第35話 エルト砂漠での2万VS5000の戦い

「ネネ……。流石にこれは……」


 アリシアと別れた俺はネネ共にエルト砂漠に辿り着くも、あまりの光景に言葉を失っていた。


 「神獣の里」とレベルが全く違う。

 まず、遠くに魔王軍がいるが、数が「神獣の里」の比じゃない。

 地平線いっぱいに魔王軍しか見えないのだ。

 それに、戦っている味方の騎士団が見当たらない。


「とにかく、一度味方の騎士を探すのが良さそうじゃな。戦うのは話を聞いてからじゃ」


「ねえ、ネネ。その前に透明状態をそろそろ解除しても良いんじゃないかな? 俺が『神獣の里』に行く前から確か騎士団はここに来ていたみたいだし」


 俺はキングミノタウロスを倒した時の、謁見の間での国王とのやり取りを思い出す。

 本来なら、騎士団が「神獣の里」に向かう予定だったが、エルト砂漠での戦況から、その機会は訪れなかったのだ。


「そうじゃな。ここの騎士団は恐らく何者かの呪いとは無縁の人間じゃろう」


 ネネが能力を解除し、俺達は元の姿を現す。

 その後、俺達は騎士団が集まっている野営を見つけるも、何やら叫び声が聞こえてくる。


「ダイン副騎士団長! どうか目を覚ましてください!」

「もっと優れた【ヒーラー】はいないのか!?」

「副騎士団長も居なくなれば、もう終わりだ!」


 俺とネネは状況を把握するため、彼らの元へ急いで駆け出す。


「あの! 騎士団の方達ですよね? 魔王軍との戦いでかなり不味い状況と聞きました!」


「な、何だ君達は! もしかして助けに来てくれたのか?」

「おい! スゴイぞ! 神々しい姿の獣人がいるぞ!」

「ということは隣の少年も相当の実力者というわけか?」


「うむ……。まあ、及第点じゃな。それより、そなたらの指揮官はどこにおるのじゃ?」


 いきなり現れた俺達だが、特に警戒することなく、騎士は状況を説明してくれる。


「ここにいるダイン副騎士団長だが、心臓が止まりかけているんだ! 頼む! 君たちの力で何とか助けることはできないか?」


 「副騎士団長」という単語を聞き、騎士団長はいないのかと疑問に思ったが、口には出さないでおく。ここが戦場である以上、既に討たれてしまった可能性があるからだ。


「うむ。そういうことなら我が主が治療できるぞ」


 ネネは恐らくポイント・エージェンタで副騎士団長を回復させようと考えているのだろうが、俺は微妙な表情を浮かべることしかできなかった。


 俺のユニークスキルにも出来ることと出来ないことがある。

 例えば、毒や麻痺状態の相手にポイント・エージェンタを使用しても、状態異常が回復するわけではないのだ。


 しかしこの状況だ。周りの騎士たちの高まる期待から、どう考えても不可能と答えることはできない。


 一応可能性として、ポイント・エージェンタからポイントエージェンタ(改)に進化したことにより、意識を失った相手にも実は有効に働くかもしれないという効果を期待することしかできない。


 正直自信は無かったが、俺は目を閉じている副騎士団長にユニークスキルを発動する。

 シュウウ……と目の前の相手が光で包まれ、しばらく経験値を付与し続けていると、副騎士団長はガバッと起き上がる。


「ダイン副騎士団長! 無事ですか!」

「良かった! 意識が戻ったぞ!」

「凄いぞ少年!」


 ダインは何度か目をパチパチし、俺の顔を見るや否や大声で笑う。


「ハッハッハッ! もしかして【ヒーラー】の君がオレを助けてくれたのかな? 礼を言うぞ!」


 HPでは簡単に数値化出来ない潜在的な体力をポイント・エージェンタで回復させることができてしまったという解釈で良いのか?

