第48話 魔王メリッサの配下、最強の「勇者シリーズ」が現れる

「いやああああああああぁぁっっ!!」


 メイの悲鳴と共に俺は見知らぬ土地へ着地していた。

 辺りが針葉樹林で広がった大きな道だ。


「ぐっ……」


 斧スキル「身体強化【極】」を用いることで何とか無事に魔天空城から降りることが出来たが、下半身からビリビリと強烈な痛みが走る。


 何とか着地できたけど……やっぱり無茶をし過ぎたな……。


 俺はメイを降ろしながら、上空を確認する。

 俺達がいた魔天空城は今までの存在が嘘かのように完全に姿を消していた。

 あそこにいた魔物も全て消えたという理解でいいだろう。

 これで何とか王都を守れたな……。

 今回も無事何とか、魔族の侵攻を阻止できたことに安堵していると、不意に頬に冷たいものが触れる。


「?」


「アルス! 雪よ! 雪が降ってきたわ!」


 何故か急にはしゃぎだすメイ。

 突如しんしんと降ってきた雪に俺は改めて時間の流れを感じる。

 そういえば、もうそんな時期だったのか……。

 レオンに追放されてからここに来るまで本当に色々なことがあったな……。

 俺は黙ってそんなことを考えていると、傍にいたメイがツッコミを入れてくる。


「ちょっと! 今、絶対わたしのこと子供みたいって思ったでしょ!」


「いや……思ってないよ……」


「本当かしら?」


 ムスッとした顔で俺に問い詰めてきたメイだが、彼女はコロリと表情を変え腕を組む。


「まぁ、そんなことは置いといて……。それより、アルス。今私たちがどの辺にいるのか分かってる?」


「だいたいは把握できているけど……。この辺りって休めるような村が近くにあったっけ……?」


 勇者パーティにいた頃の記憶が正しければ、この周辺は何も無かった気がするのだ。

 今俺達がいる場所は、エルト砂漠から大きく離れ、神獣の里寄りの場所にいる。

 とはいえ、その神獣の里もここからだとかなり距離がある。


「それはわたしも思った。よそで休むくらいなら真っ直ぐ王都に戻ったほうが早いかも」


 確かにメイの言う通りだ。

 どうやら俺達は雪が本格的に降る前に今すぐ王都に戻る必要がありそうだ。


「分かった! ならそうしよう!」


 俺とメイはすぐさま王都へと歩を進めていた。



――1時間後。


 ビュオオオオオオオオオッッッ!


