第74話 最強の二人

「アリシア。これからは本気でいかせてもらうよ!」


「ふっ。やっと殺る気になりましたか……。アルス様」


「ああ……。だけど、もう君との勝負はついているはずだ」


 俺は彼女の足元で粉々になった刀に目を向ける。

 彼女の装備する二本の刀は「ビッグバンスマッシュ」で破壊した。

 武器が壊れた以上、もう彼女は戦闘を続行できないはずだ。

 しかし彼女は焦りを見せるどころか……。

 笑っていた。


「本当にそうでしょうか?」


 彼女は自身の拳と拳を縦に合わせ、スキルを発動する。


「――――無刀流・改――――」


「ッ!?」


 恐らく一本の刀を装備しているのだろうが、刀身が全く見えないっ……!?

 そして、アリシアからメラリと燃えるようなオーラが放たれる。


「ゴミ勇者より、少しは楽しませてくださいよアルス様ぁぁっ!」


 人智を超えたスピードで再度俺に迫る彼女。

 「ビッグバンスマッシュ」を使用する隙はもう二度と見せないだろう。

 だけど……。

 諦めちゃ駄目だっ!!


「うおおおおおおおっ!!」


 華奢きゃしゃな体から放たれる嘘みたいな彼女の剛剣は間合いが全くつかめない。

 考えるなっっ!!

 感じろっ!

 俺は全身に致命傷を負うが、彼女に何十合も剣戟を交わす。


「アルス様! 暗黒騎士や国王、里の族長に認められただけで、もう英雄気取りですか?」


「黙れっ!!」


「アルス様、私は恥ずかしいです。ゴミ勇者なんかを認めた貴方に今まで心を開いていたなんて」


「ッ……!」


 まるで耳元で囁くかのように至近距離で俺に呟くアリシア。

 彼女の言葉は脳内に反芻された後、べっとりとこびりつく。


「本当は自分が魔王を倒しさえすれば満足なんでしょ?

自分だけは手を汚さず綺麗でいたいんでしょ?

ゴミ勇者には『幼馴染』と言ってますけど、本当は利用しただけなんでしょ?」


「ぐううううっっ……!」


 今すぐここから逃げ出したい。

 剣を捨てて慟哭どうこくする衝動に駆られるが、俺は攻撃を止めない。


 彼女の心の闇、闇の心に打ち負かされそうになるが、一瞬でも気を抜けばそれだけで終わる。


 負けない……。

 固い気持ちでアリシアに挑んでいた俺だが、彼女の言葉による攻撃はとうとうピークに到達する。


なのに?」


「しまっ――!」


 アリシアは俺の僅かに遅れた動きを見逃さなかった。

 即座に俺の背後に回り込んだアリシアは刀を振り下ろす。


った」


 勝利を確信したアリシアだったが、彼女のとどめの一撃は失敗に終わる。

 彼女は攻撃ではなく回避を選択したからだ。


「――――ダークスフィア――――!」

「――――ダークスフィア――――!」


「ッ!?」


「この攻撃は……?」


 俺はわけが分からず魔法が向かってきた方向に注目すると、満身創痍ではあったが、確かに生きているレオンの姿があった。


「レオンッ!!」


 彼の生存に心底安堵する俺に対し、無表情で吐き捨てるアリシア。


「まだ生きてたのですかゴミ勇者。まぁ、『絶対両断』が上手く使えない時点で知っていましたが……」


「ああ、そうだ……。オマエの攻撃直前に、咄嗟に後退して勢いを殺した……」


「それでも戦闘は続けられないでしょ? 今なら『神獣石』を破壊した時みたいに逃げても良いですよ?」


 アリシアは随分前に「神獣の里」で起こった出来事を口に出したが、レオンは彼女をキッと睨み付ける。


「俺はもう逃げない! 行くぞ、アルスッ!」


 俺はレオンに続くかたちで共にアリシアへの攻撃を開始するが、相変わらず彼女はニッと不敵な笑みを浮かべる。


「慈善活動をして、自己満足して、反省した気になっている愚かな勇者……」


「……」


「人間の本質は変わらない。貴方はもう一度大切な仲間を見捨てる」


「言っておくが。オマエのそれは俺には効かないぞ」


「ふっ、そうでしたか……。なら……教えて下さいよゴミ勇者」


「何をだ?」


 嬉しそうにアリシアはレオンに尋ねる。


「アルス様のどこがリーダー失格じゃないんです? 貴方が鎖で殺されそうになった時に何もしなかったじゃないですか? 『ただ、突っ立っているだけで報酬分の働きをしていない』。貴方がアルス様を追放した理由は間違ってませんよね?」


