ネビチュパノコシー

蛾次郎

第1話

「もう深夜3時か。サバンナの夜は真っ暗だな。ちょっとポーターさん?そろそろですかね?なるほど。ちょうど猛獣達が全般的に熟睡してる頃ですか。はい、分かりました。それじゃあ準備しましょう。えーと、先ずライフルを組み立てるとするか。とりあえずパーツを全部出してと。 

はい?暗視スコープ?そうですね。

暗視スコープちゃんと付けとか無いと間違ってポーターさん撃っちゃったらシャレなんないすも…はい、すいません。シャレのつもりだったんすけど。はい、すいませんでした。口を慎みます。あとはサイレンサーを付けてと。はい?ええ、そうすよね。これ付けなかったらサバンナ中に銃声響き渡っちゃいますもんね。動物と警察に包囲されちゃったらシャレなんない…あ、すいません。はい、そうすよね。動物は来ないですよね。逃げますもんね。はあ、細かいな。いや、何でも無いです。パーツの組み立ての事です、はい。え?警察に包囲されたら万引きみつかった人みたいに泣いて謝るしかない?

ハハ、ハハハハ。そうすよね。警察のドキュメント番組でよく観るシーンですよね。ハハ、確かに。ポーターさん例え抜群…あ、すいません、そんなもんじゃ済まないすよね。包囲されたら泣いて済むようなレベルじゃないですもんね。自分で言ったくせに……え?……はい、すいません。嘘笑いしてました、はい。すいませ…あ、もう出発しますか?了解です。

この先の茂みにターコイズジャガーが潜んでるんですよね?ついにあのターコイズジャガーに会えるのか。ええ、震えますね。鋭い牙に美しい毛並み。内臓も高級な煎じ薬になりますしね。はい?あ、そうですよね。尻尾で電磁波を集めるんですよね。アンテナみたいな機能を持ってるんですよね。はい?ターコイズジャガーの異名ですか?それは知りません。何だと思うかって?

うーん、そうだなあ。捨てる所が無いから、そのー、「猛獣界のチョウチンアンコウ」…みたいな?…まあ、そんな安易な異名じゃないか。そもそもチョウチンアンコウってこの国には無い…当たりました?マジっすか?よっしゃ!!やった…はい、すいません。ちょっとテンション上がっちゃって。はい、はい、静かにします。あ、この茂みに居るんですか?ちょっとスコープで覗いてみますね。うわあ、本物だ。夫婦のターコイズジャガーと子ターコイズジャガーが3匹寝てる。寝息も迫力がありますね。

スコープ越しなんで毛並みは分かりづらいですけど、逞しい身体のラインと漂う殺気は映像で観たのと同じだ。はあ〜、美しい。

はい?そうですね。じゃあさっそく撃ちましょうか。え?いや大丈夫です。充分堪能しましたんで。ポーターさんに追従します。はい。ええ。あ、もう構えた。じゃあ俺も。

大丈夫大丈夫。俺らの気配に全く気付いてない。いける。よし。………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………!!!???????????????

ポーターさん今の何ですか!?何か横切りましたよね!?ちょっとスコープで見ましょう。あれ!?ターコイズジャガーが居ない!!逃げられましたか!?…じゃあいったい何に命中したんですか!?もしかして横切った動物撃っちゃいました!?そうですね!現場行きましょう!ハアハアハアハアハア………着いた。…え?これが横切った動物!?何だこれ!?あ、はい、もうちょっとサーチ強くしますね……………?何ですかこれ!?ポーターさんも見たことが無い!?いや、俺も知らないです。顔はコモドドラゴンみたいですよね?でも目がデカいな。なんかリトルグレイみたいだ。首はキリンばりに長い。ただ頭部から首までの皮膚感は象に近いな。胴体部から急にゴリラばりの体毛で覆われてますね。

これコモドドラゴンが黒いファー着てるわけじゃ無いですよね?あ、すいません、ふざけたわけじゃないです思いついちゃって、つい。ん?よく見たら後頭部から背中辺りまでズラーッと魚の骨みたいのが飛び出てますね。ステゴザウルス?…ってほどのゴツさじゃないんだよなあ。この骨みたいの何か見たことある…あ、チュパカブラってやつだ。あのUMAの。え?あ、はい、今全体照らしますね。ん?下半身は蛇みたいですね。デカいアナコンダくらい太いけど、急に先っちょの尻尾の部分がチョロンてなってるな。何だろ?あ、そうそうツチノコの絵を思い出すな。……待てよ?

ネッシーみたいな顔と首、ビッグフットみたいな胴体、チュパカブラみたいな目と後頭部から背中にかけての尖った骨、ツチノコみたいな下半身………。

あのー、ポーターさん?こっちの方が珍しいんじゃ無いですか?こっちの方がターコイズジャガーより珍しい生物じゃないですか?オカピが普通に見えるくらい珍しいですよこれ。

だって世界中で目撃例があるけど捕獲した例が全く無い伝説のUMAを4つ合わせたような生物ですよ?