 俺とメイは目的地に向かって進んでいたが、強風が吹き荒れ、雪の降る量は大雪レベルに到達していた。

 次第に俺達の歩みは遅くなり、このままだと王都へはまだまだ辿り着かない。


「ぶえっくしょんっっ!! っていうか寒すぎるんだけど!?」


 あー寒い寒い、と連呼して両腕をさするメイ。

 俺も寒さに慣れているわけではないが、メイは特に辛いのだろう。

 今の彼女は普段通りの聖女の服装ではなく、魔天空城で戦った際の薄い服装姿をしているからだ。


 流石にもう限界だな……。

 風が強すぎるので、俺は出来る限り大声を出して彼女を呼び止める。


「メイ! もう休もう! これだと雪が強すぎて、どこを歩いているかも分からないよ!」


「アルスの言う通りかも! ここら辺は魔物もいないし、今のうちに休みましょ!」


 結局俺とメイは王都へ向かうことを中断し、外で休むことにした。

 雪で小さな空洞を作り、朝まで体力を回復させた方が寧ろ早く王都に着くだろうと考えたからだ。


 俺はメイに背を向け、空洞の隅っこで体を横にして休む。

 はぁ……。

 正直言って今日は本当に疲れた。

 暗黒騎士に魔王軍四天王のネクロマンサー、ラストゴーレムにそして目の前にいるメイ。


 とは言え、俺だけじゃない。

 メイも疲労はピークに到達しているはずだ。

 俺はふと何気なくメイの方に顔を向けると、彼女は膝を抱えて座っていた。


「あーー。わたしってうっかりだなー。服は薄いし、このままだと風邪を引いちゃうなー」


 何故か両手を上げ、大げさに肩をすくめるメイ。


「誰か、わたしを温めてくれないかなー!」


 そう言って、彼女はじーっと俺の顔を見つめ、無言で圧力をかけてくる。

 メイの意図が読めず、俺はしばらく思考を巡らせていると、不意に彼女の要求が閃いた。


「あっ、そっか! ごめんメイ!」


 俺はアルス村の村長から貰ったマントを外し、すぐさま彼女に渡すも何とも言えない表情を浮かべる。


「いや……まぁ……。そうなんだけど……ね……」


 しばらく俺とメイは黙っていると、彼女は顔を赤くしながら、自分の隣の地面をバンバン叩く。


「そのっ! もうちょっと私に近づきなさいよっっ!」


「う、うん! 分かったからっ! それ以上叩くと雪が崩れるから!」


 わけが分からず俺はメイの隣に座ると、彼女はようやく満足そうな表情を浮かべる。


 何だかメイはまだ元気そうだな……。

 メイの興奮?がおさまったところで、俺は彼女にずっと聞きたかったことを聞く。


「ねぇ、メイ。魔天空城で何があったの?」


 魔天空城という単語を発した瞬間、彼女の肩がぴくっと動く。


「残念だけど……わたしは気づいたらあの城にいたし、中で何が起こったかの記憶もあまり残っていないの」


 メイは呪いを受けている間の記憶が殆どないのか……。

 ということは国王にポイント・エージェンタを使っても、詳しい話を聞くことが不可能らしい。

 胸の中に無念がジワリと広がり、無言になる俺。

 しかし、メイは衝撃的な発言をする。


「記憶は殆ど無いけど、裏で誰が糸を引いていたのかは分かるわ」


「なっ! メイは闇魔法を使った人物の正体を知っているの!?」


 突然の告白に俺は驚きを隠せなくなる。


 今回、その謎の人物は途轍もなく大掛かりな計画を進めてきた。

 とは言え相手が何者か分かれば、総力をあげ今後どうするかの方針が立てられるはずだ。


「犯人はメリッサとかいう女よ。私が意識を失う直前、アイツに呪いをかけられたことだけは覚えているわ」


 メリッサ……?

