第87話 チョーズン・オブ・エージェンタ

 魔王メリッサの闇に飲み込まれた俺は気が付くと、建造物の瓦礫の上に乗っていた。


「何だ、ここはっ!? みんなはっ!?」


 自分一人しか存在しない状況。

 俺は周囲を確認するが、どうやらここは自分達のいた大陸とは別世界らしい。

 一言で言うと闇の世界だ。

 移動は所々に浮いている建造物の破片だけが頼りになるが……。

 慣れない世界に戸惑いながらも、俺はあちこちを見回していると、不意に上空からズオオッとオーラを感じる。


「正直言って……ここまで追い込まれたのは初めてだわ……」


 落ち着きを払った声の主へ顔を向けると、俺より身長を優に上回る女性が存在していた。

 顔色と長い髪の毛も真っ白だが、彼女の特筆すべき点は背筋も凍る冷淡な眼差しだ。


 「星の欠片」を持っていてこれか……!?

 あまりの恐怖に俺は鳥肌が立ち、体が震えだすのだ。


「メリッサ……なの……か?」


「ええ、私はメリッサ。【大魔王】メリッサよ」


「だ、大魔王だとっ……!」


 なら彼女は魔王から大魔王へ進化したというのか!?


 だとしたら、不味い。

 俺の第六感と彼女の気配からハッキリと分かる。

 今自分がどれほどの危機にさらされているかをだ。


 俺は大魔王メリッサに警戒を強めていると、彼女は不敵な笑みを浮かべ、突然話を始める。


「大昔、私はある四人パーティに殺し合いをさせたことがあるの。生き残った唯一人だけ逃がしてあげると言ってね……。まぁ、最後の生き残りも殺したんだけど……」


「お前は今何の話をしているんだ……?」


 彼女の言葉に虫唾が走り、俺は心の底から怒りを感じる。


「再確認よ。貴方は私を斃したいし、私は貴方を殺したい。それは私にとって凄く重要なことなの」


「お前は……お前は異常だ」


 心が黒で塗りつぶされていく中、メリッサに何とか言葉を絞り出すと、彼女は続ける。


「なら、英雄アルス君にはこう説明した方が良かったかしら。元の世界で落ちている隕石の話よ」


「ッ! メリッサッ!?」


 抜刀した俺は上空で浮いている彼女に向かってすぐさま剣を構える。


「ふふ。やっと良い目になったわ♡」


「お前は狂っているッ!」


「安心しなさい。隕石は私の魔法で止まっているわ。今はね」


「俺と一騎打ちをして世界の命運を決めるってことかっ!!」


 しかし、俺の言葉がおかしかったのか、突然笑い始めるメリッサ。


「大魔王であるこの私と一騎打ち? ふふっ、本気で言っているの? この私がただの人間と戦うわけがないでしょ。勘違いも甚だしいわ」


「フザケ――」


 そう言いかけた瞬間、俺の背中にはブツンッ!と一本の矢が命中する。


「ガッ……!?」


 ま……。

 まさかっ……!?

 敵の確認をするため、後方に体を向ける俺。


「――――韋駄天(闇)――――」


 弓の勇者っ……!

 しかも、アルス村で会った時より強化されているだとっ!?


 俺は咄嗟に浮いている隣の瓦礫に緊急回避するが、ズズズズッとあちこちからある人物達の再臨に言葉を漏らす。


「嘘……だろッ……!!??」


 弓の勇者だけじゃない。


 斧の勇者。

 槍の勇者。

 魔の勇者。


 そして……。

 剣の勇者レオン。


 俺達は死に物狂いで「勇者シリーズ」を倒し、幼馴染の最期も見届けた。

 しかし、大魔王メリッサはそれを嘲笑うかのように再度一堂に会させたのだ。


「私の忠実なしもべ、『闇勇者シリーズ』。【大魔王】になった今の私は代償無しに歴代の勇者を召喚することが出来るの」


 「闇勇者シリーズ」だとっ……!?

 俺は自身の頭上から見下ろしているメリッサに憤怒をぶつける。


「ふざけるなメリッサッ! 降りて俺と戦えっ!」


「それは、高望みよ。貴方も今すぐあの死んだ勇者レオンの元へ行かせてあげるわ♡」


 彼女がそう告げた瞬間、「闇勇者シリーズ」は一斉に俺に向かって攻撃を開始する。


「ぐうぅ……っ!」


 さっきのメリッサとの死闘で俺はもう力を全て出し尽くしている。

 それに1対5の戦いはどう考えても分が悪い。

 だけどっ……!