これもしかしてとんでもない大発見じゃないですか!?

一獲兆金ですよ!ポーターさん、やりましたよ!これで夢叶いまくり…あ、はい、すいません。ボリューム落とします。

5年前に僕がバックパッカーでこの国に来た時、バーでポーターさんと知り合って、意気投合して、互いの将来を語り合って、毎年こうやって交流して、結局5年前に語り合った夢がお互い少しも前進しなくて、ネガティブな話ばかり多くなって。それで最終的に僕らが導き出した答えが「一か八かの一獲千金しかない」で。ポーターさんがターコイズジャガーの出没するエリアを知ってて、巡回に穴が開く時間帯も知ってて、他のポーター達にバレないようにお互いだけの合図も考えて、最悪バレた場合にどう回避するかも完璧に対策して。僕もこの計画を何度も確認して把握して。このターコイズジャガーの密猟が計画通りに行けば一獲千金の夢が叶うって。これで生活の苦しさから全て解放されるって。僕らが人生を変える最初で最後のチャンスだって。

それで蓋開けてみたら世紀の大発見ですよ?やりましたよ。やっちゃいましたよ。これを撮影した映像を世界中のメディアに売って、続きは自分達のWEBに有料で上げて、冷凍保存して、分析したいっていう依頼が来たら研究所に細胞を小出し小出しで売って、世界中からインタビューのオファーが来たらギャラを釣り上げて。

もう今までの借金は余裕で返せるし、セレブになれるし、僕らが語ってた将来の夢なんて軽く超えちゃいますよ。

いやー、ため息しか出ねえ。

……あのー、ポーターさん?何か元気無いっすね。どうしました?この信じられない現実に放心状態ですか?

え?メディアに広める事は無理?

何でですか?え?密猟しようとしてた事がバレる?……いや、うーん。そうかあ…」

 

ポーターに様々な危険性を教えられた山田は、この生物を運び出す事も撮影する事も諦めたが、この生物の頭部、胴体部、下部の皮の一部を剥ぎ取る事だけは許可された。

巡回が来る時間帯まで残り1時間となり、2人はターコイズジャガーを捕獲するために準備していたライフルや撮影機材などを素早く片付けてその場を立ち去った。

山田が剥ぎ取った皮は、民芸品を路上で売っている現地の人に頼み、粗く縫合したスマホカバーにしてもらった。日本の量販店に売っている合皮のスマホカバーと変わり無い仕上がりになっていた。

 

帰国して数ヶ月が経った頃。

山田は会社から帰宅途中の電車内で、吊革に掴まり眠気を堪えていた。しかし睡魔には勝てず立ったままいびきをかいて眠り始めた。

しばらくして叫び声が聴こえ、ふと目を覚ますと、山田が着ているスーツのポケットから飛び出したスマホカバーが乗客達にパクパクと噛み付き暴れていた。

大柄な男性が踏ん付けるも勢いは止まらず、車両に悲鳴と怒号が飛び交った。

丁度そのタイミングで最寄駅に停まったので、山田はそそくさと逃げるように下車をした。

改札を出て人通りの少ない場所へ行き、スーツのポケットに恐る恐る手を入れると、スマホ本体は暴れる事なく入っていた。どうやらまだ細胞が生きていたスマホカバーだけがスマホから抜け出して暴れていたようだ。

今までそんな事態は一度もなかったのに何故?

ふとスマホの画面を見ると、ポーターからのメール通知が表示されていた。帰国してから初めて来るポーターからのメールだ。

開いてみると、メールには動画が添付されていた。

動画には、あの謎の生物が横切った瞬間にポーターに撃たれ息絶える映像が映っていた。

メールの本文を見ると、ポーターは、ターコイズジャガーの尻尾から出る電磁波を特注の撮影機材から受信していた事が書かれていた。

この動画は、あの時眠っていたターコイズジャガーの尻尾から観た映像だったのだ。

ポーターのメールには山田に黙って撮影していた事を謝罪した文が書かれていた。

メールが届いた時刻を見ると、スマホカバーが暴れ出した辺りに送られて来た事が分かった。

山田は、謎の生物の細胞が己を撃った動画に反応したのではないか?と推測した。

 

そしてメールの最後には「この映像は、俺とお前だけしか知らない。機が熟したら世界を驚かせてやろうぜ。兄弟」と書かれていた。

 

山田は、とりあえず「機が熟すまで、かなり時間が掛かりそうです。兄貴」と返信した。

するとすぐにポーターから、こんな返信が届いた。

「そんなカッコ付けた返しは良いから、どういう事か具体的に書けこの野郎!」。

山田は、いつものポーター節に嬉しさが込み上げニヤリと笑った。

 

(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネビチュパノコシー 蛾次郎 @daisuke-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