第78話 最終決戦の火蓋を切る

 俺達はアルス村のダンジョンとは真逆に位置する村の外に集められていた。

 ここには分身したメイも含め、パーティ全員が揃っているが、キリュウさん以外の村人は一人もいない。


 俺が感じていた疑問はレオンも持っていたのか、彼はすぐさまキリュウさんに問い詰める。


「どうしてこんなところまで呼び出した? あの村で渡せば良いだろ?」


「はっ! ここで渡したい気分なんや! そんなに拍手喝采を受けたいんやったら別にあそこでもええけどな」


「別に……」


 それ以上レオンは何も言わなくなると、キリュウさんは片手で持っていた剣を振り上げる。


「ほな、始めるとするか! っつっても渡すだけやけどなっ!」


 スタスタと不規則な歩幅で俺に近づくキリュウさん。


「雰囲気台無しじゃない……」


「じゃな……」


 げんなり顔を浮かべるメイとネネ。

 しかし、そんな二人に対して俺はゴクリと唾を飲み込んでいた。


 ここまでの道は本当に長かったが、ようやく聖剣が手に入る……。


 俺はキリュウさんから聖剣を両手で受け取ると、彼はニッと満面な笑みを浮かべる。


「ふッ! 『お納めください』ってやっちゃな!」


 俺とアリシアで繫殖期を乗り越え、ブレス耐性のマントを貰った時と同じ言葉をかけてくれるキリュウさん。

 俺はその言葉にビリビリと鳥肌が立ち、心の底から嬉しさが込み上げてくる。

 俺は剣を包んでいた布をゆっくり取ると、聖剣の刀身が露わになる。


 これが「聖剣アロンダイト」……。

 ズシリと他の追随を許さない重さがあるだけじゃない。

 キリュウさんの想いも乗っているのか、この剣は物凄く熱いのだ。

 そして、刀身からはこんなに美しい剣が存在するのかと思うような見たことのない光を放っていた。

 これなら普通の剣では耐えられなかったポイント・エージェンタ(真)の負荷にも耐えられるだろう。


「本当にありがとうございます! キリュウさん!」


 俺は深々と頭を下げると、キリュウさんはガッツポーズをする。


「おうっ!! 絶対その剣で魔王を倒せよっ!」


 その後も俺はしばらく聖剣の柄を握っていると、脳内に情報が流れてくる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇武器:聖剣アロンダイト

「聖剣エクスカリバー」と対をなす剣。この剣装備時に限り、スキル【二刀流】を使用可能。【勇者】が装備することで、魔王を討つ剣となる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二刀流スキルッ!

 二本の剣なら同時に装備出来るということか!

 これなら聖剣ともう一本の剣で戦いに参加できそうだぞ!


 しかし……。

 一通り聖剣の情報を確認した俺だが、気になる点が一つあった。


「ねぇ、レオン。『聖剣アロンダイト』を装備するのは俺で良いの?」


 俺はレオンに「聖剣アロンダイト」の情報を伝えるが、レオンは特段表情を変えることなく説明する。


「そこは間違っていない。だいたい、片腕の人間がどうやって二本の剣を装備する?」


「いや、まぁ、そうだけど……。本来の力を発揮するには【勇者】が装備しないと駄目なんじゃないのかなと……」


「今の俺は【勇者】のユニークスキルだけでなく【闇勇者】も獲得してしまっている。だからその聖剣を装備しても意味が無い。俺の『エクスカリバー』の刀身が闇色なのもそれが理由だ」


 いまいちまだ腑に落ちていないが、レオン自身も聖剣本来の力を扱えていないという理解になるのか?

 そんなことを考えていたところで、レオンは俺の思考を遮るように言葉を付け足す。


「そもそもオマエは【勇者】になる」


「?」


 言っている意味が良く分からず、俺はレオンに聞き返そうとしたが、それは叶わなかった。


 ゾクリと尋常じゃない殺気を感じ、俺達の元へドスドスドスッ!と大量の矢が放たれたからだ。


 そして、矢が地面に着地したと同時に強烈な閃光が走る。


「くっ……眩しい!」


「いきなり何よっ!?」


「何なのじゃ! この光はっっ!?」


 俺とメイにネネ。その場にいた全員が状況を理解できず、動きを制限される。


 ようやく目の調子が戻ったところで、俺は辺りを見回す。

 パーティメンバー全員に異変は感じられない。

 が、俺はある人物が居なくなったことで、ハッと息を吞む。


「キリュウさ――?」


「キャッッハハハハハッッッ!!!」


 不気味な笑いを上げる方に注目すると、黒いローブを身に着け、不気味なまでに白い肌をしたショートヘアの女性が立っていた。


 そして……。

 彼女の傍にはキリュウさんがいたが、逃げられないようにするためか、彼の両足はナイフで刺されていた。

 ぐっ……。と苦しみの声を漏らすキリュウさんに俺は状況が理解できず混乱する。


「なっ……! だ、誰だアイツはっ!? それに……キリュウさんがっ!」


「不味いッ……! 『弓』の勇者だ!」


 レオンの返答に俺は一瞬にして顔を青ざめさせる。


 「勇者シリーズ」かっっ!