「ッ……!」


 アリシアの発言に、彼女への攻撃を止めようとする俺。

 もうダメだ……。

 彼女の言っていることは何も間違ってはいない。

 あの時、確かに俺は何もできなかったからだ。

 俺は心を完全に汚染され、失意のどん底に叩きつけられる。


 しかし、精神をへし折られた俺に対して、傍にいたレオンは場にそぐわない笑い声を上げる。


「ハッ! なら、『アルス様は優しい心をお持ちだからお慕い出来るのです』。って言った奴はどこのどいつだよっ! 言っておくが、あの時の俺は全部間違ってたんだよっ!」


 言うや否や、レオンは渾身の力で剣を振るい、アリシアを押すことに成功する。

 彼は満身創痍の状態で、剣を振っているのも奇跡としか思えない状態にもかかわらずだ。


「くっ……!?」


 アリシアが俺達から距離を取ることになったのは初めてだ。


「オイ、アルスッ!」


 怒気を込めて俺の名前を呼ぶレオン。


「レオン……」


「一度しか言わないからよく聞けっ! さっき俺がアイツに言ったのは剣聖本人が発した言葉だし、少なくとも今の俺もそう思っている。メイとネネもそういうオマエだから信じることが出来るんじゃねェのかっ!」


 レオンの発言に俺は再び戦う意志を取り戻す。

 彼の言葉に胸を打たれたからだ。

 精神をズタズタにされ、取り乱していた俺だったが、ようやく落ち着くことに成功していた。

 

「ありがとう、レオン! 今は彼女だけに集中するよ!」


「フン。もう本当にダメかと思ったぞ」


 俺とレオンは彼女を見据え、再度戦いに挑む覚悟を決める。


「ふふっ。まだ私の前に立ちますか。なら……この切り札で、二人仲良く殺してあげますよっ!!」


 刹那、アリシアからは血の涙が流れる。


「――――鬼神化――――」


 オオオオッと彼女からは赤いオーラが放たれ、更に強さを増したアリシア。

 

「まだ強くなるのかっ!?」


「化け物だな……」


 恐怖で息をしていいのかも分からない状況下。

 アリシアは剣先を俺達に向ける。


「どうです? アルス様にゴミ勇者。流石にもう今の私には勝てないでしょ?」


 圧倒的絶望感が漂う中、レオンは俺にある提案をもちかける。


「聞けアルス。俺が1秒だけ時間を稼ぐ。その隙にヤツにとどめをさせ」


「なっ……この状況で彼女から1秒も稼げるのっ!?」


「ああ、可能だ。だが、分かっているな。一度しか出来ない」


 レオンが何をするのか不明だったが、彼はアリシアの元へ一直線に駆け出していた。

 俺はすぐさま「ウェポンボックス」を発動し、槍の勇者から貰った「魔槍ルーン」を取り出す。


「では……参ります」


 アリシアも剛速でレオンに駆け出し、二人は衝突しようとする。

 速いッ!!

 あれの虚をつくなんて可能なのか?


 しかし、俺の不安をよそに、レオンはアリシアの動きを完全に止めていた。


「ぐっ……! このゴミ勇者アアアアッッ!」


 アリシアが取り乱したのも当然だ。

 レオンはなんと、自身の歯で彼女の刃をギリッ!と食い止めたからだ。


 レオンが死に物狂いで止めた一撃……。

 絶対に無駄にはしないっ!!

 この奥義で終わらせるんだっ!

 想いを全てこの槍に込めろっっ!!


 俺はアリシアのがら空きになった胴体に全身全霊で槍を投擲する。


「――――グングニル――――!」


 そして……。

 彼女に「魔槍ルーン」が貫かれた瞬間、アリシア本人とは思えないような金切り声を上げる。


「キィィヤアアアアアアァァァッッ!!」


 全身が液体になり、一瞬にして俺達の前から姿を消す彼女。 


「勝った……のか……」


 全ての力を使い切ったことで、膝から崩れ落ちる俺。


 刹那、俺の傍には闇を照らす一筋の光の柱が差し込む。

 そこにはガラスの破片のような5つの透明な物質が置かれていた。

 これが……「星の欠片」?


 俺の疑問を答えるかのようにどこからともなく声が聞こえる。


――見事、「最後の試練」を攻略した。やはり「死のオーラ」を克服し、魔王メリッサを討てるのはアルス。お前しかいない。


「これで、『死のオーラ』をクリアできる……?」


 疲労で呆然と「星の欠片」を眺めていると、口にたまった血を吐き捨てながら、レオンが近づいてくる。


「ようやく魔王メリッサに挑めるな……」


 レオンの発言を反芻し、俺はようやくこの言葉の意味を理解する。


 長きに渡る魔族との戦い。

 それにようやく終わりが見えようとしているのだ。

 

 終わらせる……。

 絶対に魔王メリッサを倒すんだ。

 貧血で倒れそうな中、俺とレオンは「最後の試練」をすぐさま後にしていた。



最終章【勇者】レオン編 第二部完

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