第85話 完璧な沈黙

 魔王メリッサの放つ切り札はアリシアに向かって放たれた。

 俺はアリシアの前に出るが、ある人物がスキルを発動する。


「――――キャンセル――――!」


「なっ……!?」


 声を漏らしたのと同時だった。

 アリシアに放たれた絶対必中の魔法はレオンに直撃していたのだ。

 どうあっても救命の望みは無い一撃をだ。


 あら……。とメリッサは呟き、レオンの体はガクッと傾く。

 シュウウと音を立てて消えるレオンの「聖剣エクスカリバー」。


 俺は倒れているレオンをすぐさま抱き起こす。


「レオ――」


「聞けアルス。俺は『剣』の勇者だ」


「なっ!!?? そん……な……」


 唐突に告げられたレオンの正体。

 だが、俺は彼の発した言葉の意味をまるで思考能力を奪われたかの如く理解できないでいた。


 「勇者シリーズ」は確か……。

 「斧」の勇者。

 「槍」の勇者。

 「弓」の勇者。

 「魔」の勇者。

 がいたが……。


 レオンが「剣」の勇者だと……!?


 愕然とする俺にレオンは続ける。


「メリッサは自身の魂を『勇者シリーズ』に分けた。つまり彼女を倒したところで一人でも勇者が生き残っていれば、奴はまた復活する。これが『勇者シリーズ』の秘密だ」


「……!!」


 それでも……。

 自分から死を選ぶ必要はないだろ?


 そう言おうと思った。

 そう言いたかった!


 だけど……。

 レオンはこの瞬間、このタイミングを待っていたんだ。

 誰にも打ち明けずにだ。


 力なくしおれていくレオンに俺の頬は涙がつたう。


 そして……。

 彼は半分目を閉じながら一つのアイテムを取り出していた。


「これは返すぞ」


「これ……は……?」


「オマエを追放した時に回収したハンター証だ……。これを持っていれば俺のユニークスキルを使える。必ず役に立つだろう」


 レオンの震える手から俺は勇者パーティに所属していた頃の自身のハンター証を受け取る。

 その瞬間、俺のハンター証は黄金の光が溢れ、脳内に情報が流れる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇【勇者】のユニークスキルLv5《星を継ぐもの》

【勇者】専用。このユニークスキル、勇者のこれまで獲得したスキル、魔法、ステータス及び勇者にかかっている魔法の効果全てを1人に引き継ぐことが出来る。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これが……。

 これがあればあの魔王メリッサを……。


「フン。惜しむらくは魔王メリッサの死ぬ瞬間をこの片目で見たかったが、俺は贖うことのできない罪を犯している。アイツを倒したところで、俺はもう自分を許すことはないだろう」


「レオンッッ……! それでもっ……それでも俺は誰が何と言おうと最後まで一緒に戦いたかったっ!!」


 涙で視界が滲む中、嗚咽を漏らしながらレオンに訴えかける俺。

 そんな俺達二人のやり取りを息を飲んで見守っていたアリシアはゆっくりと口を開ける。


……。あの魔王は私達が必ず!」


 それは……。

 あのアリシアが初めてレオンを名前で呼んだ瞬間だった。


 初めて自身の存在を認めた彼女の言葉に、一瞬フッと笑みをこぼすレオン。


 そして……。

 彼の口からは……。

 最期の言葉が発されていた。


「行けアルス。お前が真の勇者だ」


 そう告げた瞬間、満ち足りた笑みで沈黙するレオン。

 彼の存在はキラキラと光る欠片となり、その場から完璧に消えていた。


「レオン――――――っ!!」


 あまりの悲しみに俺は涙が止まらなくなる。


「うっ……ううぅ…………っ……!」


 また大切な人が死んだ。

 俺は他人に守られてばかりだ。


「アルス……様……」


「分かってるよ。アリシア」


 泣いている場合ではない。

 今ここでグズグズしている分、魔王メリッサを討つのが遅れるのだ。

 スッとその場から立ち上がる俺。


 しかし、メリッサはケタケタと笑っていた。

 レオンと別れた直後なのにだ。


「ありがとうアルス。相変わらず私をシビれさせてくれるのね。貴方のおかげでまた思い出が一つ増えたわ♡」


 彼女の意味不明な言葉に、俺は全身の血が逆流するように感じた。

 一瞬にして心を真っ黒に塗りつぶされた俺は大きく目を見開ける。


「何だとお前ッ!!」


「私の感謝が伝わらないのかしら? 悲劇の主人公が死んだのよ。こんな煌めき滅多に見れるものじゃないわ」


 唇を歪ませるメリッサにふーふーと肩を揺らす俺。

 生きていてここまで他人に嫌悪感を持ったのは初めてかもしれない。


「違うっ! お前はレオンを馬鹿にしているだけだっっ!」


 その場で激昂し、鋭い眼差しを向ける俺だがメリッサはきょとんとする。


「どうしてそこまで怒るのかしら? あの勇者はここに来るまで散々なことをしたはずよ」


「利いた風な口を叩くな! レオンは避けられない運命を全うしたんだ! 侮辱するな!」


 俺はメリッサを殺す!

 絶対にだっ!


 俺はレオンの期待に応えるため、【勇者】のユニークスキルを発動する。


「――――エクスカリバー――――!」


 「二刀流」スキルを用いて、右手に「聖剣アロンダイト」。そして左手にレオンの「聖剣エクスカリバー」を装備する俺。


 【勇者】のユニークスキルを獲得したからだろう。

 俺の二本の聖剣は更なる真価を発揮したのか、これまで見たことのない輝きを放っていた。


 初めて聖剣の効力が発揮される時。

 しかし、メリッサは自分が負けないことを確信しているのか、喜色を浮かべた表情は変わらない。


「ふふふ。『聖剣エクスカリバー』に『聖剣アロンダイト』。オモチャが増えて何が変わったと言うの?」


「オモチャだとっっ!!」


「そう、オモチャ。貴方が【勇者】になろうが、私は【魔王】よ。これまでどの勇者も葬り去ってきたわ。つまり、あの勇者の魂の煌めきを見れた以上、私が彼にだけ自我を保たせたのは失敗ではなく成功だったってことよ♡」


 怒りの臨界点を超えた。

 俺は「身体強化」で一気に距離を縮め、二本の聖剣を彼女にありったけの力で振り下ろす。


 ガガアァァンッッ!!


「――――ッッ!!??」


 瞬間、驚愕の表情に塗り替わったメリッサ。

 それもそのはずだ。

 俺達のこれまでの攻撃が噓だったかのように彼女は吹っ飛んでいったからだ。


 俺は壁に打ち付けられたメリッサに、以前よりなお増した声で叫ぶ。


「答えろメリッサ! この剣のどこにそんな重さがあるっ!」

 

 レオンッッ……!

 俺はレオンの命を絶対に無駄にはしないぞ!


 【勇者】に覚醒した俺は今度こそ魔王メリッサとの戦いに終止符を打つため、彼女と戦う決意を固めていた。

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