「キャハハ! 皆で一致団結してこれから頑張ろうって意気込んでるのいいねぇー」


 ニタリと笑みを浮かべ、気味の悪い表情で更に続ける弓の勇者。


「そういうのブッ壊したくなるっ!」


「……ッ!」


 彼女はどう見ても俺達を馬鹿にして弄んでいる。

 他人の邪魔をすることに悦びを感じる怪物なのだろう。

 そんな人間は許されるべきではないし、野放しにしていいはずもない。


 俺は弓の勇者に対して怒鳴るような大声を上げていた。


「ふざけるな! キリュウさんの傍から離れろ!」


「アアン? オメェ馬鹿だろ。この状況見て分かんねーのかよ? サッサと選べっつってんだよ!」


「なっ……!? 何をだっっ!」


 彼女の意図が分からず俺は弓の勇者に尋ねる。


「『聖剣アロンダイト』かコイツ。どっちを生かしてどっちを殺すかオマエが選ぶんだよッッ!」


「何……だと……」


 彼女から突き付けられた二択に、俺は不意に頭を鈍器で殴られたみたいにくらっとする。

 全身の感覚が麻痺し、両足で立っていることの方が不思議だ。


 駄目だ……。

 目の前が真っ暗になりそう……だ。


「キャハハッ! それにしても『魔』の勇者も頭が悪いなー。初めっからこうすればよかったのに!」


 くっ……。

 俺は「槍」の勇者の言っていたことを今更になって理解した。

 弓の勇者は俺が会った「勇者シリーズ」の中で一番狂っているっ……!

 彼女は与えた二択で俺達が苦しむさまを見て喜ぶ人間だからだ。


 聖剣を手放すか、キリュウさんを見捨てるかの状況だが、俺は……。

 コイツの狂気的な選択に、素直に従う気にはなれなかった。


 俺はすぐさまネネに向かって声を上げる。


「ネネ! 今すぐ『ポジションコンバート』を使って欲しいんだっ!!」


「うむ。わかっ――」


「言っとっけど、スキルと魔法を使った瞬間、コイツは即殺すからー。詠唱前にサクリとねー」


 魔法を発動しようとしたネネだが、彼女の詠唱はピタリと止まっていた。


 う……。

 打つ手が無いっっ……!

 一体どうすれば……?


「どうすんのー? 聖剣をアタシに渡せばコイツは放してあげるけどー」


「……ッ!」


 選択を渋る俺に業を煮やしたのか、弓の勇者はキリュウさんに刺しているナイフを更に肉へと押し込んでいた。うめき声を漏らす彼に、俺は更にどうしていいのか分からなくなる。


「おっせェなアアッッ! アルスッッ! 良いんだな? アタシが殺すぞっ? 今すぐアタシが殺すぞっ?」


 弓の勇者の強迫から俺はとうとう覚悟を決めていた。

 彼女に叫ぼうとした瞬間、傍にいたレオンが口を開ける。


「オイ、アルス。俺はアイツを選ぶぞ!」


「ああ!」


 レオンも聖剣を弓の勇者に渡し、キリュウさんを助けることを選んだ。

 確かに……。

 今は悔しいが、そうするべきだ。

 俺は聖剣の柄を握りしめ、弓の勇者に渡そうとするもすぐさまメイが否定する。


「ちょっと! なら、魔王メリッサはどうやって倒すわけっ!」


「ッ……!!」


 俺とレオンの選択に納得しないメイ。

 確かにそうだ。ここで、聖剣を失ってしまえば、いよいよ魔王を討つ術が無くなってしまう。

 今も沢山の人が脅威度が上昇した魔物と戦っていることは頭の中では分かっている。

 それに、冷徹に考えれば、「聖剣アロンダイト」を彼女に渡したところでキリュウさんを本当に解放するか分からない。


 パーティリーダーとしてみんなの上に立つ以上、究極の選択は俺に委ねられているが……。


 これは……。

 選べないッッ……!


