第80話 【SIDEメイ】キャットファイト!
ぐうっ……!?「
途轍もなく速い矢はわたしの胸に命中していた。
忘れて……た。コイツは「弓」の勇者。
桁外れの威力にわたしはその場で膝をついてしまう。
ごめん……みんな……。
わたしはここまで……ね。
でも、安心して。わたしはあくまで分身だから。
後は、後輩ちゃんとネネちゃんの二人でコイツを……。
視界がかすみ、全身から力が抜けていく。
ああ、死ぬ……。
せめてアルスの傍にいたかった。
とは言え……。
アルスはもうわたしではなく別の女の子を見ている。
ああ。
このわたしの思い……。
アルス……。
「キャハハハッ! ごっめーん、お腹を狙ったつもりがムネに命中しちゃってた? ごめんねぇ。平らで分からなか――」
「死ねゴラ」
「ぶべら……ッ!!??」
女の意地でカムバックしたわたしは渾身の力で弓の勇者の顔面をブン殴る。
この一撃はどうやら彼女も想定していなかったのか、ガラ空きの顔に綺麗な一撃が入っていた。
いけるッ……!
連打を浴びせる絶好のチャンス。
ラッシュでとどめをさせるわ!
しかしわたしはこの機会を自ら捨て、大きく彼女から後退する選択をしていた。
弓の勇者のこれまで見せなかった目つきにゾッとさせられたからだ。
「テメェは絶対ェ、髪の毛鷲掴みして天井仰がせながら泣かせてやるぅっっ!」
遂に本気でわたし達を殺すと決めたのか、高さの分からない天井に向かって一心不乱に矢を打ち始める勇者。
「――――ネオ・シューティングスター――――」
やっば……。
これは、洒落にならない。
どうやらわたしは寝ていた虎を起こしてしまったらしい。
黒く光る矢の雨が、わたし達のいる空間に降り注いできたからだ。
彼女の奥義にただ戦慄することしか出来ないわたしだったが、不意に後方から叫び声が聞こえてくる。
「何やってるんですかっ! 早く来なさい!」
ネネちゃんにぴったりとくっつきながら、剣を構える後輩ちゃん。
わたしは両腕で頭をガードしながら彼女たちの元へ撤退するが、鎧をも貫く矢は自身の腕を貫通していた。
「痛ったあああああっっ!!??」
わたしは悲鳴を上げながら、後輩ちゃんの傍に近づくと、ネネが心配そうに大声を上げる。
「メイよっ! 大丈夫か!?」
「ありがとネネちゃん! わたしは平気よ!」
わたしは自身に回復魔法を使用し、チラッと黒い流星をひたすら落とし続ける後輩ちゃんに目をやる。
「フン。そう言えばアンタが剣聖ってことすっかり忘れてたわ。ただの巨乳ちゃんじゃなかったのね」
「貴方は素直に人に感謝することが出来ないのですか……?」
冗談じゃないわ。誰がアンタに……。
そう言おうとしたわたしだったが、彼女にそれを告げることは出来なかった。
言葉を発するよりも前に違和感を覚えたからだ。
「なんじゃ? 矢が止んだぞ?」
ネネちゃんがそう告げた瞬間、ゾワリと正面から強烈な殺気を感じる。
フランベルジュを構えた弓の勇者がまるでネコ科動物の如く跳躍し、わたし達に突っ込んで来たからだ。
「ひゃっほおおおおっ!!!」
「後輩ちゃん!」
「分かってますよ!」
ガギィィン!と勇者と後輩ちゃんの刃がぶつかり、大きく火花が散る。
が、後輩ちゃんは彼女の突きに大きく吹き飛ばされていた。
「ぐうっ……!」
「ちょ……!?」
不味いッ!
コイツの傍にいないと彼女の矢は対処できないっ!
