第57話 アリシアの怒り

「いくら……いくらアルス様でも……。これには納得できませんっっ……!!」


 俺、レオン、アリシアのいる部屋で彼女は激昂していた。

 そんなアリシアに対し、レオンは一度目を閉じ、ただ黙っているだけだ。


 彼が今何を考えているか不明だが、少なくとも俺は彼女と最後まで話し合わなければいけないと覚悟を決める。


「確かに……。アリシアの気持ちは分かるよ。だけど、俺は納得したんだ。それにメイとネネも……」


「それがおかしいのですよアルス様っ! このゴミはアルス村での繫殖期の依頼を裏切っています。アルス様の助けが無ければ今頃どうなっていたかは覚えていますよね?」


「ああ……。勿論、覚えているよ」


「では『神獣の里』で獣人たちを危機に陥れ、アルス様が居なければ里が無くなるところまで追い込んだ件も覚えていますか?」


「うん。忘れるわけがないよ」


「なら、どうしてっ! 私達はいっつもいっつもコイツの尻拭いをさせられてきたのですよ!」


 バンとアリシアは一度大きくテーブルを叩く。


「アリシアの言っていることは間違っていないよ。確かに今更和解しようなんて納得できないかもしれない。だけど、俺達はレオンの力を借りたいんだ」


 俺が彼女を納得させようとしたところで遂にレオンが重い口を開く。

 彼は恐らくアリシアと昔から因縁がある。

 だから、うかつに言葉を発したくないのだろう。

 誤解が命取りになるかもしれないからだ。


「剣聖。俺がこんなことを言える立場でないことは重々理解している。だが、アルスの言う通り、俺の力がオマエらの魔王討伐に必ず役に立つはずだ」


「思い上がったことを! 貴方は私達から必要とされるとでも思っているのですかっっ!」


「アリシア。レオンは『転移』スキルを持っている。『忘らるる大陸』に向かい、魔王メリッサを討つためには彼無しでは不可能だよ」


「……ッ! そんなの関係ありません! もう私達の前から消えて早く死んでくださいよ!」


「ああ、オマエの言う通りだ。魔王メリッサを討ち次第、俺はすぐさまこれまで犯した罪の罰を受けよう。だがそれまでの間、オマエ達の元で魔王討伐を協力させてくれないか?」


「『協力』? 今その口で『協力』と言ったのですか? なら、アルス村の住民の怒りはどこに行けば良いのです? 『神獣の里』で戦死した獣人たちの無念はどこへ行けば良いのです?」


 アリシア……。

 議論は平行線のまま、全く進展が無い。

 そして、これはこの後もそうなるのだろう。


 彼女はレオンの全てを否定し、拒絶するからだ。

 もう、彼の願いや希望はアリシアの耳に届いてすらいないのかもしれない。


 レオンは彼自身の言葉で伝えなければならないことをキチンと自分で伝えているにもかかわらず……。


 俺はアリシアが大切なパーティメンバーであることに疑念を抱いたことは過去一度も無いし、これから先も彼女と楽しく過ごしたいと思っている。

 しかし、アリシアには悪いが……。

 今は彼女に非情な面を見せなければならない。


「アリシア。レオンの力を借りないと、これまでよりも怪我人や死者が増えるよ。それに……。その数はアルス村や『神獣の里』の比じゃないことはアリシア。君なら既に気づいているはずだよ」


「なら、アルス様はこのゴミ勇者をパーティの一員として加入させると?」


「うん。そうだよ」


「それがリーダーであるアルス様の考えですか?」


「ああ。レオンの力を借りるべきだ」


「なら……。アルス様はですね」


「なっ……!?」


 一瞬彼女が何を言ったのか俺には全く分からなかった。

 が、アリシアの「リーダー失格」という単語を脳内で反芻したところで、遅れて彼女が発した言葉の意味を理解することができた。

 俺はこれまで彼女と数々の困難を乗り越え、上手く付き合ってきた自信はある。

 しかし、今のアリシアの発言から彼女は俺との関係を一瞬にして破壊したのだ。

 俺の心は氷のナイフでえぐられた心地がし、その場で硬直することしかできない。


 そして、彼女の発言に言葉を失ったのは俺だけじゃない。

 傍にいたレオンも同様だった。

 彼は一瞬目を大きく見開け、アリシアをジッと注視する。


 しかし、アリシアは俺とレオンの異変を全く気にすることなく、スタスタとその場から退出しようとする。


「……ッ! オイ、剣聖ッッ!」


 何を思ったのか、アリシアを追いかけるレオン。


 結局アリシアは以降、一言も発さずに部屋を出ていった。

 どうやら彼女は発言を訂正する気は無いらしい。


 俺もアリシア達を追いかけないと……。


 そう……頭の中では分かっているにもかかわらず、俺の足は全く動かない。

 そして、宿の一室には自分だけが取り残されていた。

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