 自分の知っている人物かと思ったが、聞いたことのない名前だな……。


「闇魔法の扱いに長けている……人なんだよね?」


「確かに聖女であるこのわたしを呪うくらいだから相当の実力者よ。だけど、一つだけ疑問も残るの」


「疑問?」


「わたしは操られていたけど、アルスと戦っているとき本当の力を出せなかった」


「え、あれで……」


 メイの告白に俺はポカンとした顔になる。


「ちょっと! 人を暴力女みたいに言わないでよ!」


「いや、うん……ごめん……」


「心の底でわたしは懸命に祈っていたの。『アルスを攻撃しないで。止めて……』って」


「……」


「……」


 彼女の発言に思わず俺は黙ってしまう。

 俺はレオンに追放されて以降、実はメイに嫌われていると思っていたのだ。

 だけど彼女は操られていながらも、必死に俺との戦闘を避けようとしていたらしい。


 それが嬉しくて俺はしばらく言葉を失っていると、メイがぽしょりと呟く。


「言わせないでよ……バカ…………」


「いや、ありがとうメイ! すっごく気持ちが伝わってきたよ!」


「な!?」


 ボッと彼女の顔が赤くなった瞬間、俺の元へポカッと拳が飛んでくる。


「痛いんだけど……」


「う、うっさい! なんかムカついたのよ!」


 メイはそっぽを向いてしまい、再び俺達の間に沈黙が舞い降りる。

 しかし、今回それを破ったのは俺だった。

 メイにはもう一個聞きたいことがあったからだ。


「ねぇ、メイ」


「な、なに……!」


「レオンのことなんだけど……」


「ハア!? こんっっな時にアイツの話っ!? 信じられないんだけど!!??」


 先程までとは打って変わって心底げんなり顔を浮かべるメイ。


「だめだったかな……?」


「はぁ、それを一々わたしに聞かないでよ……。で、アイツが何なの?」


 一応は話を聞いてくれる素振りを見せるメイ。


「レオンも魔天空城にいたんだけど、知ってる?」


「アイツもあそこにっ……! まさか……嘘でしょ!?」


 驚き顔を浮かべる彼女に俺は首を横に振る。


「本当だよ。俺のスキル『千里眼』は城内の様子を見渡せるんだ。その時に一瞬だけレオンを見つけたんだ」


「もしかして、アイツがメリッサに何かイレギュラーな行動を……。いや、まさか……。流石にそれはないか……」


 何か思ったところがあるのか、ぶつぶつと呟くメイ。


「どうしたの、メイ?」


「ううん、何でもない。だいたい、アイツも魔天空城にいたことは初めて知ったわ。それに……既にわたしはアイツのパーティーから抜けてるから」


「なっ……!?」


 勇者パーティーから抜けたことを平然と説明するメイ。

 しかし彼女から放たれたその事実に俺は驚きを隠せなくなる。

 何故なら勇者パーティーからは俺、ネネ、メイが抜け、残りはレオン一人になったからだ。


「理由は言わないけど。嘘じゃないわ。それで、わたしはこれからアルスのパーティに入れてもらうから」


「ねえ、メイ……。出来れば俺は一度レオンと会いたいんだ」


 俺がゆっくりそう説明した瞬間、彼女は眉をひそめ、みるみるうちに真剣な表情へと変わる。


「……会って、何を話すの?」


「分からないよ。だけど、一度会って話をしないとダメな気がするんだ」


「アルスって本当に分かんないわよね。あんなヤツ、こっちから縁を切ればいいのに。だいたい、アルス村での件にネネちゃんの故郷での失態。それはアルスも知ってるでしょ?」


「うん。勿論知ってるよ。だけど……俺達は幼馴染だ」


「……ッ!!」


 幼馴染……という単語を発した瞬間、彼女は難しい顔を浮かべる。


「駄目……かな?」


 俺の質問に呆れたのか、メイは大きく溜息をつく。


「それでもわたしの気持ちは変わらないから……」


 結局この日はメイのその一言を最後に、俺達の会話は完全に途絶えていた。




 暖かい光を感じ、俺はぱちっと目を覚ます。

 メイは俺の肩に頭をもたれさせ、静かに眠っていた。


 俺はその場で動かずにもう少し寝ておこうか考えていると、彼女も目を覚ます。


「ん、起きたのアルス? わたしも今『偶然』目が覚めたわ」


 何故か「偶然」という単語を強調するメイに首を傾げていると、彼女はそんな俺を気にせず、外に出て大きな伸びをする。


「雪は止んでるわ!」


「うん、そうだね! このままなら帰れそうだよ!」


 俺とメイは王都に向けて再び歩を進めようとした瞬間、上空から強烈なオーラを感じる。


「この感じ……!」


「アルス! 何かが近づいているわっ!」


 俺達はすぐさま空を確認すると一匹のドラゴンがこちらに急接近していた。


 グオオオオオオオオォォッッ!!


「ちょっと! 何でこんなところにドラゴンがいるのよ!?」


「いや……不味いッ! ドラゴン以上にヤバいオーラが……!」


 俺の嫌な予感が的中したのか、ドラゴンから降りた一人の人物は垂直に落下し、近くの地面をクレーター状にえぐり飛ばしていた。


「うわっ……!」


「きゃっ!? 何よ! いきなりっ!?」


 俺達はある人物が落下した場所を確認すると、二メートル近くの巨躯をし、ライオンを彷彿とさせる毛先を尖らせた長髪の人物が立っていた。

 目の前の人物は途轍もなく巨大な斧を背負っているが、体格と武器以上に俺はある理由から恐怖で体を震わせていた。


 それは……。

 相手のオーラ量が今まで会った全ての魔王軍四天王を圧倒的に凌駕していたからだ。


 有り得ない……。

 これほどの人間がいるなんて……。

 一体、何が起こっているんだ……?


 俺はいつでも戦えるよう臨戦態勢に入るが、相手は余裕そうに笑みを浮かべる。


「よう! アルスってのはお前だな! ったく、会いたかったぜェ!」


「だ、誰ですか、あなたは!?」


「そうよ! いきなりわたし達の前に現れて何様のつもり!?」


「オレが『誰か』だと?」


 目の前の人物はニッと笑い、衝撃的な発言をする。


「オレは勇者だッ!」


「勇者……だと……!?」


 突然現れた人物の正体に状況が全く理解できず、俺はそう返答するしか出来なかった。

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