 微妙に疑問が残るが、取り敢えず副騎士団長が意識を取り戻したので、俺はホッとする。


「それにしても、不思議だな! オレは先程の戦いで死んだと思ったが、嘘みたいに力が湧いてきたぞ!」


「はい。俺のユニークスキル【ポイント・エージェンタ】で経験値を付与したんです」


「【ポイント・エージェンタ】か……。聞いたことはないが、強そうな能力だ! それより、君達はここに助けに来てくれたってことで良いのかな?」


「え、ええ……。俺がアルスで彼女がネネです」


 随分と話がスムーズに進むな……。

 ダインの性格もあるのだろうが、早速戦力として加えてくれたことに俺は心底安心する。


 アルス村の村長に「神獣の里」族長のノノ。

 いつだって俺達は話を信じてもらえず苦労してきたが、今回はそういう問題がなさそうだ。


「アルスにネネか……。うむ、良い名前だ!」


「それでダインさん。戦況はどういう状態なのですか? 王都での報告と、実際に戦場を目の当たりにした感じ、かなり不味いと思うのですが……」


「ハッハッハッ! 戦況と来たか! 戦況は見ての通りだ! ここにいる騎士団はおよそ5000程度の数だが、相手は2万! このままだと負ける!」


「そ、そうですか……。それで、何か策などがあれば、俺達を使ってもらえればと思うのですが……」


「うむ。それも分からん! しかし、オレはこの国の剣であり盾だ! 負けは必ず認めないぞ!」


 彼は決してふざけている訳ではない。

 俺と違い軍を率いる以上、戦う姿勢を持っていないと士気に影響するからだ。


 だが、ダインの話によると俺達人間と魔王軍の兵力には四倍もの差があるらしい。

 俺はこれまで自分の手が届くところは守りたいと思ってきたが、今回は力になれるのか不安になる。


 俺はしばらくその場で黙っていると、傍にいたネネが騎士団に向かって言い放つ。


「ここに来るまで不快な気分じゃったが、目の前で人間たちが死ぬのはやはり我慢ならぬのでな。わらわが全力で協力させてもらうぞ」


「ネネ! もしかして、あれだけの魔王軍を相手に出来る魔法があるの?」


「あるなしで言うとある。じゃが、この魔法は魔力の99%を消費する上に神獣石の使用時間が一気に短くなる。強敵との戦いはあるじに頼むことになるぞ?」


 ネネは常時神獣石を扱えるわけではない。

 消費する魔法によって、神獣石モードでいられる彼女の時間は変わるのだ。


「ああ、分かった。魔王軍の長は俺が倒すよ。取り敢えず、今ここにいる全員分にポイント・エージェンタを使用するよ?」


「ああ、頼むぞ。我があるじ」


 俺はすぐさま槍スキル「乱撃」と併用し、ポイント・エージェンタを使用する。


 これで、ここにいる全員は最後まで魔王軍と戦うことができるだろう。


「おお! 経験値を何倍にも増やして他人に付与する能力か! 素晴らしいぞ!」


「うむ。そうと決まればダインよ。騎士団全員を横一列の陣形にするのじゃ。王都には一匹たりとも魔族の侵入を許さぬぞ」


「分かったぞ! 今すぐ準備しよう!」


 一直線に広がるようにして陣形が整うと、俺の近くにはネネにダイン、数人の騎士のみになる。


「この魔法は強すぎる上に敵味方関係なく攻撃する。まあ、今の状況にうってつけの能力じゃな」


 そう言って彼女は魔法を詠唱する。


 今から放つネネの魔法は魔力を99%使用するらしいので、俺はポイント・エージェンタでいつでも彼女の魔力を回復できるよう準備する。


「――――メテオストーム――――!」


 ゴオオオオオオオオッッ!!


 ネネが魔法を放つと同時に、次々と隕石が落下し始める。


 遠くにいた魔王軍は一度仕切り直しを試みようとするも、そんなことはお構いなしに広範囲の攻撃が続く。隕石の暴風雨からは逃げることができず、魔王軍は目に見えて数を減らしていった。


「すごいよネネ! 一気に敵が消えた!」


「ハッハッハッ! 素晴らしいっ! その調子だぞ、ネネくん!」


「うむ。もう二、三発お見舞いしてやるとするか」


 ネネが数回「メテオストーム」を使用した頃には、魔王軍が半分以上消えていた。残っている敵は彼女の魔法をものともしないので、かなり強敵ということで良いだろう。


 残った魔族を倒すため、俺は戦場に踏み出そうとするも、背後から一人の騎士に呼ばれる。


「アルス君と言ったな。少しいいか?」


「ああ、はい……」


 何だろう。

 俺を突然呼び出すなんて……?


 俺はネネとダインから少し離れた場所に呼び出されると、目の前の騎士はすぐに口を開ける。


「用件を手短に話す。ダイン副騎士団長の代わりに、【暗黒騎士】を討ってほしいんだ」


 突然出てきた名前に俺は眉をひそめる。


「暗黒騎士? 魔王軍の四天王ですか?」


「いいや。あれは騎士団長であり、ダイン副騎士団長の兄だ」


「ど、どういうことですか?」


 目の前の騎士の発言に俺は一気に混乱する。

 味方の騎士団長が敵に……!?

 それもダインさんの兄が?


「騎士団長は魔王軍の四天王率いる精鋭部隊に既に討たれた。それも、ダイン副騎士団長を庇ってだ」


「俺達が来る前にそんなことが……。でも何故、ダインさんの兄が復活して俺達に敵対するのでしょうか? 理由が分かりません」


「魔王軍を率いているのは四天王の【ネクロマンサー】だ。一度死んだ団長を操り、俺達の前に現れたんだ。現にダイン副騎士団長は兄に一度討たれている。アルス君が治療してくれなければ終わっていた」


 ここでも他人を操る謎の人物……か。

 真っ先にそう思ったが、王都での問題とは関係が無いように思える。


 ネクロマンサーはどうやら死んだ人間を操っているが、王都での国王や兵はどう見ても生きているからだ。


 しかし、この両者の話を聞き、王都でも魔族が関係しているのでないかという気がしてきた。


 が、操られた国王や兵の件を考えるのは後にしよう。

 エルト砂漠の戦いを終えて、王都に帰る。

 今は目の前に集中することが大切だ。


「分かりました。その暗黒騎士は俺が何とかしてみます」


「ハッハッハッ! アルスくん! 準備はオッケーかな?」


 長い話になってしまったのか、ダインとネネはこちらに近づいてきていた。


「ええ、行きましょう。やれるだけのことはやってみます」


 暗黒騎士並びに最後の四天王であるネクロマンサーを倒すため、俺は戦いの覚悟を固めていた。

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