第11話 古い日記帳
「……それで、ママたちの日記、なんでここで終わってるの?」
みーちゃんの部屋を一緒に整理していたら、古い日記帳とアルバムが出てきて。
中身をみたら、それは私がまだママのお腹の中にいるときの、二人の交換日記だったというわけなんだけど。
『ベビちゃん日記』なんて書いてあるもんだから、てっきり子育て記録かなんかだと思っていたら、ママの妊娠中にただひたすら二人がいちゃいちゃラブラブしたコメントを、大学ノートに手書きで記しているというだけの代物だった。
「あー、それはさ……ちょっと色々あってね」
みーちゃんはそんな歯切れの悪いことを言うし。
「赤ちゃん生まれたら、そんなの書いてる余裕なかったの。純花も母親になればわかるから……あー、それよりも、彼氏か彼女つくるのが先?」
ママなんて、そんな暴力的なことまで言う。
「なにそれ……ひど。ってか、手書きの交換日記って、昭和? だっけ? 昔々のおばあちゃんじゃん」
「失礼なー。実璃も私も平成生まれだし!」
「じゅうぶん昔だよ……菜瑠」
ムキになっているママに、みーちゃんは呆れ顔。これは、いつもの我が家の光景だ。
「どうせママのことだから、産んだ後は書くのめんどうになったんでしょ」
「純花! なんですって……」
「わかった、純花。実はね……」
キレかけのママを制して、みーちゃんはしぶしぶ、と言った様子で話し始めた。
*
2030年10月31日。私、
ちなみに、私の『松崎』という苗字は、ママともみーちゃんとも違うものだ。幼い頃はそれが当たり前のことだと思っていたけど、大きくなるにつれ、そういう家族はあまり多くはないと気づいた。
そもそも、親が女二人のカップルだという時点でマイノリティで、昔はいろいろ苦労もあったらしいのだが、小学校にも中学校にも、クラスに一組くらいは、親が同性カップルの子がいたから、いまいちその辺りのことはピンとこない。
私を産んだのはママで、ママのパートナーがみーちゃん。二人とも大事な家族だ。そして遺伝上の私のパパが純平という人で、私の苗字と名前は、その人からもらったものらしい。
パパはママの昔の恋人で、私がママのお腹の中にいるときの、バレンタインデーの夜に事故で亡くなったという。当時から親友同士だったママとみーちゃんは、パパのために一緒にチョコ菓子を作っていて、それを渡せずじまいだった。
だからなのか、二人は毎年、バレンタインデーになると、パパの写真の前にチョコ菓子を供えたりしている。三人の詳しい関係性なんかは知らないけれど、二人にとってそれは、とても大事なことらしい。
さて、それで、日記帳の件なんだけど。
私が産まれたとき、みーちゃんもママも、それはそれは喜んだらしい。特にみーちゃんなんか、血のつながりがないことなんて全く気にしていない様子で、ママとかつての恋敵の子である私を、甘やかしまくったそうだ。
おかげさまで、私は我儘放題の、元気な娘に育ったというわけなんだけど。
私が生まれてから最初の3ヶ月ほどは、みーちゃんは育休を取ってくれて、産後で弱りきったママと一緒に、赤ちゃんの面倒をみていたのだけど。問題は、その後だった。
赤ちゃんがお座りできるようになった、生後5ヶ月くらいから、離乳食が始まった。もともとママはあまり、料理が得意じゃなかったし、それに加えて、私は離乳食を全然食べなかったらしい。
母乳はどんどん出なくなっていくし、私はミルクもあまり飲まなかったし、そのせいで体重があまり増えていかなくて。ママは毎日泣きながら、子育てと家事をしていたらしい。
当然、日記帳なんて書いてる余裕はとてもなかったとのことだ。
「離乳食って、そんなに大変なの? ただペーストにするだけじゃないんだ?」
疑問に思って、尋ねる。
「それがねえ。味付けとか、品目を一つずつ増やしてアレルギーのチェックとか、その子のペースで進めていかなきゃいけないから、難しさはそれぞれなんだよ」
みーちゃんは懐かしそうに、目を細めて言う。ちなみにみーちゃんは、私が保育園に入ったタイミングで、働きながら勉強して保育士の資格を取っているような人だ。
「純花は好き嫌いがひどくてね」
「そうそう。だから、初めて好物を見つけたときは、すごく嬉しかったんだよね」
気づけばママの機嫌も治っていて、二人はそろって、すごい勢いで昔話を語りだす。
「見てごらん、こっち」
そう言って、みーちゃんは、これまた古いボロボロの冊子を取り出してきた。ポケットサイズのそれは、キャラクターの模様が描かれた母子手帳ケースの中に、収まっていた。
開いてみると、それは。
「なにこれ……! こんなに細かく書いてあるの!?」
それは、一日のタイムラインに、飲んだミルクの量や離乳食の内容が、時間と共に記録されていた。それに加えて、おむつを替えた時間とか、いつお昼寝をしたかまで書いてある。
みーちゃんじゃなくて、ママの字だった。
この、めんどくさがりやで、掃除も片付けもできないママが、私の育児記録だけは、マメに付けていたということが驚きだった。
「可愛くなくて、悪かったわね。……こんなの、ちっとも綺麗じゃないし、見せるつもりなかったんだけど」
赤ちゃんが生まれたら、イラスト混じりの可愛いキラキラの日記帳を書くつもりだったのに、結局、実用的な記録だけに収まってしまったことが、ママは不服みたいだった。
たしかにそれは、お世辞にも綺麗とは言えない。字は汚い殴り書きだし、紙面にはところどころ、茶色いシミもできている。
だけど、なんだろう。
それはすごくすごく、愛しくて。
「……ママ、ありがと」
反抗期の私でも、思わずそう言ってしまう程度には、あたたかいものだったのだ。
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