「オメェ等全員死ねやッ!」
彼女は再度矢を何本も放つが、ターゲットは近くにいたわたしでもネネちゃんでも無かった。
上空に放たれた矢にわたしはしばらく疑問に思っていると、ヒュンヒュンヒュンとあちこちから矢が飛んでくる。
「――――落星オートメーション――――」
うっわ……。
これは本当に不味い……。
まるで意思をもったかのような矢はあらゆる角度から的確にわたし達を襲ってきたのだ。
「――――ハイヒール――――!」
「――――ハイヒール――――!」
「――――ハイヒール――――!」
「――――ハイヒール――――!」
「――――ハイヒール――――!」
ぐうう……。この勇者絶対に許さん……。
全身を貫く止まらない矢にわたしとネネちゃんは悲鳴すら上げられないでいると、復帰した後輩ちゃんが迷わず弓の勇者に挑んでいた。
流石に状況が状況と判断したのか、後輩ちゃんの剣戟は今までで最高速度に到達している。
個人的には弓の勇者に挑むより先にこの襲ってくる矢を何とかして欲しかったが……。
とはいえ、恐らく後輩ちゃんはこれ以上追加で矢を放つ猶予を削った方が良いと判断したのだろう。
オート攻撃の矢が止み、わたしも戦いに加勢しようとしたところで、後輩ちゃんは再度フランベルジュに押し返されていた。
「いいわねアンタ! もう一度わたしのサポートに徹しなさい!」
「無理です!」
「はぁっ!? アンタこの大先輩に楯突くって言うのっ!?」
「私一人で行けますからっ!」
てこでも動かない彼女。
恐らくこうやって今までアルスを困らせてきたのだろう。
弓の勇者に駆け出す後輩ちゃんだったが、わたしは心底呆れていた。
わたしの指示を無視して弓の勇者に挑むが、やはり彼女は駄目だ。
今までと変わらない全く同じ攻撃の型。
やっぱり殴ってでも止めるべきだったか……。
そう、後悔したわたしだったが、後輩ちゃんの体の変化に目を疑う。
彼女の背中から突然翼が生えていたからだ。
そして、驚いたのは何もわたしだけではない。弓の勇者も同様だった。
「くっ…!? 何だコイツッッ! いきなり、飛びやがったっ!?」
「はああぁぁっ!!」
後輩ちゃんの横なぎの一閃。
その攻撃は遂に弓の勇者に見事に入り、彼女はぶっ飛んでいた。
「ぐわっ!!??」
いや。
は?
ようやく弓の勇者に一撃が入ったところだったが、意味不明の彼女にわたしはすぐそばにいるネネちゃんに問い詰める。
「ネネちゃん。あれ知ってる?」
「う……うむ。まぁ……知っておるぞ……」
どこか含みを持たせた物言いの彼女。
我慢ができなくなったわたしは何故かパンとドヤ顔で服を払う後輩ちゃんに詰め寄る。
「アンタ、何、今の攻撃? って言うか初めて見たんだけど」
待ってました!と言わんばかりに突然にへらぁっと喜色悪い笑みを浮かべる後輩ちゃん。
「魔天空城に行く際使用した『大天使の翼』です。アルス様は私を
駄目だ。コイツ殴ろ。
人類の命運をかけた戦いでわたしは今あろうことか年下にマウントを取られているのか。
別に秘策があるのは何もコイツだけじゃない。
「ネネちゃん、そろそろアレやるわ。『か弱い乙女』の必殺技をね」
「うむ……。やってはみるが、わらわは何でも出来るわけじゃないからな……」
そう言いつつ渋々わたしの拳に魔法を発動するネネちゃん。
準備が出来たところで、わたしの右拳には凄まじい光のオーラが放たれていた。
これを……コイツに……。
わたしは未だにわたし達から背を向け、ぶつぶつ呟いている後輩ちゃんに合体技を使用する。
「――――ビッグバンナックル――――!」
「――――ポジションコンバート――――!」
「があぁっ……!!??」
後輩ちゃんにお見舞いしたはずの鉄拳は弓の勇者へ炸裂していた。
既に彼女は後輩ちゃんにぶっ飛ばされたはずだったが、再度面白いくらいにこの場からぶっ飛ばされていた。
「ま、作戦通りね」
誰に言うともなく呟いていると、ネネちゃんは間髪入れずにわたしにツッコミを入れる。
「いや、生きてて一番ヒヤッとしたわいっっ!」
「そ、そうかしらネネちゃん……」
ぷんすかと怒りを露わにしていた彼女だったが、すぐさま真剣な眼差しで頭上を見上げる。
ネネちゃんが考えていることはわたしと全く同じだった。
「やはり……絶命には至ってないようじゃな……」
「らしいわね……」
気持ちのいい一発が入ったが、どうやらこの秘策でも弓の勇者は倒せないらしい。
わたしとネネちゃんは後輩ちゃんの元へ近づくが、三人全員が異変に気付いていた。
「? どうしてまだ矢が落ちてこないの?」
漆黒のオーラをまとった大量の矢。
それらは獲物を狩る機会を伺うかのように待機していたのだ。
あれを何とかしないとマズい……。
そう考えた瞬間、遠くの方から怒声が響き渡る。
「オメェ等全員、死ねやゴラァア!!」
異次元の速さで急接近した弓の勇者は後輩ちゃんにフランベルジュを振り下ろす。
そして……。
弓の勇者がわたし達の前に姿を現した瞬間、頭上の矢は一気に降り注いできた。
……ッ!!