 俺が戦わないとみんなのいる世界は……。


「ほら、頑張って英雄くん。世界の運命は貴方が握っているのよ♪」


「黙れッッ!」


 俺は無い力を振り絞り、戦うためだけに生み出された「闇勇者シリーズ」に槍スキル「乱撃」で二本の聖剣を振り続ける。この5人はもう自分だけの力で倒すしかないのだ。


 しかし、この「闇勇者シリーズ」だが……。

 強過ぎるッッ……!!


 勇者全員は標的の始末だけを目標としているのか、一言も発さずに俺に挑んでくる。

 そのせいもあってか「勇者シリーズ」の頃より全員の動きに全く無駄が無いのだ。


 特に、「槍」の勇者は疾風迅雷の如く針の穴を通すような鋭い槍撃を入れてくることから、俺は彼から背を向けて逃げることしか出来ない。


 「弓」の勇者も相手をすることも不可能だ。まず彼女は神速としか言いようがない異常な速さで縦横無尽に空間内を走るため、俺の攻撃が全く当たらないのだ。


 「斧」と「魔」に関しても同様だ。

 まず、魔王メリッサ戦で彼女は魔剣を用いて圧倒的な膂力(りょりょく)を見せつけたが、今目の前にいる「斧」の勇者はそれを遥かに超えているのだ。一撃一撃を彼とぶつかっても、吹っ飛ばされるので、相手をすることが不可能なのだ。

 それに、「魔」の勇者に関しても、【魔王】メリッサ以上の威力を誇る魔法を放ってくるため、この状況ではどう考えても対処できない。


 そして……。


「レオンッ! 俺だっ! 目を覚ませ!」


「…………」


 全くの躊躇を見せず襲い掛かってくるレオン。

 剣と剣をぶつけながら俺は彼に訴えかけるが、一挙手一投足変化は見られない。


「レオン……俺の声が聞こえないのか……?」


「ふふ。無駄よ。こいつらはもう完全に意志を持たない」


 あまりの悲劇的再会に、憎しみでメリッサに吠えようとした俺。

 しかしこの判断が失敗だった。

 レオンは隙ありと判断したのか、俺に向かってスキルを発動したからだ。


「――――デススラッシュII――――」


 赤と闇を纏った刀身を振り下ろすレオン。


「あ……」


 痛恨の一撃だった。

 声を漏らすと同時に俺の左腕は斬り落とされていたのだ。

 カランと落ちる「聖剣エクスカリバー」。


 しまった……!!

 回避だけに集中しないと!


 「闇勇者シリーズ」から一旦距離を取ろうと試みる俺だが、止まらない5人。


「ふふ……。良い眺めだわ♡」


 コイツだけは……。

 コイツだけは意地でも俺が殺さないと駄目なのにっっ!!


 にもかかわらず俺は……。


 剣に。

 斧に。

 槍に。

 弓に。

 魔法に……。


 自我を持たない5人に、なすすべもなく倒されていた。


「……ッ!!」


 立て!

 立つんだ俺っ!


 しかし、今の俺は肺を裂かれ、大量に出血し、骨も砕かれた状態。


 まともに息が出来ない俺はその場から立ち上がろうとするも、今まで経験したことのない違和感に気付いていた。


「がぁっっ……!?」


 た、立てない……っ!?


 え……。

 嘘…………だろ?


 これが………………死?


 急速に冷えていく重い体に抵抗するかたちで立ち上がろうとするが、体全身にもう全く力が入らないのだ。


 痛みは感じなかった。

 しかし俺の心を痛烈に苦しめるのはみんなの期待に応えられなかった無念だ。

 脳裏にふと去来するパーティメンバー全員。


 俺は魔王の城でメリッサに対して、「みんなのおかげで戦えるんだ」と言った。


 だけどっ……!


 だけど、

 だけど、

 だけどっ!!


 俺一人だと何も出来ない役立たずじゃないかっ!!


 ふぅふぅと嗚咽を漏らしながら俺は怒りと悲しみでぽろぽろと涙を流す。


 アリシアと冒険を共にするたび俺は言われてきた。

 「オマエは英雄気取りだ」と。


 あれはこういうことだったのか?