 なすすべもなく俺の頬には涙がつたっていると、キリュウさんは場にそぐわない笑い声を上げ始める。


「キリュウ……さん?」


「ハッ! 相変わらず優しすぎるな英雄アルスくんは! それに勇者! オマエはオレと会った時と真逆のことを言うとる! ソイツが無いと魔王は倒せへんのやろっ!」


「ああそうだ! だが、アンタの命は俺が保証すると約束したっ!」


「そうです! こんなのおかしいです!」


 怒りを露わにするレオンに、訴えるかのように声を張り上げる俺。

 しかし、キリュウさんは何故か観念した様に独り言を呟く。


「『昔』と一緒やな……」


 そう言って彼は突然自身の服をまさぐり始める。


「キリュウ……さん?」


「オイ、待てキリュウ! オマエは何をするつもりだっ!?」


「勇者にアルスくん。オマエ等二人は自分を責めんなよ」


 キリュウさんは一本の棒を取り出し、天に向かって掲げる。


 あれは……。

 まさか、スクロールッッ!!

 あの棒には間違いなく一つだけ能力が付与されている。

 俺とレオンは連絡に使ったが……。

 あれには一体どんな効果がっ!?


 いや……。

 まさかっっ!!


 キリュウさんの異変に気づいたのか、血相を変え、彼を止めようとする弓の勇者。


「テメ―――!?」


「往生しろやっっ!」


 ドンッッッッッッ!!!!


 そこから先はあまりにも一瞬の出来事だった。


 紅蓮の爆炎が暗い闇を大きく照らし、爆発の衝撃がビリビリと全身に届く。


「キリュウさん―――――!!」


 まさか……。

 初めからこうなることを予想して……。

 自爆したキリュウさんの攻撃をモロに直撃した弓の勇者は形相は一変しており、俺達に向かって怒鳴りつけてくる。


「ぐううオオオオッッ……! このクソ野郎がッッ! アタシの楽しみを奪ってんじゃねェぞっ! テメェ等全員ブッ殺してやるっ!」


 弓の勇者はすぐさま俺達目掛けてスキルを発動する。


「――――裏転移――――」


「なっ……!」


「不味いっ!? 『転移』スキルかっ!」


 俺とレオンだけでなく、動揺を露わにするパーティメンバー。

 しかし彼女に反応するよりも前に、俺達全員にスキルが発動され、強制転移される。


 そして……。

 俺達全員は大陸から完全に姿を消していた。




「くっ……。キリュウさん!!」


 弓の勇者に「転移」スキルを発動された俺だが、周囲も確認せずただただ絶望していた。

 めまぐるしく変わる状況だが、俺は理解することを完全に放棄したのだ。


 キリュウさん……。

 あの人は本当に良い人だったのに……。

 こんな目に遭う人ではなかったのに……。


 あの小さい村は決して豊かだったわけではない。

 しかし、彼は村人を家族同然に思って接していた。

 そこには確かな小さい幸せがあったのだ。

 それを俺達は……壊した。


 俺の傍にはレオンがいたが、彼も両ひざを漆黒の床についていた。


「俺はまた罪のないヤツを殺したのか……」


 俺とレオンは彼の死に深い落ち込みを隠せないでいると、腕を組んでいたメイが俺達に吐き捨てる。


「アンタ達の役目は今ここで、メソメソすることなの?」


「メイ……」


 彼女は俺達の様子に呆れたのか、静かに怒りをぶつける。


「キリュウが望むことは唯一つ、魔王メリッサを討つことでしょ! 彼の犠牲が無ければ、今頃わたし達はまた魔王に挑む機会を失い、今度こそ終わってた!」


「……」


「……」


「それに……アイツはわたし本人か分身が絶対に倒すから」


 メイの主張を最後まで聞いた俺は、ようやくゆっくりと立ち上がる。

 今のキリュウさんが俺達を見たら必ず言うはずだ。

 「立って魔王を倒せ」と……。


「レオン…………行こう」


「ああ……。悪かった」


 ようやく俺達は落ち着きを取り戻したところで状況を確認する。

 弓の勇者に転移された俺だが、「最後の試練」同様、途轍もなく広く、暗い空間に到着していたのだ。


「どこだろうここは? それに、アリシア、ネネ、分身したメイは?」


 正体不明の場所にいた俺達だが、ここにいるのは俺とレオン、メイだけだった。

 分からないことだらけの俺だったが、冷静さを取り戻したレオンが説明する。


「ここは魔王の城だ。残りのメンバーは別の場所に強制転移させられたのだろう」

 

 なっ……。

 魔王の城っっ!?

 なら、今俺達は「忘らるる大陸」にいてここに魔王メリッサが……!?


 いよいよ最終決戦の火蓋が切られたことで、俺は拳を握りしめ、新たに決意を固める。

 しかし、そんな気持ちを一瞬でゼロにするようなオーラが正面から放たれていた。


 このオーラ……。

 闘気とも言える熱いオーラだ。

 忘れるわけがない。


「くくくく……。面白れェ面子じゃねェかッッ!!」


 巨大な斧を背負った人物。

 そう……。

 斧の勇者の存在だった。

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