時間差攻撃っ!!
これだと、今まで通用したヒットアンドアウェイが通用しないっっ!
いや……。
そもそもさっきより矢が増えているけど、わたしとネネちゃんはこの猛攻撃に耐えられるの!?
わたしは腕でガードを試みるが、肺に矢が突き刺さり、呼吸が止まる。
がっ……!?やっば……!?
憎らしいほど的確な矢はわたし達の詠唱を不可能にするためか、角度を変えて喉にも襲い掛かってくる。
しかも厄介なのは、直前で軌道を変えて翻弄してくる矢が一定存在すること。
手足を射抜かれたわたしは周りの状況を確認するが、ネネちゃんが床に崩れた瞬間、我先に回復魔法を詠唱する。
親友は死なせないッ!
判断を間違えれば、即誰かが死ぬ極限状態。
0秒で魔法を発動できない以上、誰を回復するのか常に順番を意識していないとそれだけで終わるからだ。
しかし、わたしは残り魔力を常に意識しながら、矢の雨が終わるまで全員の体力調整に成功していた。
そして……。
わたし達三人は辛うじて全員生存していたが、殆ど戦闘不能状態まで追い詰められていた。
わたしとネネちゃんは言わずもがなだが、後輩ちゃんも何度か身を挺し、わたし達に襲う矢を処理していたため、勇者に隙を突かれ、致命傷を負わされていたのだ。
ふらふらと一つに集まるわたし達を満面の笑みで眺める弓の勇者。
「キャハハッ! 弱者をいたぶるのって最高ッ! 強者のみに与えられた特権よね!」
「……!」
コイツ……。
やっぱりわたし達で「勇者シリーズ」を倒すのは難しいのか?
一瞬、その思考に辿り着いたわたし。
しかし、傍にいた後輩ちゃんは平然とわたしに話しかけてくる。
「貴方の回復魔法を使える回数は残り何回ですか?」
「3回ね……」
だからわたしは全てに絶望している。
わたしの魔力が尽きることは即ち全滅を意味しているからだ。
しかし、彼女は顔色一つ変えることなく質問を続ける。
「では……攻撃魔法を使える回数は?」
「? 1回だわ」
あまりにも追い込まれた状況に頭がおかしくなったのか、フッと突然笑みを浮かべる後輩ちゃん。
「『【聖女】に二言は無い』んですよね?」
「アンタ……まさか」
コイツは今の状況が分かっていないのか?
ところが彼女はわたしの疑念を無視し、ネネちゃんへ質問する。
「ネネ。貴方は二人専用技を使えるそうですが、あれは私でもできるのですか?」
「うむ。試したことは無いが……やってみる価値はありそうじゃな」
「らしいですよ。【聖女】メイ。私達は貴方を全力で援護します」
「!!」
どうやらコイツはわたしに弓の勇者を討てということらしい。
いや……。
それより……。
後輩ちゃん自ら他人に協力をお願いするのは意外だった。
わたしは一度彼女とアルス村のカイザータウロス戦を経験しているが、単独行動があまりにも酷すぎて、危うく死にかけている。「魔」の勇者戦でも連携はわたしより取れていなかった。
恐らく彼女はハンター養成学校にいた時から他人と協力したことが無かったのだろう。
しかし……。
ここに来て考え方が変わったのか?