 これは勘違いに勘違いを重ねた結果の報いなのか?


 ごめん……。

 アリシア。

 メイ。

 ネネ。


 そして……レオン。


 そして…………人類の皆さん。

 生まれてすいませんでした。


 刹那、俺の頭上にフワリと舞い降りた大魔王メリッサは唇の端を歪める。 


「ゲームオーバー……ね。まぁ、なかなか楽しかったわ♡」


 上から見下ろす彼女に対して、俺は憎悪と殺意を込めた双眸でメリッサを睨み据えるのが精一杯だった。


 メリッサがパンと手を叩くと、とどめと言わんばかりに俺に魔法を放つ「魔」の勇者。


 そして……。

 俺という存在は跡形もなくこの世界から消滅していた。






















































































《【聖女】のユニークスキルLv5「セイブ・ザ・ヒーロー」が使用されました》


「…………」


「…………」


「…………」


「まだ……だ……」


 身体の全てが再構成され、感覚を取り戻した俺。


 身体が……。

 身体が燃えるように熱い。


 皆の想いが……。

 魂が燃えているんだ。


 ありがとう。メイ。レオン。

 俺はここにいても独りじゃないんだ。

 何処にいても俺の傍には幼馴染がいてくれるんだ!


「貴方は確実に死んだはず……。いったい何が起こったというの……?」


 奇跡的復活を遂げた俺に目を細めるメリッサ。


「みんなのおかげだ。俺がこうして生きてここにいるのは仲間のみんながいたからだ」


 アルス村。

 神獣の里。

 エルト砂漠。

 魔天空城。

 そして魔王の城。


 勇者パーティを追放された俺がここまで来るのに至った道は決して生半可ではなかった。


 だけど、その度俺はみんなに背中を押されて励まされたんだ!


 確かに、俺は大切な人を守れなかった。

 大切な仲間も守れなかった。

 だけど、今度こそコイツに勝ちたい!


 これまで関わった人たちの期待に俺は応えたいんだ!


 最期の決意と覚悟を固めた俺はメリッサに叫ぶ。


「大魔王メリッサ! 俺は世界を守るために今度こそお前を討ち倒すぞ!」


「何を言っているの? 貧弱な子が生き返ったところで、状況は変わらないわ」


 彼女がそう告げた瞬間、俺の脳内に情報が流れる。


《スキルを全て獲得したことにより、最後のユニークスキルを使用する準備が整いました》


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剣スロット一覧

スロット1:ドラゴンスラッシュ

スロット2:流星

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斧スロット一覧

スロット1:身体強化【極】

スロット2:ビッグバンスマッシュ

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槍スロット一覧

スロット1:乱撃

スロット2:グングニル

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弓スロット一覧

スロット1:千里眼

スロット2:アルテミスアロー

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魔法スロット一覧

スロット1:ファイアーボール★★★

スロット2:無詠唱

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ユニークスキル:【ポイント・エージェンタ】Lv5


Lv1⇒獲得経験値上昇【大】

アンロック条件:なし


Lv2⇒獲得経験値上昇【極】

アンロック条件:剣、斧、槍、弓スキル、魔法を合計1個修得(現在10個)


Lv3⇒ポイント・エージェンタ(改)

アンロック条件:剣、斧、槍、弓スキル、魔法を合計3個修得(現在10個)


Lv4⇒ポイント・エージェンタ(真)

アンロック条件:剣、斧、槍、弓スキル、魔法を合計8個修得(現在10個)


Lv5⇒チョーズン・オブ・エージェンタ

アンロック条件:剣、斧、槍、弓スキル、魔法を全て修得(現在10個)

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〇チョーズン・オブ・エージェンタ

ポイント・エージェンタの中のポイント・エージェンタ。

「自身」に対して経験値付与の能力を使用することができ、これまで獲得した全てのスキルをエクストラスキルに覚醒することが出来る。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺は……。


 俺はまだ──


 戦えるッッ!!


「決着をつけよう。メリッサ」


 俺は二刀流で「聖剣エクスカリバー」と「聖剣アロンダイト」を抜き取り、聖剣の柄を握る。


 「闇勇者シリーズ」に囲まれている絶望的状況。

 しかし俺は大魔王メリッサだけを見据えていた。

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