第7話 厚い!暑い!熱い!(by菜瑠)

 八月、夏、真っ盛り。私は妊娠25週、つまり7ヶ月だった。

 しかし、毎年のことだけど、今年の夏は異様に暑い。なんなの!? 馬鹿なの!?


「みーーのーーりーーーー!!アイス食べたいーーーーーー!!!」


 私は愛するパートナーに、冷たいものをおねだりする。


「またー? 菜瑠、また冷房の温度もこんなに下げて。身体冷やしたら、ベビちゃん風邪ひいちゃうよ?」


 もう、実璃はそんなことばっかり言う。私とベビちゃんの心配をしてくれているのはわかるんだけど。でも。


 でも、とにかく暑いのだ。私は。


 このところ、また膨らみ始めたお腹、脂肪の厚みが増しているのがわかる。これでも学生時代から変わらぬ体型を維持してきた、意識の高い女子としては、産後の体型戻しがはたして上手くいくのか、今からどんどん心配になる。


 もちろん、子育てで忙しくなれば、そんなこと気にしてる場合じゃないってのはわかる。でも。


 実のところ、私は、実璃に飽きられたりしないかが、不安でたまらないのだ。


 私の妊娠がわかってからというもの、実璃とは全然えっちをしていない。そもそもなし崩し的に付き合いだしてからすぐに、私の妊娠がわかったから、実璃とそういうことをした回数って実はそんなに多くない。


 だから、他のカップルたちと比べて、なんとなく積み重ねたものが少ないような気がしてしまうのだ。でも、それを実璃に言ったら、


「何言ってんの。菜瑠の黒歴史なんか、直近10年分、しっかり私の頭の中にストックされてるよ? まだ足りない? ……だったら、これから作ればいいよ」


 そう言って、キスされてしまった。もう、実璃ってば、そういう人だった。私が言うのもなんだけど、実璃は私のこと、甘やかしすぎだと思う。



 *



「……菜瑠、まだ起きてるの? そろそろ終わりにしたら? 私もう眠い……」


 夜、冷房をガンガンに効かせた部屋で、ベビちゃん用のニット小物を編んでいると、後ろから頭をぽんぽんされた。それで、そのまま寝室に向かおうとするものだから、私はついつい手を止めて、実璃のパジャマの裾をひっぱる。


「もう寝ちゃうの……?」

「だって、もう夜遅いよ? 日付変わる前に寝ようよ」

「でも……今日、金曜日だよ?」


 精一杯、目で訴えてみたけど、実璃には通じていないみたいだった。


「……ううっ、実璃のばかぁっ……」


 私は実璃の胸に顔を埋めて泣きだしてしまった。自分でも馬鹿だなって思うけど、こんなときもホルモンバランスのせいで不安定なメンタルが、余計に涙を連れてくるのだ。


「菜瑠……? どうしたの」


 優しい実璃は、ぎゅっと抱きしめてくれて、小さい子をなだめるみたいに頭を撫でてくれるけど。違う、欲しいのは、そんなんじゃない。


「……実璃ぃ……したいよ……」


 恥ずかしさをこらえて、やっとのことで言葉をしぼりだしたら、実璃はとたんに顔を真っ赤にする。


「菜瑠、そっか……。ごめん、全然気づいてなかった。菜瑠も、したかったんだね」

「え、実璃……も……?」

「うん、がまんしてたよ。だって、妊婦さんに無理させるわけにはいかないし。バイ菌とか入ったらって思ったら怖かったし」

「もう……」


 言ってみないと、わからないものだなあ、と思う。


 その後一緒に、妊娠中のセックスについて、めちゃくちゃ調べまくった。絶対に安全とも危険とも言い切れないというのが、難しいところなんだけど、それでも二人で、できるかぎりの安全対策をとろうということになって、指用コンドームをポチってみたりした。


「オーラルって、だめなの? え、男女で挿入OKなのに、舌がだめってどういうことなの……?」

「性器だろうと指だろうと舌だろうと、体液は感染リスクがあるってことみたいだね」

「みて、実璃! オーラル用のゴムもあるみたいよ!!」

「もう買った」


 そんなことを大真面目に話し合いながら、気づいたら私達はベッドにもつれこんでいて。


 結局、その日は大変大変、熱い夜になりましたとさ。めでたしめでたし。

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