目を見張る彼女の成長にわたしは思わず口角を吊り上げる。
「ふん。後輩ちゃんの癖に言うようになったじゃない」
これは……。
痛みが飛んだわ。
わたしの回復魔法なんかよりも。
後輩ちゃんの期待に応えるため、わたしはキッと弓の勇者を見据えるも、彼女は余裕そうに不敵な笑いを上げる。
「キャハハッ! 急所は外してるからさぁ……サッサと這いつくばって命乞いしてくれない♡」
「するワケないでしょ。アンタはわたしが叩き直してあげる」
「アアン? テメェ勇者舐めんじゃねーぞ!! マジで殺すぞ?」
「無理ね。アンタはわたしがけりをつけるから」
「上等だゴラァッ!」
すぐさま遥か頭上に切り札を発動する弓の勇者。
「――――ネオ・シューティングスター――――」
彼女が奥義発動と同時にわたしは後輩ちゃんとネネちゃんから離れ、インファイターの時同様、勇猛果敢に弓の勇者に駆け出す。
怒れ!
吠えろ!
「うおおおおおおお!!!」
「キャハハハハッ! アタシの元まで来れるワケないでしょ!」
漆黒の矢が垂直に急落下する中、すぐさま後輩ちゃんの大声が後ろから響き渡る。
ネネちゃんと二人専用の合体技発動の準備が出来たのだろう。
「――――神風一閃――――!」
後輩ちゃんが風を纏った剣を振ったのか、ジャギジャギジャギ!と空間内の矢全てを打ち落とすことに成功していた。
わたしはなおも躊躇することなく弓の勇者に突っこんでいく。
「うぜェ! その程度でアタシを攻略したつもりかよッッ!」
弓の狙いを完全にわたしに絞った勇者。
彼女は追尾型の矢を放つことを止め、威力重視の攻撃に変更していた。
「――――韋駄天――――!」
正確に射貫く矢は頭を砕こうと一直線に飛んでくるが、わたしは片腕で顔をガードし、無我夢中でダッシュを続ける。
「……ッ! ザケンな格闘女! 今のダメージ確定コースだろがッ!」
足を打たれてももうわたしは止まらない。
フランベルジュで突かれようが、籠手で掴んで進撃を止めない。
そして……。
わたしの尋常じゃない決意と覚悟に怖気づいてしまったのか、背を向けて逃げようとする弓の勇者。
「逃がさないわっ!」
コイツに仕切り直しは絶対にさせない!
わたしは一度だけ回復魔法を消費し、弓の勇者を追いかける。
「――――ハイヒール――――!」
「チィッ! テメェさっきのが全力疾走じゃねェのかッッ!?」
遂に弓の勇者に追いつき、距離がゼロになったわたしは彼女を抱きつくかたちで背後から拘束していた。
「オイ、テメェッ! 何をする気だッ!?」
「アンタはわたし達1人でも倒せば士気が弱くなると考えているんでしょうけど、前提が間違っているのよ」
「ぐっ……どっ……どういうことだッ!?」
「残念だけど、わたし本体はここにはいないの」
「神獣の里」で入手した「星の欠片」は5つしかないため、わたしは所持していない。
だからどのみちわたしはこの先みんなと一緒に戦えないのだ。
それに……。
どれだけ考えても今のわたしが後輩ちゃんの期待に応えるのはこれしかなかった。
「や、止めろオオオォォッッ!!!」
「ふん。あのキリュウもわたしと同じ気持ちだったのかしら……?」
泣きじゃくりながら
「――――ホーリーエクスプロージョン――――!」
刹那、カッ!と光の閃光が走り、空間内を大きく照らしだす。
こうしてわたし達は弓の勇者を討つことに成功していた。
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