も、さっそく家に帰ったら試してみよう。


 なんとなく明るい気持ちになった私に、すかさず彼女は言った。


「あ、川上さんじゃなくてさ。『杏奈あんな』って呼んでよ。菜瑠ちゃん?」


 なんだか、杏奈とは長い付き合いになりそうだな、とこの時直感した。






 ちなみに後日、純花に納豆をあげてみたら、ずいぶん気に入ったみたいで、ものすごくたくさん食べてくれた。そしてそれを機に、お米や他の食べ物も食べてくれるようになったのだった。


 めでたし、めでたし。



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