第29話 【SIDE勇者】寿命の99.9%を失う

 里の独房から出された俺はようやく外の空気を吸うことが出来た。

 神獣石を破壊した後、里からすぐさま逃げたが、あっけなく追手に捕まり、牢屋にぶち込まれたのだ。


 ギャラリーの獣人達は俺を睨み、囲むように突っ立っているが、肝心のアルスとアリシアは見当たらない。


「フン……。とっくに帰りやがったか」


 地下に閉じ込められた俺だが、アイツらが奮起し、何とか魔王軍を撃退したのは地上の歓喜から大体想像がつく。


「サッサと歩けっ!」


 両手をロープで拘束されている俺は族長のノノと、見知らぬ銀髪の獣人が腕を組んで立っているところまで歩を進める。


「ネネ様! こやつをいかがいたしましょうか?」


 ここまで連れてきた獣人から有り得ない名前が飛び出し、思わず俺は目を疑う。


 ネネだと……!?俺の目の前にいるコイツがか!?


 ネネと呼ばれる獣人は確かに俺の知っている彼女と髪の色は同じだが、体全体は成長しており、見違えるほどスタイル抜群になっている。ここまで性的魅力に溢れたヤツは大陸中を探しても他にいないだろう。


 クソちっちゃくて鬱陶しいアイツが色々とデカくなりやがって。これも獣石とかいうアイテムの力か?

 それに、彼女が所持している神獣石は俺が破壊したのにどうなっている?


 疑問はそれだけじゃない。

 何で胸元にあった主従契約の紋章が消えているんだっ!?

 もしかして、今の彼女は俺の奴隷であることを打ち消す能力があるのか?


 俺はネネにジロジロ視線を送っていると、周囲の獣人達は次々に怒りをぶつけてくる。


「こいつの所為で我が軍は全滅しかけた!」

「神獣石も壊したらしいな!」

「アルス殿がいなかったら終わっていたぞ!」


 彼らの収まらない不満に、ネネは一喝する。


「静かにせよ! 騒々しいぞ!」


 シンと場は静まり返ると、妖しい微笑みを浮かべながら、彼女は俺の元へ迫ってくる。


「打ち首にしたいところじゃが、わらわはこう見えて親切じゃ。これくらいで許してやろう」


「はっ、そうかい! ならとっとと、この縄を解いて解放してくれないか?」


 しかし、ネネは拘束を解かず、俺の首をガシッと掴む。


「なっ……。何をっ!?」


 一瞬、俺の全身にチクッと電流が走ったが、彼女は用が済んだのか、手を放す。


「ハハハ! 何だよ! 何も起きないじゃないか! 全く驚かせるなよな!」


 俺は高笑いしていると、不意に脳内から情報が流れてくる。


《警告。寿命の99.9%が無くなりました。余命は21日となります》

《警告。寿命の99.9%が無くなりました。余命は21日となります》

《警告。寿命の99.9%が無くなりました。余命は21日となります》


「は!?」


「わらわは親切じゃからの。うぬの寿命僅かで勘弁しておいてやるとするか」


 俺はその場にぺたりと座り込み、全身をカタカタカタッと震わせる。

 じゅ、寿命の99.9%だとッッ……!?

 こんなの殆ど死んだも同然じゃないか!

 何が「打ち首」はなしだ。


 俺はネネに向かって大きな声で吠え散らかす。


「オイッッ! っざけんなネネ!! お前は俺の奴隷だろ! 主人にたてつくなんぞ許されるワケねぇだろ!」


 ネネを奴隷呼ばわりしたことが気に食わなかったのか、周囲の獣人たちからはざわっと声が波立つ。


「里を危機に陥れただけでなく、ネネ様をそのように扱っていたのか!」

「ネネ様へのこれまでの所業、許せんぞ!」

「ネネ様どうか罰をご再考ください!」


「制裁は既に終わっておるし、わらわは急いでおるのだ。里から下りたあるじに合流する必要があるのでな」


 「あるじ」だとッ……!?

 こいつが主人と崇めるのは十中八九アイツしかいない。


「ふざけるな! 冗談も大概にしろ! お前のあるじはこの俺だろ!」


「ふん。うぬがこのわらわに釣り合うわけがないじゃろ。これは返させてもらうぞ」


 そう言って、彼女は勇者パーティに所属するハンター証を俺の前に落とす。


 コイツッッ……!!

 スタスタと背を向けて歩を進めるネネを俺はギンと睨み付ける。

 このメスネコが……、主の寿命を奪った挙句、よりにもよってあのアルスに従うだと!?

 剣聖を先取りした挙句、俺の女奴隷も奪いやがって!

 アルスアルスアルスッッ!!


 怒りで頭が支配されそうになった俺だが、ふと、一つの考えが思い浮かび、その場でニタリとほくそ笑む。


 なに。奴隷だったアイツが俺の元から離れるってんならそれでいい。

 それなら俺にもやらせてもらうことはあるからだ。


 俺はこの場から去ろうとするネネに背後からピシャリと言い放つ。


「おい、ネネ! 奴隷の分際でなに見下してんだよ! 俺は今までオマエを好き放題してきたんだ。俺がオマエに何をやってきたか事細かく、今ここで全ッ部暴露してやってもいいんだ……」


 ゴオオオオオオオオオッッ!!!


「!!!!!!??????」


 彼女がオーラを放った瞬間、俺は身震いをする。

 このオーラ……いつぞやで見たことがある!

 俺にあだなす女が内に秘める凶暴性を全て解放した時のみ見られる特有のオーラ。

 そう。間違いなくあの時の剣聖のモノと同じだが、総量はアイツ以上か!!??


 ネネのプレッシャーから、俺はみるみるうちに血の気が引いていき、自分でも顔色が悪くなっていくのが分かる。


 勇者の第六感が告げている。間違いなく、制裁はまだ終わっていない。


 ネネは近くの獣人が携えていた剣を奪い、俺の元へゆっくりと帰ってくる。

 しかし、彼女の持つ剣の先は完全に俺の顔に向けられていた。


 ズッッッ!!


 ?


 一瞬何が起こったのか理解するのに時間がかかったが、俺の右目から激痛が走る。

 ネネは俺の眼球に剣を突き刺したからだ。


「あがっ……!? あががががッ……!!??」


 ズオッッッ!


 彼女が剣を抜くと、カランカランと血まみれの武器が地に落ちる。


「ふむ。これくらいにしておくとするか」


 ネネがそう呟いた瞬間、俺は両手で右目を押さえながら、その場から立ち上がる。


「てんめぇ! 誰に向かってやったか知ってんのかあぁっ!!」


 俺はネネに噛みつこうとするも、彼女は即座に魔法を詠唱する。


「――――ゴッドウインド――――!」


 俺を突き上げるように地面から暴風が吹き荒れ、体全身は遥か彼方の上空に飛ばされる。


「ぷぎゃああああ!!」


 宙を舞った俺は、里から離れた遠くの森に落下し、パキパキパキと木の枝を折りながらも地面に着地していた。


 俺はその場から立ち上がり、右目と肩を抱きながら、ゼーゼーと荒い呼吸をする。


「畜生ッ……! 俺はこのままでは終われない。勇者であるこの俺への仕打ち……覚えていろよ、アイツら! 絶対後悔させてやるっ!」


 森で俺は一人、裂帛れっぱくの声を発していた。




 アルス、アリシア、ネネ。

 彼らに復讐を誓うレオン。

 力をつけた彼は三度【剣聖】のアリシアと再会し、彼女との死闘を控えていた。













 第三章【聖女】メイ編で勇者レオンは死にます。

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